文:尾形聡子
[Photo by Matt Nelson on Unsplash]
「逃走したドーベルマン、実は盗まれていた」というニュースを、GWあたりに多くの方が見聞きしたと思います。このような犬の逃走ニュースでいつも感じるのが「大型犬であること」です。力の強い大型犬の場合、大きな咬傷事故に繋がりかねないため、このようにして大々的なニュースになりますが、小型犬が逃走しても、同じようにニュースとしてとりあげられることはまずないものです。
人々が体の大きい犬に対して抱く恐怖感は、小型犬に対するものより強くなるのはある意味当たり前のことです。犬種に対する先入観以前の、生得的な部分でもあるでしょう。しかし実際のところ、大型犬と小型犬、人はどちらから攻撃されることが多いものなのでしょうか。これまでに、小型犬は大型や中型の犬よりも攻撃性が高いとの研究報告がいくつもありますが、そこには遺伝的なものと環境的なもの、両方が影響をしていると考えられています。
遺伝と環境、両方が犬の攻撃性を高めるのであれば、何をどうしたら、犬の咬傷事故を予防することができるものなのでしょうか。着目すべきは改善しやすい環境の部分です。
最近、イギリスのノッティンガム・トレント大学の大規模調査研究から、犬の咬傷事故を防ぐには、「責任ある飼い方が重要である」との報告がありました。研究プロジェクトは現在の取り締まりや法律の見直し、メディア報道の分析なども含め、犬の咬傷事故予防における対策の改善と目的として行われたものです。
調査報告によれば、犬が適切に社会化され、適切な行動を教えられていれば、多くの犬の攻撃行動は防げるとし、
- 犬が不適切な状況に置かれ、不適切な扱いを受けた場合に起こりうる問題に飼い主が気づき、対応することが重要である
- 飼い主が無意識に犬を攻撃が起こりやすい状況においてしまう
- 事故が起きたときに対処するスキルが不足している
ことが指摘されています。
また、犬種にとらわれるのではなく、公共の場での大型犬と小型犬との交流の仕方や社会化されていない犬と子どもとの家庭内での関わり方、恐怖を感じたり興奮したりしている犬、ほかの犬の狩猟行動がもとになった攻撃行動、慣れない環境、人からの挑発、個々の犬のニーズや特性への理解など、さまざまな要因を考えるべきだとしています。
そして、この研究調査を主導した、社会科学部犯罪学・刑事司法学科長のAngus Nurse博士は次のように述べています。
研究結果は、犬の咬傷事故の重要な要因として人間の行動があることを示し、すべての事故を「犬の攻撃的な行動」と見なすべきではないことを示しています。さまざまな状況要因を考慮し、犬の飼い主が自分の犬や事故に繋がりかねない潜在的な警告サインを理解するスキルを身につけることに重点を置けば、犬の攻撃を防ぐのに役立つはずです
これらの結果は非常に明瞭であり重要なことがもれなく書かれていると感じると同時に、この調査結果に対する理解を深めるために、犬曰くでこれまで出してきた記事を有効活用していただけると思いましたので、以下にいくつか紹介いたします。
[photo by Liesbeth den Toom]
飼い主の、犬に対する攻撃行動を管理するには
咬傷事故を防ぐために何より大事なことのひとつに、自分の犬の行動の管理が挙げられます。犬が攻撃的な行動をする背景の多くには不安や恐怖などの感情が大きくあり、そこから発生する犬のストレスサインを見逃さないようにすることが大切です。そして、犬のストレスサインを理解するには、やはり学ぶことが必要とされます。
どのようにして犬の攻撃行動を管理したらいいのかがわからない飼い主にとっては、ポジティブトレーニングを使用し、それを使うための自信を飼い主自身で培っていくことが鍵になります。そのためには、頭で理解するだけでなく、実際にそれを使い、うまく対処できたという成功体験を得られるような経験が必要であり、効果的に働くこと(こちらは、現場で実際に対処する、とかいう感じの方がいいかも?)が研究により示されています。
攻撃行動の背景にある犬の気持ちを知っておく
先ほど、不安や恐怖の気持ちが犬の攻撃行動を起こす引き金になると述べましたが、必ずしも攻撃行動の原因はそれだけではありません。攻撃という同じ行動を起こすにしても、別のところにモチベーションがある場合があります。犬が攻撃という行動をとる背景には、猟欲があることも覚えておきたいものです。
恐怖心や狩猟欲求を犬が自分でコントロールできるようになるには、ストレス耐性や精神的安定性を高めることも大切です。それには十分な社会化が必要であり、かつ、日々の暮らし方、飼い主との関わり方なども影響してきます。犬は飼い主の感情に敏感に反応する動物であり、かつ、飼い主との安定した関係性に安心感を抱きます。ならば、飼い主との関係性が危うい場合には不安定な精神状態となり、攻撃性を助長することもあるでしょう。
攻撃するのは、特定の犬種だから?
