斉藤喜美子の「日本の保護犬事情に物申す!」その1:動物愛護と地方の実情

インタビュアー&写真:藤田りか子

日本の保護犬事情及び実態についてソーシャルメディアなどから多くの情報が入ってくるものの、実際もその通りなのだろうかという疑問は湧く。何しろ現場にいて実際を見聞きしているわけではない。今保護犬ブームと聞くけれど本当?地方の愛護センターでは野犬がよく収容されているというが、実際のところは?そもそも譲渡された先で保護犬は皆幸せに暮らしているのか?飼い主は満足しているのか?

それを高知県南国市のドッグトレーナーの斉藤喜美子さんに伺ってみたいと思った。斉藤さんとの出会いは7年前に麻布大学で開催されたJAPDT(日本ペットドッグトレーナーズ協会)のカンファレンス。高知から遠路はるばる東京のカンファレンスにやってくる、とても勉強熱心な方だ。20年間トレーナーとして動物愛護行政ボランティアとして保護犬と精力的に関わってきた、いわば保護犬のベテラン指導者でもある。地元の高知ではご家族で放牧乳牛牧場を営み、家畜動物のウェルフェアをも推進する。今年(2021年)から南国市議会議員さんとしても活躍。このようなユニークなバックグランドを持つ「犬人間」斉藤さんに現場からの保護犬事情を聞いてみた。

 

行政叩き

藤田(以下F):まずは保健所の保護犬に対する役割についてお聞かせいただけますか?

斉藤さん(以下S):保健所は公衆衛生を管理する場所です。人のための保健所なので、実はここで動物愛護を推進するにも限りがあります。保健所は、食品もやるし動物もやる。そこに愛護もやれという風潮が今はあります。昔はそんなことはなく、保健所の仕事は不要動物とされた動物の引き取りや処分ですね。野犬がでたらそれを処分する。私が子供の頃は野良犬がいっぱいいました。

F:狂犬病を広げないよう、野犬や捨て犬を捕まえて、公衆衛生をコントロールする、というのが保健所の本来の役割というわけですね。しかし動物を殺処分する機関であるがゆえに、愛護団体のいくつかはとても批判的だと伺っています。

S:愛護団体の中で、保護犬の状況について本当の話を知って語っている人はほとんどいないと思います。さて、保健所と同様に厚生労働省の管轄下であり小動物を収容するところを通常動物愛護センターあるいは高知県であれば小動物管理センターといいます。そこの職員など行政側にいる人たちも語るのかどうか?といえば、一度収容され行政の所有物になると、その前の経緯等は明かさないことが原則です。従って外部で本当のことを知っている人ってほぼいないでしょう。にもかかわらず行政を批判するためにとにかくネットに書いちゃえと思う人がとても多いのが実情です。

F:悪の根源は行政にありき、という考え方が一部の愛護団体にあるのでしょうか?

S:行政叩きですね。これは実は高知が発祥ではないかと思っています。今から10年以上前のことですが、人口比にすると高知が日本で一番殺処分の数が多かったことが6年連続でありました。それについてある保護団体が調べて発表したのが新聞に出ました。ネット上で「高知県なんとかしろ!」というようなことを、全く関係ない筋からも言われたりして炎上しました。そこから「行政を叩けばいい」という風潮がはじまったのではないかと思います。

F:保護犬の現状に対する怒りの吐口をどこかに探しているという印象です。しかし、保護犬の状況をすべて行政に任せるというのが、私にはちょっと理解しにくいところです。

S:そう、そこがおかしいのですよ。先ほど話をしたように、保健所はあくまでも人の公衆衛生を管理する場所です。

■保健所と動物愛護センターの違いについて

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■保健所の役割

https://www.mhlw.go.jp/content/000761091.pdf

「引き取り拒否」は有効な法律なのか?

放浪の野良犬を捕まえたけど首輪をつけることができない、なんとかできないかと高知の小動物管理センターに助けを求めて来た人がいた。犬は鎮静剤を投与されているのでおとなしくなっている。 [Photo by Kimiko Saito]

F:今も高知など地方には野良犬って多くいるものなのですか?

S:いないこともないです。野良犬というよりも、野犬化した子がいますね、まだ。

F:つまり野生で生まれた子?野犬?

S:はい、山があるので、里におりてくるんですよ。

F:そもそも野犬ってどこから湧き出るものなのですか?捨てられた猟犬?

