遺伝子変異が引き起こす犬の皮膚病について

文:尾形聡子


[Image by JacLou DL from Pixabay]

この数百年の間に犬の遺伝病はとても多くなりました。その背景には犬種の形態的な特徴を重視し、それぞれに隔離された犬種という個体群の中で繁殖が行われてきたことで、犬種内の遺伝子プールが狭まり遺伝的多様性が減少したからです。遺伝子変異は進化の原動力にもなる一方で、犬種内での遺伝情報が均一になればなるほど病気の原因にもなります。遺伝子プールが狭すぎて、イングリッシュ・ブルドッグなどは犬種としての存在が危ぶまれている状況です。

とはいえ、犬種を犬種たるものとしてスタンダードに則った形で維持していくには、犬種内で繁殖を行う必要があります。しかし、その犬種の全体数に対して繁殖に使われる個体数が少なすぎたり、特定のエリート犬ばかりが繁殖に使われたりするようになると、どの犬もどこかで血がつながっているという集団が生み出されてしまいます(ポピュラー・サイヤー効果:「シリアスブリーダーだけでは犬種の健全性は守られない」を参照ください)。

血が濃くなる、すなわち近親交配の度合いが高くなるほど、それぞれの個体が持つ疾患原因となる変異遺伝子を両親から受け継ぐ確率も高まります。そうなると、たとえ劣性の形質の病気であってもキャリアとならずにホモ接合して発症しやすい状況になってしまうのです。

現在、犬の遺伝形質は毛色などの特徴と病気を合わせると852あることがわかっています(シドニー大学OMIAより)。すべてが病気ではないものの、遺伝子解析技術の進歩にともない、その数はこれからも増えていくだろうと予想されます。数ある遺伝病の中でも今回はいま犬に発症している主な遺伝性皮膚疾患についてお伝えしたいと思います。

というのも、ちょっと話がそれますが、最近「第三の脳――皮膚から考える命、こころ、世界」という本を読んで皮膚の重要性についてあらためて考える機会があったためです。興味のある方は是非ご一読ください。オススメです!

話を戻しまして、今回はアトピー性皮膚炎のような複数の遺伝子が作用し、かつ、環境要因も大きく影響して発症するタイプの病気(多因子疾患)ではなく、単一遺伝子疾患(ひとつの遺伝子の異常により発症する病気、メンデル遺伝病)またはその病気の発症において主要な遺伝的危険因子となるようなタイプのものを対象として紹介します。

ちなみに人では500を超える遺伝性の皮膚疾患の報告がありますが、それでもまだ新しい病気遺伝子が同定され続けています。一方犬の皮膚疾患は同定されている原因遺伝子が36と、現時点では人に比べてはるかに少ない報告数しかありませんが、その多くは人の指定難病とされている疾患です。犬の遺伝性皮膚疾患は犬種特異性が高く、たとえば進行性網膜萎縮症(PRA)のようにたくさんの犬種に発症する病気ではありませんが、日本でお馴染みの犬種にも好発することがわかっています。


[Image by Sly28 from Pixabay]

犬の遺伝性皮膚疾患

■遺伝性表皮水疱症:Hereditary Epidermolysis Bullosa

皮膚の外層と内層の間の接着に影響を及ぼし、結果として水疱を起こす遺伝性で先天性の疾患で、人にも発症するものです。すでに水疱を持って生まれてくるか、出生1週間以内に発症し、多くの場合致死的な状況に陥ります。

遺伝性表皮水疱症には現在3種類のタイプがあることがわかっており、いずれも常染色体劣性遺伝をします(EBS、EBJ、DEB)。EBS(Epidermolysis bullosa, simplex)はPLEC遺伝子の変異によりユーラシアにて発症確認がされており、EBJ(Epidermolysis bullosa, junctional)はLAMA3 および LAMB3遺伝子が原因遺伝子として同定され、オーストラリアン・シェパード、ジャーマン・ポインターで確認されています。DEB(Epidermolysis bullosa, dystrophic)はCOL7A1遺伝子の変異によって引き起こされ、そのほとんどはゴールデン・レトリーバーでの発症でしたが、のちに秋田犬、バセット・ハウンドでも確認されています。

■魚鱗癬:Ichthyosis

魚鱗癬は、表皮の角質形成異常や代謝異常が見られる先天性または遺伝性の病気で、皮膚が魚のうろこのようにカサカサと硬くなることから名づけられています。こちらも人に発症し、指定難病とされています。完全に治療することはできないため生涯付き合うことになる病気ですが、命に関わる病気ではありません。

魚鱗癬には表皮溶解性または非表皮溶解性の2種類のタイプがあり、犬に多くみられるのは非表皮溶解性の方です。非表皮溶解性のほとんどは常染色体劣性遺伝をし、好発犬種として知られているのはゴールデン・レトリーバーです。ADHB5とPNPLA1遺伝子の2つが原因遺伝子として同定されています。そのほかにアメリカン・ブルドッグ(NIPAL4)、グレート・デーン(SLC27A4)、ジャック・ラッセル・テリア(TGM1)でそれぞれ原因遺伝子がわかっており、いずれも常染色体劣性遺伝をします。一方、ジャーマン・シェパードではASPRV1遺伝子が、シャー・ペイではKRT1遺伝子が原因となりますが、常染色体優性遺伝することがわかっています。もうひとつ、表皮溶解性のタイプはノーフォーク・テリアで発症し、KRT10遺伝子変異が原因となり、常染色体優性遺伝をします。

