文:尾形聡子
[Image by Sergio Casciaro from Pixabay]
犬の寿命が延びた昨今、いかにしてシニア期をアクティブで健康的に過ごすことができるかは飼い主の関心事です。老化は避けられないことですが、日頃の生活の仕方によって老化の進むスピードには個体差が生じます。「犬の健康寿命に影響、筋肉量を維持しよう!」で紹介したように、身体的な虚弱だけでなく、認知機能の虚弱や社会性の虚弱の3つの要因が健康寿命の長さに影響を及ぼします。
あまり走りたがらなくなった、これまでジャンプしていた場所に飛び乗れなくなった、聞こえていた音が聞こえなくなったなど、身体的な老化については案外気づきやすいものです。ですが、新しいおもちゃに興味を持たなくなった、人と交流をはかろうとしなくなった、学習スピードが低下したなど、犬の認知機能の低下を把握するのはなかなか難しいものです。
これまでに、犬の認知機能障害を紙の上で評価するツールは開発されており、実際に使用されています。行動テストも同様ですが、長時間のトレーニングが必要であったり、人間の性別が犬に影響を及ぼす可能性があるためテストの正確性が損なわれるなどの欠点が確認されており、高齢犬のための標準化されたテストがありません。行動を評価するためのテストは認知能力の低下した高齢犬においても信頼性があり再現できるものである必要があります。
そこで、ハンガリーのエトベシュ大学の研究者らは犬の加齢に伴う行動の変化をより迅速に評価できるようにするために、以前開発した屋外テストを室内で行えるよう手順を修正し、実験を行いました。
[Image by Sabine from Pixabay]
6種類のテストを実施
実験には38頭の家庭犬が参加し、1〜4歳の犬を「若犬」、9歳以上の犬を「高齢犬」として2つのグループに分けました。若犬は20頭で雑種6頭、中型から大型までのさまざまな純血種12種14頭、平均年齢は2.7歳でした。高齢犬は18頭で雑種8頭、純血種9種10頭で平均年齢が11.8歳でした。いずれの犬も明らかに痛みや苦しみを抱えているような兆候はなく、どの高齢犬も認知機能障害の診断はされていませんでした。
標準化に値するテストがどれであるかを調べるために6つのテストが行われました。実験者の性差による影響を排除するために、男女それぞれ1名ずつの実験者が一連のテストを2回(2回目は初回から1〜2週間後)実施し、2回のテスト間での行動変化の比較を行いました。6つのテストは次の通りです(下にあるテストの様子の写真のアルファベットと対応しています)。
a 探索:犬の活動レベルと新しい環境を探索することへの興味を測定
b あいさつ:馴染みのない人への社交性を測定
c 新しい物体への認識:ネオフィリア(新しいもの好き)と短期記憶を測定
d 問題解決ボックス:解決不可能なタスクに対する持続性を測定
e 記憶:短期空間記憶を測定
f 新しい物体(おもちゃの犬):ネオフィリアとネオフォビア(新しいもの嫌い)を測定
[photo from Scientific Reportsfig1]
6つのうちどのテストが有効か?
2回のテストデータを解析したところ、まず、実験者の性によってテストを受けた犬の行動に有意な変化は見られませんでした。
6つのテストのうち2つにおいて、高齢犬と若犬の間で統計的に有意な違いがあることがわかりました。ひとつは「e 記憶」テストでした。短期空間記憶を測定するこのテストでは、実験室に半円形に置かれている5つの同じ容器の1つにオヤツを入れるのを犬に見せてから、いったん犬を部屋の外に出します。少ししてから犬は部屋に戻り、オヤツを探させるというものでした。この一連のテストを1つの容器につき1回、合計5回繰り返し、オヤツが入った容器の置き場所はランダムにするように設定されました。
このテストにおいて、高齢犬は若犬に比べてオヤツの入った容器にたどり着く前に別の容器のところへ行ってしまうことが多く、どこにオヤツが隠されたのかを覚えているのが難しいことを示唆する結果となりました。
もうひとつは「f 新しい物体(おもちゃの犬)」でした。ネオフィリアとネオフォビアを測定するこのテストでは、床に置かれた動く犬のおもちゃと30秒間対峙させるというものでした。2回のテストで使われたおもちゃは形と大きさは同じでしたが、色と音が異なるタイプが使用され、犬によってどちらを最初に使うかはランダムでした。このテストにおいて、高齢犬は若犬に比べておもちゃを避け、遠ざかる時間が確実に長いことが示されました。
記憶力と新奇物体への回避(ネオフォビア)の2種類のテストは、初回と2回目のテストの両方において年齢による行動に有意差が示されたため再現性があり、認知機能をモニターするのに有効で信頼性の高い屋内での検査方法であると研究者らは結論しています。犬の経時的研究における加齢に伴う行動変化の観察や、認知機能障害などの病気との関連性を見るのに利用することができると言っています。特別な道具も要らず簡単な手順ではあるものの、今回は実験室の環境でテストが行われたため、家庭環境でも同じ結果が得られるかどうかは現時点ではわからないとしています。
[Image by Fran • @thisisfranpatel from Pixabay]
長く健康でいられるようにするには?
毎日一緒に暮らしていると少しずつ変化していく行動には案外気づきにくく、ある日突然できなくなった、急に見向きもしなくなった、というふうに感じてしまうものです。臨床的にも認知障害の程度をはかるのは困難なことがあります。一定の年齢を越えれば老化は日々刻々と進んでいくものではありますが、それが健康的な範疇にあるのか、あるいは病的なものが含まれているのかを明確に区別するための一助として、このようなテストが有用だと考えられています。
また、対象物を避けるという行動は、恐怖や不安のあらわれでもあり、恐怖や不安は年齢とともに高くなることが知られています。ですが加齢だけでなく、それらを増長させる要因には、何らかの痛みや神経系の変性、代謝や皮膚疾患など複数関与していることも考えられます。疼痛においては、たとえ高齢犬でなくても恐怖を増長させる可能性があることが示されています(「騒音は筋骨格系の痛みを助長し、痛みは騒音への恐怖を引き起こす」参照)。大事なのはやはり、回避行動が加齢によって起きているのか、それとも何らかの別の理由が存在しているのかどうかをきちんと見極めることです。
ともあれ認知機能の低下を緩やかにするためには、以下の記事で紹介しているように、活動的であること、トレーニングをすることが効果的だという研究結果が示されています。毎日時間を持て余して過ごすことは、身体的にはもちろん犬の将来的な認知能力においてもいい影響は生じず、健康寿命を縮めてしまう可能性すらあると考えたほうがいいのかもしれません。
そして認知機能は歯の健康状態とも密接に関係していることも示されています。
犬も人と同様に、認知機能低下を予防するためには体の健康、心の健康、そして社会性の維持が大切です。愛犬の健康寿命のためにできるのは、動物病院に連れていくことだけではないのを心に留めておいていただければと思います。
【参考文献】
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