愛犬へ健全なケアを提供するために 愛着とケアギビングをしっかり理解しよう! その1:愛着システムの全体像

文:北條美紀


[photo by Kevin Stanchfield]

先日、「Do You Suffer From Pet-Related Separation Anxiety?(ペットとの分離不安に苦しんでいませんか?)」という記事が出ていることを教えてもらった。Separation Anxietyとは分離不安と訳されるもので、人に関しては、生後8カ月から2歳頃までに見られる、愛着対象(多くは養育者)との分離に際して起きる不安をいう。

これは、社会生活を営む動物に生得的に備わっている機能で、適応的な反応だ。ただ、分離不安の強度が過剰であったり、あまりに長期にわたる場合(ときには成人期まで及ぶ)には、分離不安症/障害Separation Anxiety Disorder(米国精神医学会編『DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル』)となる。

この記事によると、ペットとの分離に際して、人も「非常に一般的にPet-Related Separation Anxietyを示す」という。その割合たるや、とあるアンケート調査の40%、研究参加者の2/3にものぼると書かれていた。本当にこんなに多いものだろうか?まさか、飼い主の皆さんが、生後8カ月から2歳頃の乳幼児だとは思えないし、分離不安症を患った成人だとも思えないし…。

こんなことから、この機会にPet-Related Separation Anxietyとは何なのかを、皆さんにきちんと理解していただきたいと思った。そのために、今一度、「愛着」について整理し、愛着関係と対をなす、「ケアギビング・システム」について説明したい。

まず、今回は「愛着システムの全体像」から見てみようと思う。

愛着欲求があるから分離不安がある

これまでに、分離不安やその基盤となる愛着について何度も取り上げてきた。以下がその中でも代表的な記事になるので、この機会に是非目を通していただきたい。

「あなたの犬は分離不安症です」その1~病名は誰のため?

「あなたの犬は分離不安症です」その2~健康な分離不安は愛着形成のサイン

犬と人との関係で愛着を取り上げる際、前提となるのは「愛着欲求を発揮するのは犬」、「それに応えるのは人」という関係性だ。平たく言えば「世話が必要なのは犬」、「世話をするのは人」であり、人でいうところの「乳幼児は犬」、「養育者は飼い主」ということになる。だから、この関係性の逆転はそもそも論外といえよう。

愛着欲求とは、養育者の庇護を受けながら無事に成長し社会適応していくための機能で、生得的に備わっていると考えられている。その機能には、以下の四つがある。

  1. 近接性の維持:愛着対象(主に養育者)との近接性を維持しようとする傾向
  2. 安全な避難場所:愛着対象に保護と安心を求めようとする傾向
  3. 分離苦悩:愛着対象との分離に抵抗し苦悩を示す傾向
  4. 安全基地:愛着対象に支えられて周囲の環境への探索行動が可能になる傾向

まず、犬が危機を察知、あるいは予期し、不安などのネガティブな感情が起きたときの愛着システムを整理しよう。

犬は危険を察知すると愛着欲求②を活性化させ、愛着対象に近づいて保護と安心を求めようとする。そのとき、愛着対象が犬の安全な避難場所として機能すれば、犬は安心感・安全感を得ることができる。そして、「自分は愛情を向けられる価値のある存在だ」と認知し自己肯定感を高める。さらに、愛着対象を安全な避難場所として信頼できる「安定型愛着スタイル」を形成する。

しかし、保護と安心を求めて近づいた愛着対象が安全な避難場所として機能しない場合、愛着対象に寄せる信頼感は不安定化し、犬の苦悩は増大する。このとき、愛着対象に激しく最接近することで、完全ではないにしろ、一定の保護と安心を引き出すことができれば、犬は愛着欲求を過剰に活性化させる戦略を取る。この戦略が繰り返し強化されると「不安定型愛着スタイル」が形成され、危険や愛着対象に関する小さなサインにも過剰に反応するようになる。ひどくなれば、分離不安症と診断されることになるかもしれない。

一方、愛着対象に再接近しても保護や安全が引き出せないと分かれば、犬は愛着欲求を活性化させることを止め、次第に愛着対象に保護と安心を求めなくなる。この愛着欲求の不活性化戦略は、「回避型愛着スタイル」を形成し、危険や愛着対象に関するサインに無関心となり距離を置くようになる。

これらの「愛着システムの全体像」を図式化したものが下の図だ。どのような循環が起きているのか、チャート図をご覧いただき理解を深めていただければと思う。

愛着システムの全体像(参考:Mikulincer and Shaver,2016)

犬と人との愛着理論に関する初期の研究は、「犬の飼い主に寄せる信頼と、子どもの親に寄せる信頼の類似性」においても紹介されている。犬が飼い主を「④安全基地」として捉えていることを示したものだ。こちらの記事もあわせてご覧いただければと思う。

さて、これが、犬に見られる愛着システムの全体像だ。愛犬にとって、飼い主という安全な避難場所がいかに重要か、ご理解いただけただろうか。嬉しいことに、飼い主が安全な避難場所として十分に機能することができれば、犬の自己肯定感はアップし、自信ある犬に育っていく。そして、人や他の犬といることに安心と喜びを感じやすい安定型愛着スタイルを築くことができる。もちろん、Wellbeingだって大いにアップするのだ。

では、安全な避難場所として十分に機能するとはどういうことなのか、次回は、愛着システムと対をなす「ケアギビング・システム」という視点から説明をしたい。それまで今回の愛着システムについて忘れないようにしてくださいね!

【参考文献】

日本語版ケアギビング・システム尺度の作成と妥当性・信頼性の検討(大久保圭介,2018)
助け合いとしてのアタッチメント(古村ら,2020)

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文:北條美紀
臨床心理士・公認心理師。北條みき心理相談室運営。一万時間以上のカウンセリングを重ねた今でも、人の心は未だ分からず、知りたいことだらけ。尽きない興味で、日々のカウンセリングに臨んでいる。犬と人との関係を考えるために、犬に関わる人間の心理学的理解が一助にならないかと鋭意思案中。

北條みき心理相談室:www.hojomiki-counseling0601.jp