虐待繁殖について考える (2)

文と写真:アルシャー京子

「虐待」という言葉を聞くとただ暴力を振るって動物を痛めつけることばかりがイメージに浮かぶが、それよりも深刻なのはヒトの無知から引き起こされる静かな虐待の方である。

虐待の範囲は個人の動物の扱いだけに限らない。見た目のかわいさ・珍しさに飛びつく購入者に向けてレア・カラーや人気犬種をむやみやたらと作り出し、そのおまけとして付いてくる本来回避可能であるはずの障害を負いながら犬が一生を生きて行かなければならないことはまさに虐待に当たる。

こういった「虐待繁殖」についてドイツでは動物保護法でその禁止がそれぞれ定められているということを前回紹介した。

虐待繁殖について考える (1)
文と写真:アルシャー京子 イエイヌの原型を留めるプリミティブ・ドッグのディンゴ。この形から犬はヒトの手によって多様に変化を遂げた。 かれこれ1万年以…【続きを読む】

1999年に「虐待繁殖の禁止」をドイツ政府が定めたとき、同時に発表されたこの法律導入へのコメントは次のようなものであった。

繁殖者の責任が正当なものとなるように繁殖者全員の協力を得ると同時に、全ての動物の繁殖に関わる動物保護法に則り、繁殖全土にわたって注意を求める。目的とするのは生命力溢れ、健康で、苦痛から解放された動物達である。(1999年6月連邦食品・農業・消費者保護省発表)

この法律の意図するところは「動物種の形・色・能力・行動などの特徴を著しく強調することにより動物個体の日常生活と生活の維持に支障を与え、偏った繁殖によって痛み・苦しみ・障害を伴う形状変化・生理的変化あるいは行動障害などを呈する虐待繁殖」を無くすことにある。

その指針としてドイツ政府は「虐待繁殖判定になりうる対象項目」を掲げ、健全な動物の繁殖に対し関係者全員で足並みそろえてそれぞれの項目について特に注意を払い、繁殖を行うように促している。

ではその項目をここに挙げてみよう。

[Photo from ja.wikipedia.org] イザベルカラーのドーベルマン。

ブルー・ドッグ・シンドローム

本来黒または茶である毛色が劣性遺伝子によりブルーまたはイザベル(フォーン)として発現する。例えばドーベルマン、黒(B)または茶(b)を決める遺伝子に色の濃い(D)または薄い(d)を決める遺伝子が伴い毛色が決まるわけだが、薄い色の遺伝子が1対で黒に合わさるとブルー(BBddまたはBbdd)、茶に合わさるとイザベル(bbdd)が現れる。つまり劣性遺伝子を持ち合わせる犬同士の交配で出現しやすく、そしてそれは次のようなリスクを伴うということだ。

D遺伝子により色のトーンが薄くなるだけならいいが、色の変化に伴い健康面にも障害が現れる確立がぐっと上がるのが問題。色のトーンが薄いと毛が細くなり、生後6ヶ月から3年のうちに脱毛症状が現れる確立が非常に高くなる(ブルーのドーベルマンで約93%)。乾燥した皮膚とフケ症状により細菌感染しやすく、毛包炎や湿疹の危険性に常にさらされ、色素の濃い個体に比べて皮膚によるバリアが弱く、皮膚が受けるストレスから免疫力の低下が多く見られる。

ドーベルマンと同じくピンシャー系の犬種やグレート・デ-ン、アイリッシュ・セター、チャウチャウ、ダックスフント、ウィペットそしてプードルなどで遺伝することが分かっている。

見た目には分からない濃い色素の犬が持ち合わせる劣性遺伝子の存在はDNA検査で調べることが可能、もちろん明らかにddを持ち合わせる犬同士の交配は虐待繁殖の対象となる。

[Photo from de.wikipedia.org] マール遺伝子の発現により視覚障害を伴うグレート・デーン。

マール・シンドローム

犬好きならちょっと聞いたことがあるかもしれないこの疾患、コリー、グレート・デーン、ダックスフント、シェットランド・シープドッグ、コーギーなどに現れる感覚器障害を伴う先天性の色素形成不全疾患である。

優性のマール遺伝子が1対揃うことにより毛色が薄く明るくなり、視覚や聴覚が障害を受けるほか、平衡感覚や生殖能力の障害も現れることがあり、さらには仔犬の致死率も高い。

 

グレー・コリー・シンドローム

その名の通りコリーのブリードラインによって現れるグレーの毛色に伴う疾患だ。グレーのコリーはマールとは異なり、顔面のタンカラーがなく鼻と目の周りの色素が薄い。グレーコリーは骨髄における造血機能のうち好中球生産が先天的な障害を持って生まれる。好中球は白血球の一種であるから、その数が低下することによって感染への抵抗力が影響を受け、呼吸器と消化器系の感染に弱く、粘膜の出血を伴うことで貧血に陥る。早ければ生後数週間、遅くても2-3歳頃には症状が現れ、多くは免疫低下により1年以内に死んでしまう。

 

類皮嚢胞(Dermoidcyst)

ローデシアン・リッジバック、タイ・リッジバックなど背骨に沿って一筋毛の流れの異なる(リッジ)犬種において、個体発生の段階で背中の毛並みが変化することに伴い皮膚が脊椎にまで陥入することで障害をきたす。リッジの両端に出来やすく、皮膚組織の嚢胞が脊髄にまで届くと後半身の麻痺や激しい痛みを伴い、また髄炎や髄膜炎に罹りやすい。

 

短尾・無尾症(Brachyurie/Anurie)