■鼻不全角化症:Nasal parakeratosis

ラブラドール・レトリーバーで原因遺伝子となるSUV39H2変異が同定されたこの病気は、常染色体劣性遺伝をします。鼻表皮にイボ状の鱗屑(角質が蓄積して小板状に隔離した状態)が生じ、色素脱失を伴う症状をあらわします。生後半年以降に症状が現れ始め、鼻先に感染が起こりやすくなるため、適切な処置を続ける必要があります。その後グレイハウンドでも同遺伝子の変異が原因となって発症することがわかっています。そのほかに、ロットワイラーとシベリアン・ハスキーにも発症報告があります。

類皮腫:Dermoid sinus

ローデシアン・リッジバックやタイ・リッジバックなど、「リッジ」と呼ばれる逆向きに生える特徴的な領域を背中に持つ犬に生ずる、神経管の発達異常の先天性疾患として知られています。背骨に沿って多数のこぶのようなものができ、こぶが感染を起こすと、背骨に痛み、硬直、熱が発生します。胚発生時の皮膚と神経管の不完全な分離によって引き起こされるため、人でも同じ病気があり、犬でもアメリカン・コッカー・スパニエル、 ダルメシアン、シーズー 、ロットワイラー 、チャウチャウ、ゴールデン・レトリーバー、グレート・ピレニーズなどさまざまな犬種で発症報告があります。

この病気は3つの線維芽細胞増殖因子遺伝子(FGF3、FGF4、FGF19)、ORAOV1、CCND1遺伝子が存在する133Kbのゲノム領域が重複していることで生じ、常染色体劣性遺伝をします。

その他の遺伝性皮膚疾患

これらの他にも、ブルテリアやミニチュア・ブルテリアに発症する致死性肢端舐性皮膚炎(原因遺伝子:MKLN1)、シャー・ペイのシワと密接な関係があるムチン沈着症(HAS2)、アイリッシュ・テリア、クロムフォルレンダーの掌蹠角化症(FAM83G)などがあります。

また、被毛に関係するマール遺伝子、ヘアレスドッグに見られる外胚葉異形成、ホワイト・ドーベルマンの眼皮膚白皮症(OCA)、なども多因子疾患ではなく、単一遺伝子によって表現型に影響を及ぼすものとして知られています。マール遺伝子はダブルマールとなれば被毛の色が薄くなるだけでなく、目や耳、内臓などにまで影響がでてきます。また、ヘアレスドッグは被毛がまったく生えない、またはごく一部に生えますが、もれなく歯の発生にも異常があることもわかっています。そしてホワイト・ドーベルマンは、いわゆるアルビノ個体になりますので、明るさに対して敏感で皮膚腫瘍を発生しやすいといわれています。


[Image by Distelfink from Pixabay]

ゲノム配列は基本的に生涯を通じて変わらない

個体が持って生まれるゲノム配列は基本的には変わることがありません。紫外線によるDNA損傷を受けたりすれば後天的な変化が生じますし、細胞分裂の際のコピーミスを修復するための遺伝子の働きに変化が起きたりすると、ミスコピーされたDNAのまま細胞が増殖していくことになります。また、エピジェネティックな変化が起これば、DNA配列そのものは変化せずとも遺伝子発現状態が変化し、健康に悪影響を及ぼすことがあります。

けれども、そのような変化はがんのような病気にはつながるものの、今日紹介した遺伝病は基本的に先天性のもので、後天的に遺伝子が変化して発症するものではありません。つまり、発症原因となる遺伝子が同定されている病気については、現在ほとんどのもので遺伝子検査を受けることができ、獣医師は病気の状態を臨床症状や病理検査からだけでなくDNA検査によっても確認することができます。病気によっては、臨床症状からすぐに確定診断ができるものばかりではないため、遺伝子検査によって病気の存在を明らかにすることもできます。家系での発症歴がどうなっているのかがわからない場合にも有効です。そして、その結果は生涯変化することはありません。

また、遺伝子検査は犬種内に広まってしまった病気を減らしていく上で役立てることができます。仮に劣性遺伝する病気の場合、病気の対立遺伝子頻度*が1〜5%を超える場合にはその病気を発症しやすい状況にあると考えられているため、病気を発症する遺伝子型を持つ子犬が生まれないような交配を考えることが非常に大切になってきます。そのような時に遺伝子検査の結果を参考にするのは、この時代の繁殖において欠かせないと思います。 

*対立遺伝子頻度とは、ひとつの遺伝子座に対して複数の対立遺伝子が存在する場合、特定の集団内でそれぞれの対立遺伝子が含まれる割合のこと。(日本神経学会用語集参照

犬に発症する数々の遺伝性疾患は皮膚病だけではなく、変性性脊髄症(DM)や神経セロイド・リポフスチン症など発病すると死に至るこわい病気もたくさん存在しています。決定的な治療方法がなく、根治できないものも多くあります。犬の福祉、飼い主の福祉を低下させないためにも、現代の利器ともいえる遺伝子技術を有効に使って、犬種ごとに犬の健全性を高める繁殖努力を続けていくことが重要だと思っています。

【参考文献】

Inheritance of Monogenic Hereditary Skin Disease and Related Canine Breeds. Veterinary sciences,9(8):433, 2022

Genetics of inherited skin disorders in dogs. The Veterinary Journal. 279:105782, 2022

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