先日の以下の記事で「犬種によって個体の行動の予測をするには不十分であり、犬の選択決定に使うべきではない」という見解を出した研究を紹介しました。これまでの研究から、犬種によって行動特性が見られるという事実もたくさん示されていますが、それぞれの犬によって環境やニーズが異なるため、個体レベルで観察すると出てくる行動が違ってくるというのは当然のことです。
その研究でも触れられていましたように、「大型犬は危険、闘犬種は攻撃的」というようなステレオタイプな見方が世界的にされているという事実があり、その最たるものが闘犬種など特定の犬種の飼育を制限する法律でしょう。日本にはそのような法律はないものの、それでも特定の大型犬に対して「おり」の中で飼育すべきとする自治体もあります。
特定の犬種を指定して飼育方法に対してあれこれと規制を設けるだけでは、咬傷事故を防ぐ根本的な解決方法にならないのは、この記事を読んでいる皆さんならお気づきのはず。臭いものには蓋を、のような発想では、長期的な状況改善に結びつけることができません。海外でも、危険とされる特定犬種以外の事故がたくさん起きているのが現状です。
犬種は「傾向」を知るためにはいい指標となると思います。けれども、犬は純血種だけではありませんし、なにより個体差があります。個体差を作る大きな要素は環境であり、その環境の大部分は飼い主が作っているものです。
避けられない咬傷事故が起こることもある
どんなに気をつけていても起きてしまうことがあるのが事故。当事者ではなくとも、まったく非がなくとも、たとえばドッグランの中にいたというだけで火の粉をかぶってしまうこともあるかもしれません。
そんなときに役立つのがペットの危機管理のプロ、サニーカミヤさんのこちらの記事です。
緊急事態におちいれば誰もが慌ててしまいがちなもの。けれども、そんな時こそ、サニーさんの記事に書かれていることを思い出し、咬んでいる犬の引き離し方、咬まれた後の応急処置を思い出していただければと思います。
咬傷事故は、どの犬にも、どの飼い主の身にも起こりうること
どうしても避けられない咬傷事故もありますが、飼い主の力量や生活環境の改善などにより未然に防ぐことができるケースも多々あるはずです。冒頭に紹介したイギリスの調査研究では、責任ある犬の飼育を促進することが咬傷事故の予防の鍵となると述べられていますが、まさにその通りでしょう。そのためのヒントとして、上に紹介した各記事を読んでいただければと思います。
とはいえ、飼い主責任とひとことで言っても、いったいどんな飼い主が責任のある飼い主なのでしょう?人によって責任の範疇や程度など違ってきそうです。そのようなことを調査した興味深い研究を、最後にこちらに紹介します。
動物愛護法の改正により一気に広まった「終生飼養」だけではなく、咬傷事故を未然に防ぐ努力をすることも含め、飼い主としての責任は多方面に及んでいることを認識しておくのも大切です。そして、そういうことを意識しようとするところからアンテナが広がり、飼い主としての責任感というものは自ずと強化されていくのではないかとも思うのです。
【参考文献】
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