短足と椎間板疾患に共通する遺伝的背景が明らかに

文:尾形聡子


[photo from UC DAVIS]

長年不動の人気を誇るダックスフント。彼らの姿に見慣れている私たちは、足が短い犬種がいることに何ら違和感を持たないかもしれません。しかしそれは、犬が得た新しい形質であるのと同時に、軟骨異形成(Chondrodystrophy)と呼ばれる病気でもあります。そして、ダックスのかかりやすい病気といえば椎間板ヘルニアと、短足胴長犬種は腰が悪くなるというイメージがすっかり定着している感もあります。短足と椎間板ヘルニア、実際にこれら二つの特徴には共通した遺伝背景が関係していることが明らかにされました。

レトロ遺伝子とは

本題に入る前に、レトロ遺伝子(retrogene)についての説明を簡単にしておきたいと思います。

生物には、動き回る遺伝子とも呼ばれる転移因子というDNA配列が存在しています。DNA配列の断片が核の中で動くときに、DNAのまま移動して別の場所に組み込まれるものをトランスポゾン、DNAからRNAへ複写された後に逆転写反応によってふたたびDNAを合成し、ゲノム上の別の場所に組み込まれるものをレトロトランスポゾンといいます。

シンプルに言えば、ゲノムが複製され、本来あるべき場所とは違うところに複製されたゲノム断片が挿入されることが生体内でよく起きている、ということになります。生物のゲノム上には、複製されたゲノム断片が非常に数多く存在していることが分かっています。

トランスポゾンやレトロトランスポゾンが生体にまったく影響を及ぼさない場合もあれば、転移した場所にある遺伝子のDNA配列を変えてしまい、その遺伝子の働きも変えてしまうことがあります。また、転移したDNA断片がオリジナルと同じタンパク質をつくることができるDNA配列を持つ場合があります。それをレトロ遺伝子といいます。

通常、レトロ遺伝子は遺伝子発現を制御する領域を持たないため、タンパク質をつくる機能を喪失している偽遺伝子となります。しかし、レトロ遺伝子が何らかの形で遺伝子活性機能を獲得することがあり、そうなると、レトロ遺伝子はオリジナルの遺伝子と同じタンパク質をつくりだすことがあるのです。

オリジナル遺伝子と同じタンパク質をつくるとはいえ、いつ、どこで、どれだけの量を作るのかといった発現調整機能がオリジナルとは異なるレトロ遺伝子が無秩序に働いてしまうと、発現量が多すぎて病気になったり、形質が変わったりすることがあります。一方で、生物が新しい形質を獲得するにはゲノムの変異や新たな機能獲得が必要なため、転移因子は進化とも切り離せない存在であると考えられています。

働きが変わると病気になることがあったり、形質が変わったりしてくるのですが、生物が新しい形質を獲得するにはゲノムの変異や新たな機能獲得が必要であるため、転移因子の存在は進化とも切り離せないものと考えられています。

短足と関係する18番染色体上のFGF4レトロ遺伝子

犬の足の短さに関係する遺伝子が分かったのは、犬の全ゲノム配列が解明されて数年後の2009年のこと。FGF4という遺伝子のレトロ遺伝子が関係していると『Science』に発表されました。FGF4は細胞の増殖や分化に関わる働きを持つ成長因子のひとつ、線維芽細胞成長因子(Fibroblast growth factors:FGF)と呼ばれる遺伝子ファミリー群に分類されている遺伝子です。

この研究によりますと、ダックスフントやウェルシュ・コーギー、バセット・ハウンドなどのいわゆる短足犬種は、すべての犬に共通するFGF4遺伝子にくわえ、18番染色体上にもぐりこんだレトロ遺伝子のFGF4も働きを持っていることがわかりました。