S:最初は猟師に捨てられた犬、あるいは普通の家庭犬だったのに捨てられた犬。そういう犬たちから生まれてきた子です。捨てる人はいまだにいます。センターに関わっているので知っていますが、猟犬の子犬らしいタイプ、結構見ています。

それからその地独特の野犬もよくやってきます。同じ地域から同じタイプの子が毎年でてきますよ。多分そこに親がいて、毎年産んでいるんでしょう。顔みたら、あ、東側の子だね、とか分かる。東ではシカがよくでるから村の人がシカ狩りしてお小遣い稼ぎをしたり。そこでは狩猟犬として使えないと、保健所に連れられてくる子が昔から多かったんです。昔はそれでも引き取っていました。というか、引き取らねばならなかったんです。ですが今は法律が変わり、特に理由がない限り引き取りを拒否できるようになりました。

F:法律を改正して「飼い主責任」を促そうとしたわけですね?

S:はい、飼い主さんが自分で里親を探すなり、責任をとらなければならないって。そこでいきなり「飼い主責任」って言葉がでてきたのですが…、無理ですよ!

F:飼い主の意識が成熟していないのに、急に「飼い主責任」というキラキラとした言葉が規制によって登場した!

S:そうなんです。それに、保健所まで来て「犬いらない」って言っている人ですよ。急に心を入れ替えて「はい、やっぱり飼い続けます」だなんて言うわけがない。離婚届持ってくる人に役所の職員さんが「いや、もう一回考え直してください」と言ったところで、心入れ替える人なんています?

F:あはは。

S:中には、そういう理由なんですね、と引き下がる人もいるけど、「あ、そうなんですか」とその足で犬を捨てに行っちゃうパターンがある。実際にそうやって捨てられた犬を知っています。私のお客さんが近所でその犬をたまたま見つけてしまった(笑)

F:にもかかわらず中央では「飼い主責任」のようななことを振りかざしているわけですね。中央と地方の意識のギャップでしょうか。

S:日本の行政はトップダウンです。国がいえば、県が国に従う、県知事が言ったら、県の中はそれに従う。そうすると県に存在する各々の地元の事情は?となり、そんなローカルな事情など知ったこっちゃないというような。だから地方の実情はまるで無視され、中央で決めることとのギャップが生じる。地元ではぜんぜん現実的じゃない規則が存在するという、現場との乖離がすごいです。

とはいえ、中央にとっては、引き取り拒否すると地方には簡単に遺棄できる環境がある等その先を想像し難かったのかも知れません。そもそも法律改正をした際の想定は事業者の行為を改めようというものでした。引き取り拒否が遺棄→野犬の繁殖→収容逼迫等々の問題になるだなんて思ってもいなかったのでしょう。

地方の実情にあっていない規制

S:環境省もブリーダー規制とかペットショップ規制とか始めています。そっちの方をがんばってもどれほど効果があるものなのか。日本のペットショップ事情は、単に消費者の勉強不足のあらわれだと思うんです。どんなところから「うちのワンちゃん」がペットショップに来ているのだとか、わかっていない。そもそも犬を大事にしてきちんとブリーディングをしているブリーダーさんは、ペットショップに出すなんて考えられないわけで。

F:私もブリーディングを経験したので、わかります。日本のペットショップに出したいなんて微塵も思いません。法律による規制よりも、消費者がペットショップに対してクリティカルに見るという風潮がほしいところですね。

S:そう、論点がずれているんですよ。ペットショップやブリーダーに対する数値規制があっても…。愛護法についての現状ですが、実際には適用や執行がほとんどなされていません。保健所職員には業者に対して検査、命令、勧告ができる権限があります。ただし前例がなさすぎて権限があってもないようなもの(あるいは使われていない)。

問題があっても口頭で指導、指導書を切る程度、改善することはあまりなくて、警察も前例がないからと動くことはほとんどありません。絵に描いた餅ですよね。虐待や遺棄に関しては厳罰化されていますが普通の人は知りませんし、適用もまずないです。

F:やはり法律はほぼ役に立ってない…。

S:さっきも保健所の担当の方と話をしたんですけどね。繁殖屋さんのところに職員が行って、「おじさん、この状態で犬を保管してはだめですよ」って注意したそうです。「まぁ、そのうちちゃんとします」みたいな話で帰ってきたそうで…。

