野犬のウェルフェアとイルカの自由

文:五十嵐廣幸

先日掲載された藤田りか子さんの記事『野犬出身の保護犬を考える』はとても興味深い内容だった。同時にその記事に寄せられたコメントも犬への強い思いを感じた。今回はこの記事を受けて私の感じたことを綴ってみる。

「野犬を保護すること」は愛情なのか、動物福祉、動物愛護なのか。とてもセンシティブな問題である。

多くの人は犬以外の動物だとこの類の決断がとてもはっきりできるのに、これが犬という毎日見かける動物になるとその判断の境界線が突然曖昧になってしまうようにも感じられる。

水族館のイルカを見て、彼らはもっと広い海で自由に泳いでいるほうが幸せなんじゃないかと感じる人は多いはずだ。

オットセイは人を喜ばせるために芸をしているより、のんびり岩場で昼寝をしてるほうが彼らが望む生活だといえないか?

動物園のクマだって、毎日きちんと餌をもらえる環境があるからといっても、コンクリートで固められている場所にいるよりかは、山を歩き、木に登り、巣穴の中で寝ることのほうが彼ら本来の暮らしなのではないだろうか?

狭いケージの中にいる鳥は、思いっきり飛べないことに窮屈さを感じないのか?彼らの羽は逃げるため、餌をとるためにもあるのだ。この自然界で生き抜いていくために必要だからこそ鳥は飛ぶことをしたのに。

決して広いとは言えない動物園の檻の中で左右に行ったり来たりしているトラの姿を見れば、「生まれ育った場所にいたほうが幸せだろう」と率直に思う。

しかしこれが野犬を含めた犬が対象になるとどうだろう。身近な動物であるがために「保護して人と一緒に過ごすことが犬のためになる」と感じてしまう人が多いように私は感じる。

もちろん保護犬といっても、出身はそれぞれだ。

A: 昨日まで10年間、大事に老夫婦に飼われていたシーズー

B: 5年前ぐらいから頻繁に見かける野良犬

C: 駆除対象にもなっているノイヌ

保護されたあとでも今までと同じように犬本来の行動をとれて、自由を妨げられず、ハッピーでいられるとは言い切れない犬もいると私は思うのだ。

Aのシーズーは保護され人と暮らすことで安心し、ハッピーになる確率が高いのは言うまでもないだろう。シーズーはその10年間という長い期間、人と一緒に楽しい思いをしながら過ごしてきたからだ。

Bの野良犬は5年という歳月の間に、人が近づくことによって更に怖がるようになっていることも予想されるし、もしかしたら人と暮らすことを嫌がらなくなったかもしれない。ハッピーになる可能性も、そうでない可能性も両方あると思える。

Cのノイヌの場合は、今まで一緒に暮らしたことのない人に強い恐怖を抱く可能性が非常に高いだろう。恐怖心などから人を咬むかもしれない。人から与えられた餌を食べない可能性もある。人に飼われることで今までの自由を失うことにもなるだろう。よって、人と一緒に暮らすことがハッピーである可能性は低いと私は考える。


[photo from WIKIMEDIA COMMONS]

2006年1月29日、私は仕事のために冬のルーマニア、ブカレスト市中心部に滞在していた。翌日は仕事が休みということもあり、どこか観光に行こうと考えていたのだが、その翌日、私は食事以外では外に出ることなくホテルで過ごすことになった。なぜなら…

日本人男性が、自宅近くで車を降りて家に戻る途中、野犬に左脚の血管を咬み切られて出血多量で亡くなったというニュースを聞いたからだ。同じ日本人、それもルーマニアに住んでいた方が、私の滞在するホテルの近くで野犬に襲われて亡くなった。

もしかしたらその犬は昨日私の後をずっとついてきた犬かもしれない。そういうことを肌身で感じると、私たちが飼っているペットという犬と野犬またはノイヌは違う動物であるということを思い知らされる。

人の足の血管を咬み切り、出血死においやる犬に対して、「私はあの犬が保護される前と同じように自由を提供でき、彼と幸せに暮らせる」「人の愛情があれば犬はハッピー。躾教室でも無理なく過ごせる」

はたして、そう思うままでいられるだろうか?

犬という同じ姿をしていても、人の手で育てられた犬と、そうでない犬とでは気質や行動が大きく違う。 ペットの犬、捨て犬、野良犬、ノイヌをひとくくりにして「保護をする。人が飼う」というひとつの答えをすべての犬に適用することは、本当に犬にとって優しいことなのだろうか。そう私は思案している。私たちは水族館のイルカやケージの中の鳥を通して、動物本来の「活き活きと生きること」の意味に気がついているはずではなかったのか?と。

人と犬との関係は密接だ。だからこそその判断は難しいが、犬、イヌの「活きること」をしっかり考えて答えを出していきたいと思う。

文・写真:五十嵐廣幸(いがらし ひろゆき)
オーストラリア在住ドッグライター。
メルボルンで「散歩をしながらのドッグトレーニング」を開催中。愛犬とSheep Herding ならぬDuck Herding(アヒル囲い)への挑戦を企んでいる。サザンオールスターズの大ファン。
ブログ;南半球 deシープドッグに育てるぞ

【関連記事】

野犬出身の保護犬を考える
文と写真:藤田りか子 東欧の野犬の様子。この犬は街の広場に現れるものの、人が手をのばすとさっと立ち退いた。警戒心は強い。 私はすでに成犬となった野…【続きを読む】