コロナ自粛の時代を生きる3:ケースから見る、長期自宅滞在と動物虐待

文:北條美紀

Photo by Oleg Green

コロナウイルスの感染拡大によって、リモートワークが推奨されている。その結果、いつもは家にいないはずの家族メンバーが、長時間、家にいる。いつもは一緒にいられない家族が揃うのだから、さぞ幸せな時間が増えるだろうと考えたいものだが、そうはいかないようだ。巷では、コロナ離婚やコロナ鬱なる言葉も生まれ、何なら今年の流行語大賞になるかもしれない。

さて、コロナウイルスとは直接関係のない話だが、「日頃は家にいないはずの家族メンバーが家にいる」という共通点で、思い出したケースがある。
※プライバシー保護のため、以下のケースの内容については抽象化や改変を行なっています。

私の相談室を訪れたのは若くて美しい女性。仕事中にパニック発作が出るために勤怠が乱れてしまったという主訴だった。話を聞いてみると、仕事中も家のことが気になり、不安でたまらなくなると涙が出て過呼吸になるとのことだった。次第に家を空けることが怖くなり、欠勤が増えたという。また、ひどく思いつめた様子で、「今の仕事は好きだが、このまま迷惑をかけるわけにはいかない。収入がなくなると経済的にも困るから短時間で稼げる夜の仕事に変えなければならないが、どうしたらいいか」と言うのだ。

はてな?なことだらけなので、さらに話を聞くと、数週間前に父親が自宅の階段から落ちて足を骨折し、ずっと家にいるという。母親も働いているため、日中は父親1人でどうしているか心配で不安になる、だから、父親1人にならないように昼の仕事を辞めて夜の仕事に就こうと思うのだと話してくれた。「なんて、父親想いの娘さんなの!」と言いたいところだが、父親について語る彼女の様子は、愛情とは程遠い固い印象だった。そもそも父親のケガは単純骨折で、命に関わるようなものではない。だから、彼女のパニック発作の原因を説明するには、父親の骨折だけではいささか弱いと感じた。

この先のやり取りは非常に興味深いものとなった。最初にポイントをまとめると、彼女の症状は父親の骨折直後から始まっていること、父親は飲酒して階段から転落したこと、父親は骨折が治っても復職する意思がないこと、病気休暇となった父親は日中から飲酒するため1人で家に置いておけないこと、このまま父親が家にいるのなら自分が仕事の時間帯を変えるしかないことなどであった。彼女は、父親の問題飲酒は病気休暇以降であると話したが、恐らく以前から問題飲酒があり、病気休暇で一気にアルコール依存症が顕在化したものと思われた。それにしても彼女の口は重く、父親を嫌悪している一方で怖がってもいるようだったが、何が怖いのかはなかなか語られなかった。

パニック発作の恐怖の原因として、飲酒による暴力や暴言も想定されたが、それなら家に一緒にいることのほうが恐怖なはず。それでも、父親1人にはできないと言う。その矛盾を感じつつ、父親を嫌いなのに怖い、それでも家から離れられないという彼女の葛藤に共感しながら話を聞き続けた。そして、最後にたどり着いたのは「飲酒した父親が飼い犬を蹴ったり投げたりする」という事実だった。

Photo by Rikako Fujita

父親のアルコール依存症は、彼女が物心ついた頃からあったが、それはファミリーシークレットとして隠され、母親と彼女の努力で親戚にすら知られていなかった。そんな状況でも、彼女は深夜や休日に繰り返される父親の問題飲酒に対応し、彼女なりに社会とバランスを取ってきた。それが、今回の骨折によって父親のアルコール依存症が一気に顕在化し、動物虐待が出現したことで、彼女のギリギリのバランスは崩れてしまった。家を空けている間に大切な飼い犬がひどい目に遭っているのではないかと思うと、不安と恐怖でパニック発作が出るようになってしまった。そして、飼い犬を守るためには、自分のキャリアを犠牲にしてもいいとまで思ったのだ。

このケースに関しては、紆余曲折ありながら、父親が社会的資源につながることで解決への道筋が見えたが、今回のコロナウイルスによる自宅待機の長期化が、同様の事態を引き起こしていやしないかと気になるのだ。杞憂であってほしいものの、どうにも心配である。時間的な制約がなくなった依存症は暴走する。しかし、概して依存症家族は口が重く、外部に助けを求めるチャンスを逃しがちだ。

私は人の専門家として、やっとの思いで動物虐待にたどり着くことができた。一歩間違えたらたどり着けずに終わっていたかもしれない。これが、犬の専門家だったら、犬を入り口に、もっと早く事実に近づけていただろう。人と動物のそれぞれの専門家が、それぞれ得意な入り口からいち早く事実に近づき、何らかの助けになることができればいいのになと思う。そして、専門家同士が協同できればもっといいのになと、こんなコロナの時期だからこそ強く思ったのだった。

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文:北條美紀
臨床心理士・公認心理師。北條みき心理相談室運営。十数万時間のカウンセリングを重ねた今でも、人の心は未だ分からず、知りたいことだらけ。尽きない興味で、日々のカウンセリングに臨んでいる。犬と人との関係を考えるために、犬に関わる人間の心理学的理解が一助にならないかと鋭意思案中。

北條みき心理相談室:www.hojomiki-counseling0601.jp