犬の日常生活を豊かにするために〜環境エンリッチメントの重要性を知っておきましょう

文:尾形聡子


[Photo by David Taffet on Unsplash ]

「暇であること」

現代社会をせわしなく生きる人にとっては、ご褒美の時間かもしれません。しかしそれは普段の忙しさあってのご褒美であり、常日頃暇を持て余し、退屈だと感じている人にとっては苦痛にしかなり得ないこともあります。その人の健康度合いや年齢などにより違いはあるものの、肉体的にも精神的にも、適度な刺激を得たり休息を取ったりしてバランスをとりながら生活していけることが何よりなのは、多くの人の理解を得られることと思います。

では、犬はどうでしょうか?私たちは犬を見て、好きなときに好きなだけ眠れていいなぁ、などと感じることもあるものですが、必ずしも生物として必要な睡眠時間をとっているのではなく、暇で退屈だから寝るしかないのかも…?

そのことについては以前「犬も暇にはうんざり!」でも述べましたように、暇だから寝る、退屈だから寝る、というような状況は、動物の福祉の低下につながりかねないことを知っておく必要があります。犬も人と同様に、慢性的に暇であれば退屈を感じ、それが苦痛となる可能性があるのです。ただ生きているだけでなく、より豊かな生活、QOLの高い暮らしを送るには、環境エンリッチメント(environmental enrichment)が重要になってきます。

環境エンリッチメントとは

環境エンリッチメントとは、もともと動物園や水族館などにいる野生動物に対して動物福祉の観点から、動物たちのストレスを減らし、より幸福な暮らしを実現するために生まれた概念です。一般的には、心理的・生理的なウェルビーイングを促進するために、一時的に環境刺激を追加することで、飼育動物および家畜の生活の質を高めるための手法とされています。

環境エンリッチメントには大きく以下の5つがあります(wikipediaより改変)。

  • 採食エンリッチメント:餌の種類や与え方を変えるなど、食物に関連するエンリッチメント
  • 空間エンリッチメント:飼育環境の構造や、梁などの設置物、動物が操作する遊具や床材などによるエンリッチメント
  • 感覚エンリッチメント:動物の視覚、聴覚、嗅覚その他の感覚に刺激を与えるエンリッチメント
  •  社会的エンリッチメント:他の動物との関わりに着目したエンリッチメントである。ヒトや同種個体、混合飼育の場合には他種の動物との関係も、社会的エンリッチメントになりうる
  • 認知エンリッチメント:複雑な問題解決を必要とし、動物の知性を刺激するものを与えるエンリッチメント

犬において、これらのエンリッチメントがどのようなものであるかは、藤田りか子さんの先日の記事「犬の外飼いと環境エンリッチメント〜土を掘るという機会」や「犬にとっての環境エンリッチメントとは?~藤田りか子さんセミナーレポート(2)」にて紹介されていますので、詳しくはリンク先記事をご覧ください。環境エンリッチメントの効果としては、ストレスの軽減、常同行動などの異常行動の減少、リラックス効果、認知能力の向上などがこれまでの研究により報告されています。シェルターの犬の福祉を向上させることを目的として行われた研究なども増えていますが、たとえば、感覚エンリッチメントの一つであるにおい刺激の効果を調べたものは「におい刺激がシェルター犬の福祉向上に」で紹介しています。

さて、このように、環境エンリッチメントといってもいろいろな種類があり、さまざまな効果があることが示されているのですが、犬にとってどのような刺激や活動を付加することがより効果が大きいものなのか気になるところです。そこで、イギリスのウスターシャー大学とGuide Dogs National Centreの研究チームは、補助犬のトレーニングプログラムの一環として、環境エンリッチメントの何がどの程度犬に利益をもたらしているかを調査するためのパイロットスタディ(予備研究)を行いました。


[Photo by Pauline Loroy on Unsplash ]

ポジティブな変化をもたらしたエンリッチメントは?

研究に参加したのはトレーニング中の犬10頭(ゴールデンとラブのミックス9頭と、ジャーマン・シェパードとゴールデンのミックス1頭)。12〜14ヶ月齢ですべて不妊化手術済みの犬たちでした。研究チームは補助犬チャリティ団体内のオフィスの中の一室で、10頭の犬に7種類の環境エンリッチメントの活動を提供し、その前後の犬の行動を評価しました。7種類のエンリッチメントは以下になります。

