犬の股関節形成不全症 根絶への各国の取り組み (1)

文と写真:アルシャー京子

股関節形成不全が発症しやすい犬種、ラブラドールとゴールデンのレトリーバー系。

犬を飼っている人なら一度は聞いたことがあるだろう「股関節形成不全症」(Hip dysplasia、通称「HD」)という疾患。名称どおり股関節(大腿骨と骨盤がかみ合っているところ)の形成が歪んでいるため、歩行時に痛みなどの障害をもたらす遺伝病である。

同じような疾患に肘関節形成不全症(Elbow dysplasia、通称「ED」)がある。

大型犬種に出やすいが、中型犬でも小型犬でもましてやチワワでも見られるほど、そして全世界で蔓延している疾患といえる(参照例:アメリカの Orthopedic Foundation for Animals による調査状況)。

愛犬にこの疾患が現れると最初は歩行を嫌がるようになり、遊んでいるときに悲鳴を上げたり、また股関節の痛みを緩和するために腰を振りながら歩くことが見られるが、やがて痛みと歩行障害は強くなり犬は立てなくなる。股関節の動きにあわせ鈍い鳴るような(あるいは擦れるような)音が聞こえることもある。

[Photos from en.wikipedia.org] 左:正常な股関節 右:股関節形成不全症。大腿骨頭とそれがはまりこんでいる寛骨臼のかみ合わせ具合を比べてみよう。

生後半年から1年くらいの若い犬で股関節形成不全を起こした場合、その動きの激しさに関節は耐えられず、また関節周囲の神経に障ることから著しい痛みを引き起こす。これが成犬では加齢に伴う骨の萎縮から関節炎そして股関節の歪みに発展することになり、一度発症したら長期にわたりその痛みに耐えなければならないのがこの疾患の辛いところである。

治療方法は疾患の程度により投薬から数種の外科手術法、鍼療法などがあるが、なにより慢性的な苦痛により犬の生活の質が低下するのはもちろんのこと、それに伴う飼い主の心労と経済的な負担は膨大なものになる。

これが遺伝病と分かっているのならば根絶への動きはとうぜん繁殖の場に責任がやってくるということだ。

ジャパン・ケンネル・クラブ(JKC)では国際畜犬連盟(FCI)に従い2006年から所有者の希望により血統書へ関節形成不全の評価を記載するようになった。1991年に FCI が導入してから実に15年も遅れての取り組みである。そして、せっかく導入されてもこの記載事項が繁殖の場に反映され、評価の悪いものを繁殖から排除しなければ改善は何の進歩にも至らないどころか、もしも所有者が記載を希望しなかったら何の対策にもならない。


FCI が導入したスイス式股関節形成不全の評価表。

そう、遺伝病根絶に大事なのはブリーダーと飼い主による協力。

繁殖前健康診断の一部にレントゲン診断を中心とした方法で取り組まれアメリカやイギリスでも似たような評価表を用いて疾患の診断に用いているが、英米ではこれらの診断評価を元にした繁殖犬のセレクトをただ推奨しているに過ぎない。

一方 FCI 加盟国であるアルプス山脈から北部のヨーロッパ各国大型犬の犬種クラブにおいては長年犬の繁殖をクラブごとの許可制にしているため、上記評価表中Cを「繁殖非推薦」とし、D/Eにいたっては繁殖禁止という厳しい規定を取り込んだのである。

その時からチューリッヒの HD 委員会が15年かけて行った股関節形成不全症の実態は以下のような結果であった。

(本記事はdog actuallyにて2009年4月21日に初出したものを一部修正して公開しています)

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