生まれつき短い(またはない)尾に関連して起る脊椎の障害。ブルドッグ、パグ、ウェルシュ・コーギー・ペンブローク、オーストラリアン・シェパード、コッカー・スパニエル、オールド・イングリッシュ・シープドッグなどに現れやすい。これらの犬種の一部では生まれつき短い尾もスタンダードとして認められているものもあるが、そもそも尾は脊椎の延長であり、尾の変化に伴い脊椎にも影響が及び、成長が阻害され二分脊椎症(Spina bifida)を引き起こす。二分脊椎症では神経機能が障害を受けるため、後半身の麻痺や排尿・排便の調節不全(尿失禁・便失禁)が症状として現れる。

短い尾で生まれついた犬の脊椎に障害が及んでいるかどうかはレントゲン検査を受ければ分かり、障害がある犬は繁殖に用いてはいけない。

スクリューテールと脊椎異常、人の遺伝性疾患との関連性
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軟骨形成不全症(Achondroplasia)

バセット・ハウンド、フレンチ・ブルドッグ、ペキニーズ、スコティッシュ・テリア、ウェルシュ・コーギーなどの短足犬種においては、長骨の成長阻害により四肢が短くなり、それに伴って脊椎の椎間板の奇形が現れる。そしてこの奇形は椎間板ヘルニアと移行する可能性が大きい。

短足と椎間板疾患に共通する遺伝的背景が明らかに
文:尾形聡子 長年不動の人気を誇るダックスフント。彼らの姿に見慣れている私たちは、足が短い犬種がいることに何ら違和感を持たないかもしれません。しか…【続きを読む】

 

へアレス

チャイニーズ・クレステッド・ドッグやメキシカン・へアレス・ドッグなど毛が極めて少ない犬種では、ヘアレス遺伝子は1対揃うと致死遺伝子として働く。また、ヘアレス遺伝子を受け継ぐことで切歯・犬歯・前臼歯の欠損といった歯列奇形が現れるほか、皮膚が弱く気候変化への順応が難しい。

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文:尾形聡子 ヘアレスと被毛ありのディアハウンドたち。 さまざまな見た目の特徴を持つ犬種が存在する中、ヘアレスであることが犬種の特徴とされているの…【続きを読む】

 

[Photo from de.wikipedia.org] 現在のパグ(左)と1927年頃のパグ(右)。犬種スタンダードに記載されている「マズルは短く」を追求し、100年も経たないうちに鼻面がなくなってしまった。その代償は大きい。

短頭症(Brachycephary)

前回も話したとおり、本来長いはずの犬の頭部を人工的に短く丸く変化させることで、犬は元々持ち合わせていた機能の一部を失う結果となった。頭蓋は丸くなって脳を押し、小型化が進むと頭蓋骨の厚みは極度に薄くなり、軟骨形成不全も伴って頭蓋裂孔や水頭症、さらには脳腫瘍を多く起こすようになった。体温調節に必要だった長い鼻腔が短くなると鼻孔も狭くなり(鼻腔狭窄)、それに合わせて顎が短くなったことで歯列が歪んで咬み合わせがずれ、口蓋は逆に長すぎてその結果呼吸が困難になる。

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過剰な皺形成

シワ犬との異名を持つシャーペイに見られるように、皮膚が寄り合って深い皺を多く作ることで皺の間に皮膚炎が起きやすくなる。しかもペキニーズやパグなどの短頭・短吻犬種では眼の周りの皺によって眼球が刺激され結膜炎も起きやすい。

下瞼が垂れすぎて常時結膜が外部の刺激にさらされているバセットハウンド。見る側もこれが普通だと思い込んではいけない。

眼瞼外反症(Ectropion)/-内反症(Entropion)

下瞼の外反はセントバーナード、バセット・ハウンド、ブルドッグ、コッカー・スパニエル、ニューファンドランド、シャーペイなどで、そして上瞼の内反症はブルテリア、チャウチャウ、プードル、ロットワイラー、バーニーズ・マウンテン・ドッグ、シャーペイなどでよく見られる。

いずれの場合も瞼が正常に閉じないことから眼球が常に刺激を受け、慢性結膜炎や角膜損傷を起こす。

 

股関節形成不全

言わずとして知れた、といおうか。股関節形成不全がいかに犬の正常生活に悪影響を及ぼすかは、「犬の股関節形成不全症根絶への各国の取り組み」にあるとおり。

犬の股関節形成不全症 根絶への各国の取り組み (1)
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犬の股関節形成不全症 根絶への各国の取り組み (2)
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攻撃行動肥大症(Aggressionsbehavour Hypertrophy)

ほんの少しの刺激に対して過剰に攻撃反応を示すだけでなく、生物的な脈絡も目的も伴わない攻撃・闘争行動を示す症状は犬種に関係なく現れる。攻撃性は遺伝する性質の中でも高い確率で遺伝する、ということを昔からヒトは経験から知っていた。あえてそれを選んでわざわざ攻撃性の高い犬を作り出すことで犬が受ける苦しみというものを、ヒトはどこまで理解することが出来るだろう?

さて、これらの項目に挙げた症状が現れた犬を決して繁殖に用いないことはもちろん、遺伝子の所有が明らかでない限りその親・兄弟・親戚犬も繁殖には用いないことで次世代への影響を低減することがまずは繁殖者の責任である。それを無視しあるいは知っていながらも故意に繁殖を行うと、それが「虐待繁殖の罪」に値する。

ちょっと長くて息切れしてしまうかもしれないので、ここで一旦深呼吸して、次回はドイツと同じく動物保護を憲法に取り入れている他のドイツ語圏スイスとオーストリアの「虐待繁殖の対象」についてもみてみよう。

(本記事はdog actuallyにて2010年9月7日に初出したものを一部修正して公開しています)

【参考資料】
Liste der betroffenen Merkmale des Gutachtens zur Auslegung des Verbotes von Qualzuechtungen 

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