その場合、正常に発達するのに必要なFGF4遺伝子より多くが働いてしまうため、骨が本来あるべき長さまで伸びる前に骨化が進み、成長が止まってしまうということなのです。ちなみにこのFGF4の受容体であるFGFR3(線維芽細胞増殖因子受容体3)の変異が、人の軟骨無形成症(低身長や四肢の短縮がみられる)の原因遺伝であることも明らかになっています。

さらにこのレトロ遺伝子のFGF4は共通して18番染色体上に見られたことから、それぞれ犬種として確立されるよりも前から存在していたものだろうことも示唆されました。犬の祖先のハイイロオオカミを調べてみると、ハイイロオオカミにもこのレトロ遺伝子が存在していることが分かりましたが、短足のオオカミが増えないところを見ると、自然界では淘汰されていく形質であることも示されました。また、レトロ遺伝子FGF4があっても実際に働いていなかったり、片親からしか受け継いでおらずに働きが弱い場合には、見た目の足の長さにはそれほど影響することがないとも考えられます。

レトロ遺伝子のFGF4はどのような犬にも存在している可能性があること、短足のハイイロオオカミは自然界では淘汰されていることを見るに、犬の短足は人為選択による強いバイアスのかかった繁殖が行われてきたからこそ固定でき、維持できている形質だともいえます。

12番染色体上のFGF4のレトロ遺伝子と短足と椎間板疾患

犬の軟骨異形成は短足のみならず椎間板の成長にも影響を及ぼすことが分かっています。そしてそれら両方の形質に影響する、新たなFGF4レトロ遺伝子の存在を突き止めたアメリカのカリフォルニア大学デイビス校(UCデイビス)の研究者らは、研究結果を『Proceedings of the National Academy of Sciences』に発表しました。

UCデイビスの動物病院に15年間にわたって蓄積されてきた組織などのバイオ情報をもとにDNA解析を行ったところ、椎間板疾患をわずらう犬は12番染色体上にFGF4レトロ遺伝子を持つ可能性が病気を持たない犬の50倍以上であることが明らかにされたのです。

この結果を受けて研究者らは、FGF4レトロ遺伝子を所有するか否かをチェックして椎間板疾患を発症するリスクがあるかどうかを知るのは、発症しやすい犬種と暮らす人への重要な情報となるだろうといいます。また、この病気をなくしていくための繁殖方法を確立するには、あらゆる犬種においてFGF4レトロ遺伝子の広がりを調べるなどして、さらなる情報収集と研究が必要だともいっています。

痛みの強い椎間板疾患を未然に防げるように

ダックスの飼育頭数の増加に伴い、椎間板ヘルニアという病気がダックスには当たり前というような風潮すらあるように感じ、そのことに危機感を覚えています。椎間板ヘルニアはとても痛みが強い病気で、進行すれば麻痺による運動失調が起きたり、排尿コントロールができなくなってしまったりします。

椎間板疾患は犬がひどい痛みを抱えるばかりか、飼い主にとっても、満足に動けない犬の日常生活は世話がかかり、かなりの治療費がかかってくるなど、大きな負担を抱えることになるでしょう。痛みのため満足に動くことができない愛犬の姿を目の当たりにする精神的な苦痛もとても大きいと思います。

椎間板ヘルニアに関する遺伝的な背景はこれまであまり分かっていませんでした。研究により発症リスクが高いとされるFGF4レトロ遺伝子の存在は明らかにされたものの、どのようにして遺伝するかなどについてはまだ分かっていません。しかし、今回の結果から、リスク因子を持っている個体が椎間板疾患を発症しないようにするための対応方法、さらには繁殖の段階で発症リスクが低くなるような方法の開発へと繋がっていくことに期待したいと思っています。

【参考サイト】
UC DAVIS

【参考文献】

An expressed fgf4 retrogene is associated with breed-defining chondrodysplasia in domestic dogs. Science. 21;325(5943):995-8. 2009

FGF4 retrogene on CFA12 is responsible for chondrodystrophy and intervertebral disc disease in dogs. Proc Natl Acad Sci U S A. 24;114(43):11476-11481. 2017