インタビュアー&写真:藤田りか子
インタビューはZOOMにて行われた。斉藤さん(写真)とのお話は尽きることがなかった。
高知県南国市にてドッグトレーナーかつ動物愛護行政ボランティアとして20年間保護犬と精力的に関わっきた斉藤喜美子さん。彼女に現場における保護犬事情について語ってもらうインタビュー・シリーズ、その2。前回から続きだ
かわいそうだから保護犬を飼う
藤田(以下F):スウェーデンでは「かわいそうだから保護犬を飼う」という考え方はほぼないんですよ。重点を置くのはそこではなく「いかに犬と飼い主がマッチして共に幸せに暮らせるか」というところなんですね。もちろん保護犬を飼う人はいますが、モチベーションは「かわいそう」からは始まっていない。日本を何十年も離れていた私には、日本の今の保護犬をめぐる風潮がある意味カルチャーショックでもありました。斉藤さんもこの風潮には必ずしももろ手をあげているわけではないのですね。
斉藤さん(以下S):ええ、ブームっぽいノリが危ないかと。助けてあげるのがいいというのは、日本人的な感覚なのではないでしょうか。犬と一緒に楽しみたいから、何かをしたいから飼いたいというよりは、かわいそうな子を助けたい「わたし」がいる…。
F:主体は「わたし」なのですね。
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S:だったらもっと動物のことを勉強しましょうよ、と思うんだけど…。動物愛護に携わる人は、犬のことに関してきちんとわかっている方ももちろんいます。この人はトレーナーレベルの勉強をしているんだなって。でも、「これで大丈夫かな?」という人も実は非常に多い。
これは私の勝手な推測なのですが、動物愛護で一番やりやすいのは、子猫を拾うことなんですね。その辺に落ちているから、拾って集めてボランティアさんになる、動物の譲渡会をやる、そういうことをしているうちに、犬も集まってくるんですよ。私の知り合いのところも、元は猫から始まっているんだけど、気づくと犬がきていたという流れです。「子犬拾っちゃったから譲渡のお手伝いしてもらえませんか」と言われてやっているうちに、犬が何頭かたまっていきました。
F:なるほど、犬の知識がままならないうちに、保護犬に携わるようになってしまうのですか。
野犬を飼うこと=「レベルのすごく高い犬を飼うこと」
S:私は高知県に頼まれ、保護犬を飼う人むけの講習会をやっています。その時に皆さんに野犬についてある程度の知識をつけてもらうようにしています。「この子たち、家壊すしねー」などと話して。「このタイプの犬たちを室内で飼うっていうのはかなりの勇気がいることですよ!叱ろうと何をしようと治るわけないんです。とりあえず落ち着くまで代替策を考えること。家の中のものに対して、ガードできるものはガードする、普通のペット犬を飼う心づもりではいけないのです」と。
F:野犬についての知識をまず広めることから始めているのですね。
S:ええ、そして「レベルのすごく高い犬を飼っていると思っていた方がいいですよ、野生動物を家の中で飼うようなものですから」と皆さんに伝えます。保護犬を目の前にしたときに、「助けてあげたい」「かわいそうだから」というよりも、「私は野生動物を飼うんだぞ」という意気込みをまず持ってほしいのです。
狩猟欲の強い子たちの本能的な行動をどうにかするって、トレーニングができないとは言いませんが、かなり高度な訓練が必要とされます。彼らは、家庭犬としての選択繁殖を経ているわけではありません。山に放せば勝手に何か食べて生きていける子ばかりなんですよ。人間なんかに頼る必要なんてまるでない。そんな犬を狭いところに閉じ込めて飼おうとするわけです。
F:元野犬を東京の小型犬のように飼うんですね。犬だったら全部同じもの、と見なされているのでしょうか。
S:そう。しかし、マスメディアの功罪もあります。テレビでは保護犬のいいところばかり見せます。感動の話とか。私はテレビのバラエティ番組にしばらくでていたことがありまして。そのときテレビの制作の人に言いました。あなたたちのせいで保護犬を飼いきれず、困った人がいっぱいいるんですよ、と。でも
「感動するから番組になるんであって、感動しなきゃ番組になりませんよ」
と言われました。確かにそうなんです。さもないとスポンサーも集まらないし。そういう辛さも制作者は抱えています。バラエティは見る人がすごく多いので、スポンサーからのリクエストがあります。こういう話にしてくれなきゃ、と事実と変えることもあります。でも、見る人はみんなそれを真実だと思ってしまう。だから
「私も一匹でも多くの保護犬を助けてあげたい!ナントカのテレビ見ました!」
ってセンターに来られる人もいます。でも私たちは「いえいえ、あんな犬は現実にいませんよ」と苦笑い。
F:真に受けてしまうんだ(笑)。
S:去年だったか、香川と徳島の愛護センターのしつけ方教室に呼ばれて講習を行いました。そこに講習を受けにきていた方の犬は、全員見事にほぼ元野犬の若犬で。皆さん、すっかり持て余していました。「うちの子、ちっとも大人しくならないし」とか、「ぴょんぴょんするし動くものに反応する、猫を追いかけちゃう」とか。
それを聞きながら、「ああ、この子たちは猟をやらせたら本当は素晴らしい犬だろう、うさぎとか捕らせたらすごいんだろうな」とか「君なら群れで行動しなくても一頭で山で生きていけたタイプだよね」などと思いを巡らせていました。
F:純血の家庭犬にはない、犬がもともと持つ「野生」を野犬はみなまだ保持しているんですね。
S:道を散歩しているときや河原で遊ばせようとロングリードをつけているときなど、私が狙われるんですよ、と言っていた飼い主さんがいました。いや、だって、道を歩いていて何も落ちてなくて何も捕まえるものがなければ、とりあえず動いている飼い主から襲ってみようか、という心理になりますよ。そんな風に「犬が豹変する瞬間」という動画を私、いくつも持っています(笑)。
F:犬が持つ自然な行動ですが、人から見ると悪魔をみているような気持ちになるのかもしれないですね。
S:猟欲ですね。けれどある程度月齢があがると、卒業する子がほとんど。1歳、2歳と成長してくると、飼い主を相手に猟をしようする気持ちはなくなってくる。自分でも抑えきれないような若い頃のインパルスのようなものです。でも飼い主さんは理由がわからないから怯えてしまう。
譲渡を受ける前の講習会、受けた後のフォローアップ
F:高知県で斉藤さんは保護犬譲渡について特別な取り組みなどをしているのですか?