  •  ボンディング(人との交流):ハンドラーが部屋に座り、犬を撫でたりグルーミングをしたりしてスキンシップをはかる
  •  バブルマシーン:犬のいる部屋に15分間ベーコン風味の泡を飛ばす
  •  同種(犬)との遊び:知り合いの犬と15分間部屋の中で遊ぶ
  • 知育玩具:フードが入った知育玩具から犬がすべてのフードを取り出すまで、または、15分間それで遊ぶ
  • プレイハウス:トンネル、滑り台、プラットフォームで作られたプレイハウスを犬が15分間探検。必要に応じてハンドラーが応援する
  •  フードが詰められたおもちゃ:フードが詰められたおもちゃから犬がすべてのフードを取り出すまで、または、15分間それで遊ぶ
  • 人と引っ張りっこ遊び:顔見知りのハンドラーと一緒に、柔らかいおもちゃやロープをつかって引っ張りっこ遊びをしたり持ってこい遊びをしたりして15分間過ごす

これらのエンリッチメントは各犬2回ずつランダムに与えられ、その前後の様子を録画し、同一人物が犬の行動を評価しました。

その結果、エンリッチメントを提供したあとに、全体的にリラックス行動の頻度が有意に増加し、警戒行動およびストレス行動が有意に減少していることが示されました。

それぞれのエンリッチメントを見てみると、リラックス行動の変化はすべてにおいてプラスになっていましたが、食べ物を使ったもの(知育玩具とフードを詰めたおもちゃ)はその他のエンリッチメントよりプラス幅が少なくなっていました。一番プラスの効果が出ていたのは犬との遊びでした。

警戒行動においては、犬との遊びはバブルマシーンを除く他のすべてと比べて統計的に有意に低いことがわかりました。逆に警戒行動に変化がなかったのがフードを詰めたおもちゃで、それ以外のエンリッチメントはすべて警戒行動を低下させていました。

ストレス行動においてはすべてのエンリッチメントにより減少に転じていたものの、フードを詰めたおもちゃではそれほど減少していませんでした。一番減少していたのがプレイハウス、次いで人との引っ張りっこ遊び、犬との遊びとなっていました。

これらのことから、提供されたエンリッチメント7種類の中で、犬との遊びとプレイハウスのアクティビティが最もポジティブな行動変化を示し、フードを使ったもの(知育玩具とフードを詰めたおもちゃ)においては行動の変化が少ないことが示され、エンリッチメントの種類によって行動に与える効果が異なることが示されました。研究者らは、さまざまな活動を提供し、その活動をランダムに回転させて慣れを生じさせないようにすることで、犬はより幅広い行動を示すことができる可能性があると結論しています。ただし、今回はパイロットスタディのため、今回のエンリッチメントが犬に与える福祉的な価値を判断するには、より多くの対象を用いての研究が必要だとしています。


[Photo by Marc Pell on Unsplash ]

ちょっとした工夫で、毎日の暮らしに刺激を!

今回の研究では犬の「慣れ」については調べていませんでした。がしかし、犬が特定の刺激に慣れを感じるようになっていくことは想像に難くありません。慣れによる効果の減少を最小限にし、エンリッチメントを最大限に活かして行けるよう、さまざまなタイプの刺激やアクティビティをローテーションさせたり少し勝手を変えたりしながら提供していくことが大切です。そして、ちょっとした工夫を取り入れることに、飼い主側も楽しめるようになれれば一番だと思います。

今回の結果では、食べ物以外のエンリッチメントに大きな行動変容がみられました。ただし、これまでの研究では食べ物を使うことで常同行動を減らしたり無駄吠えを減らしたりすることが示されているので、対象となる行動に対する影響が、刺激の種類によって異なるとも考えられます。食べ物を使うエンリッチメントは他のエンリッチメントと比べると脳が興奮する度合いが低く、どちらかというと落ち着きをもたらすために使うなどの方法がいいのかもしれません。あるいは今回の研究では、もしかしたらすでに犬たちが食べ物を使ったおもちゃの類に、ある程度慣れてしまっていたのかもしれません。

いずれにしても、さまざまな種類のいい刺激の中に、物質的な新しいものを与えるだけでなく、社会性を刺激するような活動を常に含めることが重要です。

犬にとって社会的な刺激をもたらすことができる、もっとも手っ取り早いことは散歩です。ただし、ただブラブラと歩いているだけでは「プラスの刺激」は舞い込んでこないかもしれません。散歩のコースを積極的に変えてみたり、歩くスピードに変化を持たせてみたりするだけでも歩くことへの意識がかわってくるかもしれません。環境が許せば、たまにパルクール的なことや、フードを探す遊びなどを取り入れてみたり。能動的に何かをしようと意識してみてはいかがでしょうか。

人が知恵を絞り出すことで、犬の日常の生活の質を高めるための工夫はいくらでもできると思います。身体的そして精神的な活動の両方が犬にとって非常に大切であることを忘れずにいたいものです。そして最後に、その重要性を説いた藤田りか子さんのこちらの記事「殺処分0運動より「犬の散歩は最低1日2回」:ドイツの法案について思うこと」を。読んだことのある方もない方も、この機会にぜひご覧ください!

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【参考文献】

Effects of Environmental Enrichment on Dog Behaviour: Pilot Study. Animals (Basel) 2022 Jan 7;12(2)

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