レトリーバーのトレーニング、マーキング修行とYドリル

文と写真:藤田りか子

撃たれた鳥がどこに落下したのか、それをきちんと観察して記憶にとどめておくというマーキング技能は獲物の回収を専門とするレトリーバーにはなくてはならない猟技だ。レトリーバーであればほぼ全ての犬に備わっている思いきや、アシカにはこの技術が欠落しているのが判明した。来たる「ワーキング・テスト」競技会ではまさにこのマーキング技能が試される。そこで私はアシカとマーキング特訓を開始した。マーキング技能についての詳細は前回のブログを参照にされたい。

今ヨーロッパで非常に人気があるハンガリー人レトリーバー・トレーナーでありフィールドトライアルの審査員であるオリバー・キラリーさんが「アメリカのレトリーバー・スポーツではマーキング能力にすごくこだわる」と話してくれた。マーキングテストでは、一切犬を遠隔で操作することが許されないとも。一方でイギリスの競技会ではたいていのハンドラーが犬をホイッスル(犬笛)などで遠隔コントロールして鳥が落ちたところまで誘導する。したがって英国トレーナーの中にはマーキング能力にあまり注意を払ってない人も少なくないそうだ。

しかしオリバーさんはヨーロッパのハンドラーももう少しマーキング技能にこだわるべきだと主張している。もし犬が鳥を落ちた場所をしっかり覚えてさえいれば(=マーキングしている)、獲物のところまで誘導するのもわずかなハンドリング(操作)で済む。ホイッスルを吹いたり、右左に走るべき方向を手で示す遠隔操作は一見かっこよく見えるが、しかし、競技会的には最小限の指示で獲物に到達させる方がより好ましい。

オリバーさんの話でヒントを得た私は、さっそくアメリカから出ているマーキングトレーニングの動画をネットで探してみた。かなりいろいろな方法があるようだが、その中でもアシカとのトレーニングに一番役に立った方法がレトリーバー・トレーナーであるビル・ヒルマンさんのYドリルというエクササイズだ(下動画参照)。とてもシンプルなのもいい。

ビル・ヒルマンさんのウェブサイト:https://billhillmann.net

アシカは、今ひとつ距離を見定めるのが下手で、ダミーの落ちる行方を一生懸命見ていても見当違いのところに走って行ってしまう。おまけにもう一つの彼女の欠点は、スロワー(=Thrower 投げる人)の動向にも視線を向けてしまうことだ。目を少しでもそらしてしまうと、ダミーの行方をピンポイントすることが難しくなる。Yドリルは、ダミーの落下地点までの距離感を養うこと、よりダミーに集中することをアシカに教えてくれたと思う。

アメリカのガンドッグ・トレーナー、ビル・ヒルマンさんの提唱するYドリル。

上の図を参照にされたい。スロワーを中心にダミーを落とす位置がYの字状になるからYドリルと呼ばれる。ちなみにこの練習では投げられた複数のダミーの場所をすべて覚えておく「記憶エクササイズ」は行わない。一回投げるたびに犬を送り出してほしい(シングル・マーキングという)。スロワーの外側(①のダミー)、スロワーの内側、つまりスロワーと犬の間の空間(②)、スロワーの横線上(③)という3ポイントにダミーを投げることで、距離の見定め方を犬は練習することができる。ビル・ヒルマンさんは、スロワーの内側に落ちるダミーのマーキングが犬にとって一番難しいと述べている。だから犬にYドリルの演習を行うときは簡単な外側から取らせる上の番号順に行うべき、とも。ただし、私は内側のダミー③)から始めた。というのも、アシカはどうしてもスロワーに目が行ってしまう犬だ。自分のすぐ目の前にダミーが落ちることによって、彼女の「おっ!」という感情の高まりとそれに伴う集中力を導き出そうとした次第だ。このような微調整は、犬それぞれの個性にもよる。アシカはいわゆるイギリス系の「マイルド」タイプのフィールド・ラブ。その中でもさらにマイルド気質かもしれない。トレーニングをこんな風に少々盛り上げてもステディネスを台無しにすることはない。

ちなみに、前出のビル・ヒルマンさんであるが、ウェブサイトでみるところによると電気ショックカラーを使ってレトリーバー・トレーニングしている(こちらを参照)。なんともアメリカのガンドッグ・シーンらしい。多分彼の絶妙なタイミングとスキルで行うと大丈夫なのだろう。しかし個人的には使いたくないメソッドだ。そもそも、電気ショックを使わなければならないほど「独立心旺盛」なフィールド系のレトリーバーがいる、というのは犬種としてやや嘆かわしい事実でもある。それよりも、丁寧なブリーディングによって電気ショックを使う必要のない協調性のあるレトリーバーを生み出す方がいいと思う…。

が、たとえトレーニング哲学が異なっても、腕のいいトレーナーの技というのは学べることがたくさんある。頭から「ダメ!」と決めつけるよりも心をオープンにすることが大事だ。ビル・ヒルマンさんのYドリルのおかげで、練習を始めてだいたい1ヶ月後ぐらいだろうか。アシカの距離測定力は断然に伸びた。さらにスロワーに気をとられるという癖も取り除かれた。ワーキングテスト競技会ではなんと5つ中3つの満点も獲得したのだ。

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