犬と暮らしながらの妊娠から初産

文と写真:田島美和

SNSで見かける犬と子供がやりとりしている動画は、犬好きなら誰が見てもほっこりするだろう。私もその一人。子供をうらやましく思ったり、将来はこんな風に(なるように)子育てをしたいと思ってみたり。「そんな風?」って、実際はどんな風なのだろう?数秒間の動画を見ただけで、人は様々な妄想を繰り広げる。でも、それをいいことと捉えている人には、大変なことや危険なことを想像するのが難しい。ここでは私のリアルな犬と子育ての体験について話したい。

私は幸運にも、2022年12月に子供を授かった。犬を飼い始めてから約1年。愛犬の美波(メス)は、山口県で生後2か月の頃に保護された野犬の子だ。和犬のように尖った耳と長いマズル、くるりと巻いた尾を持っているが、体型は細身で毛は少なめ、耳はまるでリカオンのように大きい。巻いた尾は自在に動かすことが可能で、とても詳細に感情を表し、走るときや泳ぐときのバランスを保つのに役立っているようだ。

性格は憶病で注意深いが、知らない人でも一度緊張が解けると全身で甘えようとする。ビビり改善のため、毎日違う場所を散歩したりノーズワークをやったりと、様々な努力をしてきた。そのおかげもあり、知らない場所で散歩するのが好きだが、未だに人混みはかなり苦手だ。それから、留守番も相当苦手だった。一人になると遠吠えをしまくり、窓を引っかいたり、玄関の床を掘ったりと、美波の足腰のことを思って敷いたコルクマットは何枚もボロボロにされた。2歳になる頃、なんとか6時間は留守番できるようになった。それ以上はさせたくないので私としてはこれで十分だ。


安産したかったので美波とは積極的に散歩に行った。とはいっても、犬といっしょに行くのでなければ、散歩するモチベーションは湧かなかっただろう。

そんな寂しがり屋の美波に妹ができる!とても嬉しいことだが、美波にとってはどうだろう?私が妊娠したせいで、1日3回の合計2時間近かった散歩は1日2回の合計1時間となり、足りない分は庭に放して埋め合わせた。妊娠を理由に犬の世話を怠る自分に腹を立てたが、悪阻もあったし今までに経験したことのない疲れやすさのせいで、やむを得ず全ての散歩を夫に任せるようになった。夫は毎日、道のない山に登る仕事だったので、坂道だらけの家の周りを散歩するのは、大きな負担になったと思う。男の彼には分りようのない辛さに寄り添ってくれていたことに、とても感謝している。

美波はおそらく、私から放たれるにおいで妊娠していることを悟っていたに違いない。でも、これといった行動の変化は見られなかった。いつものように散歩に誘い、興奮すれば立ち上がって前足で私を容赦なくど突いた。

悪阻がなくなってからは、長い間霧に包まれていた状態から、一気に晴れ渡ったかのように清々しい気持ちになり、とても活発になった。それでも、疲れやすさは変わらなかったが、安産したかったので積極的に散歩に行った。夫には「美波がいると大変そうだから、一人で散歩すれば?」と言われたが、一人で散歩するほどのモチベーションはなかった。足元に注意しながらゆっくりと、休み休みだったが、美波は辛抱強く付き合ってくれた。

陣痛が強くなってきた2023年8月15日夜8時頃。美波はどうする?という話になった。初めてのお産だったので、産院に着いてからどのくらい出産に時間を要するかは全くの未知だった。美波は6時間留守番ができるようになったが、未だに夜の留守番は苦手だった。もし何十時間もかかったら?と、いろいろなことを考え、ひとまず美波も車に乗せて産院へ行くことになった。まだまだ夏の盛りだったが、夜なら車内でも過ごせるだろうと考えた。幸い、お産は翌日の朝2時に終わり、母子ともに健康で美波の車内での待機は数時間で済んだ。そして私はそのまま5日間産院でゆったりと新しく生まれてきた小さな子と共に過ごしたのであった。

つづく

文:田島美和 (たじま みわ)

オオカミのことが頭から離れなくなってかれこれ20年。日本では見られなくなってしまった、オオカミという動物の真の生態、そして人とオオカミの関係を探るべく、アメリカ、ヨーロッパ、インド、そして北欧へと飛び回る。修士では北欧のオオカミの縄張りについてを研究した。