カワイイとかわいそう~憐みの気持ちと上から目線 メサイア・コンプレックスとは

文:北條美紀


[YamabikaY/Shutterstock]

仕事柄、言葉の使われ方や語感、話しているときの雰囲気などに敏感になりがちなところがある。どうしても引っかかってしまう言葉が二つ、「カワイイ」と「かわいそう」だ。なぜか素直に聞くことができない。気になったので調べてみたところ、共に「顔映し(かほはゆし)」という単語が語源だった。元々「顔映し」は「まぶしくて見ていられない」の意味だが、そこから「見るのが辛い、不憫だ、気の毒だ」となり、「かわゆし→かわいい」となったようだ。「不憫だ、気の毒だ」が「愛らしい」という意味に転じたのは、気の毒で見ていられないという感情と、小さいものや弱いものに手を差し伸べたくなる感情の近さから、「気の毒だから助けてあげたい→愛らしい」となったと考えられている。一方、「不憫だ」という部分は、「かわいそう」が受け継いだ。どちらにしても、根底には「憐み」の気持ちがあるようだ(語源由来辞典日本国語大辞典)。

なるほど、私の違和感はこの「憐み」にあるようだ。常々、「気の毒だから助けたい」、「小さくて弱いものに手を差し伸べたい」という気持ちが原動力となる援助には注意が必要だと思っている。これは、「同情」であって

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