S:はい、高知県では譲渡を受けるのなら、飼い方講習を受けねばならぬ、という規則があります。20年前、私が関わりはじめた頃は、犬猫を飼いたい人がセンターに来て、その日にもらっていくというやり方をしていました。しかし、返されるパターンも多くて、やっぱりそういうやり方はだめですね、と。
おまけに、引き取ることを前提で来ている人に犬の飼い方を伝えても、上の空でしか聞いてない。連れて帰ることしか考えてなくて。そんなときに話してもしょうがないので、当日引き渡しはやめました。飼い方講習を受けたら一年は有効です。その間に何度も来ていただき、どうしてもこの子、というのを見つけたら引き取りにきてもらう仕組みにしています。でも、私が1時間ぐらいしゃべってその中で情報を詰め込んでもらっても、限界はありますが。
F:その後、フォローアップのトレーニングなどはあるんですか?
S:譲渡犬に関しては、5年ぐらい前からセンターから出てきた子に関しては、1ヶ月に1回しつけ方教室を。皆さん、最初はすごく心配されながら来るんですよ。「うちの子、お座りできないんです!」とか。でも、元野犬、元野生です。人と共同作業をするために作られた犬じゃない。だからそんなことできなくて当然。レトリーバーとは真逆なキャラクターの犬たちです。おまけに4、5ヶ月の犬。にもかかわらず多くの飼い主さんは、犬を人に依存させようとがんばるんです。そしてみんな失敗している。
F:やはり知識が必要な部分ですね。
S:首輪つけられるだけでもびっくりしているような犬です…。うちの雑種の子も最初首輪つけたらフリーズしていました。リードをつけたらもう歩けないというか、従えないんですね。なので、小型犬に使うおもちゃみたいな軽いリードをつけてみたのですが、それならなんとか受け入れてくれました。ですが、ちょっとでも首に圧がかかろうものなら「そんな恐ろしいことはしないで!」ってフリーズします。この世の終わり、という感じでした。
F:笑。それは典型的な、野生の動物の反応ですね。
S:そういう子たちを、訓練所に預けようとします。そこでますます犬の心は折れていく…。
リードで外に出そうとするものの、「怖い!行きたくない!」と抵抗する元野犬の保護犬。
F:犬だったら、家庭犬も野犬もみな同じだと思っているんですねー、やっぱり。
S:野犬の子をパピークラスに入れた人がいたんですけど、他のパピーと遊ばないって悩んでいました。そりゃ、遊ばないですよ!もう十分に警戒心がついている頃ですから(笑)。
F:でも斉藤さんがしつけ教室をやってくださっているのなら、譲渡を受けた方は安心ですね。
S:ええ、しつけ方教室をやりはじめてから返却する人はいなくなりましたよ。とりあえず月に1回でも相談窓口があるということでみんな安心してくれる。しつけ方教室とはいっても、しつけなんてしないです。みんなで1時間話して。「うちの子、甘噛みするんですよ、え、オタクもー!?」なんて言いながら、結局「みんなするんじゃーん、よかった、うちだけかと思いました!」と落ち着くわけです。で、皆さん「うちの子は〜」とか話しているうちになんとなく納得して、「ああ、よかったうちの子で」って言って帰っていく(笑)。
F:安心して帰ってくれて、それは嬉しい。
S:こちらが変な強制的手法に訴えずとも、何もしなかったら甘噛みの時期を犬は自然に卒業していくはずなんですよ。この教室に来てそういう知識も得てもらいます。それを卒業させないで叱ったりすることで、本気の暴れ方にさせる人もいますから。そういうのを阻止するためにもしつけ方教室は役に立っています。
F:なるほど、しつけをしないといいながら、飼い主の行動をちゃんと操作しているんですね。
S:そう、いらんことしないでねーと(笑)。
斉藤喜美子プロフィール:
1968年5月28日生まれ23年前高知県南国市にある山地酪農の牧場に嫁ぎ、6人の子育てとドッグトレーナー、ペット専門学校の講師の他、高知県の動物愛護行政ボランティアや指導を務める。
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