いくら数字で縛っても、その人がそれを守る気になっていないのなら、規制しても意味がない。そもそも現場の人(繁殖を行う人)もその規制によって中央が何をしたいのか、わかってない。これじゃ変えられないですよ。強制執行力なんて基本ありませんから。注意勧告だけでは変わらないのを現場の人はずっと見ています。挙句の果てに職員さんはその繁殖屋のおじさんに「おれにも生活あるあるからねー」とか言われたって。

飼い主に対しても保健所は第25条の則り(=「動物の愛護及び管理に関する法律」25条)、指導勧告命令ができるんですよ。しかしこちらも同じく、権限はあるけどやはり絵に描いた餅… 誰もやろうとしないのは、線引きが難しいんだと思います。ある職員さんは「もっとガンガンやって、動物飼うって厳しいことなんだ、と思わせたらいいのにって」と言っていました。日本の事なかれ主義なんでしょうか。

環境省は、多頭飼育やホーダーに関しては海外なみに保健所並びに各福祉担当と連携をとり解決方法のための立派なガイドラインを出しています。が、保健所までの周知しかないため、保健所がそれを役場の人間の福祉担当や社会福祉協議会に相談しても、「動物のことですから保健所さんがやっといて」と相手になどされない。それを保健所担当も悔しがっていました。

地方から東京へ供給される保護犬

このインタビューはZOOMを通して行われた。上が斉藤喜美子さん。下が筆者。

F:そういうのを中央の人はわかってないのですかね?

S:東京から来ているボランティアさんに聞きました。じゃ、中央はどうなんだ?って。と、多くの人は譲渡をすることにとても熱心である、でも地方がそこまで至ってないことを知らないのです。

F:そこまで至ってないとは?

S:地元におけるペットに対する意識や風潮、何より犬の特性(=野犬の特性など)が都会の人々がイメージしているものと違うということ、さらには地元の方々が努力しても追い付かない現実があるということ、中央では単純に知り得ない。

もっとも東京は愛護センターに犬がいないから。いても小型犬の純血の子がほとんどです。入ってもすぐに出ちゃうし、犬の愛護団体さんもかなり数があるので、譲渡は比較的スムースにいっているんです。そのため保護犬がおらず、欲しい人は地方の保護犬を探すようになってきて。そのうち地方の犬を飼うのがいいというようなことが言われはじめた。

高知のセンターにとある東京の有名な人がきて、「譲渡の子を飼うのが今流行りのようなところがありますよ」と話したそうです。職員はそれに腹を立てていました。誰に言っているんだ!と思ったそうで。

F:野犬が多い地方からの保護犬が東京の保護犬と比べて異なるタイプの犬であることを知らずに、ただただ飼い主さえ見つかればいいという感じなのですか。

S:私はわかっている人が野犬の保護犬を飼うのは構わないと思うんですよ。ま、犬ってこんなもんだな、とか、ある程度野性味があっていいじゃん、って。そういう人ならいいのですが、今の日本の犬の飼い方の現状を見ると。自分の子供のように飼いたいとか接したい、とか…

F:子供の代わりにしたいのですね。

S:それもいいんですよ。でも人間扱いをしたいという人が多い。だから可愛いお洋服を着せようしたり、誕生日をケーキで祝ったり。同じ祝うのなら生肉とか食べさせた方がいいのでは、と思うけど(笑)。

F:でも人間扱いにして飼っていると、いずれは犬と折り合いがつかなくなってしまうのでは?その辺はどうですか?

S:はい、折り合いついてないこと多いです。「犬がなぜこういう行動をとっているのか」を説明してもわかってくれない。多くの人は、お皿からドッグフードを食べるのが犬と思っている。追いかけたり匂ったりして獲物を探すという、犬が持つ本来の捕食行動を知らないのですよ。犬とは何か?を基本から教えて初めて「ああ、なるほどね」と腑に落ちてくれる。そういう肝心なところがスポンと抜けていて、YOUTUBEとかに出ているぬいぐるみたいなわんちゃんを私も欲しいという感覚が蔓延っています。

F:ううむ…!

次回に続く (↓)

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斉藤喜美子プロフィール:
1968年5月28日生まれ23年前高知県南国市にある山地酪農の牧場に嫁ぎ、6人の子育てとドッグトレーナー、ペット専門学校の講師の他、高知県の動物愛護行政ボランティアや指導を務める。

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