文:尾形聡子

[photo by Jamie Street from Unsplash]
アジソン病という病気の名前を聞いたことはあるでしょうか。
人でも発症する病気のため、名前だけは耳にしたことがある方もいるかもしれません。犬では「副腎皮質機能低下症」と呼ばれることもあります。
この病気は、副腎皮質から分泌されるホルモンが不足し、元気消失、食欲低下、下痢や嘔吐など、さまざまな症状がみられます。ただし、初期症状は非常に曖昧で、「なんとなく調子が悪い」という形で現れることも少なくありません。そのため診断が難しく、重症化して初めて病気が見つかるケースもあります。
犬全体としての有病率は低いものの、どの犬もアジソン病を発症する可能性があります。ただし、以前から、一部の犬種で比較的多くみられることが知られていました。スタンダード・プードル、ポーチュギーズ・ウォーター・ドッグ、ビアデッド・コリー、そしてノヴァ・スコシア・ダック・トーリング・レトリーバー(以下、トーラー)などです。中でもトーラーでは、若い年齢で発症し、さらに他の免疫疾患を伴う重い症例が報告されていました。
今回紹介する研究は、遺伝的背景が強く疑われる、若齢で発症するトーラーのアジソン病について調べたものです。アメリカのカリフォルニア大学デービス校の研究者らが中心となった国際研究チームによるもので、副腎皮質だけに問題が起こる疾患としてではなく、「多発性自己免疫症候群(Multiple Autoimmune Syndrome: MAS)」とも呼べるような、より広い自己免疫異常の可能性に注目しました。
アジソン病とは
アジソン病は副腎皮質から分泌されるホルモンが不足する病気です。これらのホルモンは、体の代謝、水分や電解質のバランス、ストレスへの反応などに関わっており、不足すると全身にさまざまな影響がみられます。元気がない、食欲が落ちる、下痢や嘔吐を繰り返す、体重が減るなどの変化が少しずつ現れることも多く、他の病気との区別が難しいことも少なくありません。
しかし診断がつかないまま病気が進行すると、「副腎クリーゼ(アジソン・クリーゼ)」と呼ばれる急性副腎不全を起こすことがあります。重度の脱水やショック状態に陥り、命に関わることもある危険な状態です。
ただし、一般的なアジソン病は、適切に診断され、生涯にわたって不足しているホルモンを補充し続けることで、比較的良好な生活を送れる病気としても知られています。だからこそ研究者らは、若齢で発症し、さらに他の自己免疫疾患まで伴いながら若くして死に至るトーラーの症例群に、通常のアジソン病とは異なる背景があるのではないかと考えたのです。

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トーラーにみられていた、異常な病態
研究者らは、1歳未満でアジソン病を発症した24頭のトーラーの病状やDNAについて詳しく調べました。DNAサンプルはアメリカ、カナダ、デンマーク、スウェーデン、イギリスの5カ国のトーラーのブリーダーから提出されたもので、3組のきょうだい犬、1組の異父きょうだい犬が含まれていました。ちなみにこの研究でブリーダーから提出された、罹患犬60頭のうちの40%が1歳未満で発症していました。
すると、24頭のうち、少なくとも10頭(41.7%)では、他の自己免疫疾患も確認されていました。自己免疫性溶血性貧血、免疫介在性血小板減少症、炎症性腸疾患(IBD)、免疫介在性多発性関節炎、甲状腺機能低下症、膵外分泌機能不全など、副腎の問題だけでは説明しにくい病状がみえてきました。
さらに、自己免疫疾患が原因と考えられる、慢性的な結膜炎、高窒素血症、腎障害、てんかん発作などを示した犬もいました。研究者らは、若齢発症したトーラーにおいては多くの犬が広い意味での自己免疫異常を抱えていた可能性があると考察しています。実際、一部の重症例では、副腎だけではなく、多臓器に炎症が広がっていたことも報告されていました。
寿命にも顕著な傾向がみられました。若齢発症した24頭のうち死亡年齢が確認できた14頭では、平均寿命は3.4歳、中央値はわずか2歳でした。しかも、これらの犬の多くは、アジソン病に対する適切な治療を受けていました。研究者らは、死因の多くがアジソン病そのものというより、他の自己免疫疾患によるものだった可能性を指摘しています。
このような特徴から研究者らは、トーラーでみられるこの病態を、アジソン病単独のものではなく、多発性自己免疫症候群(MAS)の一種として捉えるべきではないかと考えました。
遺伝子解析で見えてきたもの
研究者らは、若齢発症したトーラーのDNAについて、ゲノムワイド関連解析(GWAS)と呼ばれる遺伝子解析を行いました。これは、病気の犬と健康な犬のDNAを比較し、病気と関連する遺伝子領域を探す方法です。
その結果、27番染色体上に強い関連領域が見つかりました。さらに詳しく解析を進めたところ、「RESF1遺伝子」にミスセンス変異が起きていることがわかりました。RESF1遺伝子は免疫機能に関わる細胞でも強く発現していることが知られており、研究者らは、この遺伝子が免疫異常と関係している可能性について示唆しています。
RESF1遺伝子変異は若齢発症したアジソン病のトーラーの多くで共通してみられ、特に変異遺伝子を二つ持つ犬で強く関連していました。一方、健康な犬ではほとんど確認されませんでした。興味深いことに、この変異を持っていても発症していない犬もいて、逆に、発症していても変異が確認されない犬もいました。研究者らは、この変異の浸透率(特定の遺伝子を持つ人がその形質や疾患を発現する確率)を76%と推定しています。変異を持っているすべての犬が必ず発症するわけではない、ということであるため、遺伝形式としては、不完全浸透の常染色体劣性遺伝と考えられます。
この点について研究者らは、他の遺伝子や環境要因、あるいはエピジェネティクスのような仕組みが、発症するかどうかに影響している可能性もあると考察しています。
また、病理検査では、副腎皮質にT細胞が浸潤している様子も確認されました。これは、免疫系が自分自身の組織を攻撃していた可能性をサポートする所見です。
これらの結果から研究者らは、RESF1変異がトーラーでみられる若齢発症型アジソン病および多発性自己免疫症候群に深く関わっている可能性が高いと結論しています。

[photo by Jamie Street from Unsplash]
繁殖現場で生かされ始めている遺伝子検査
今回の研究で見つかったRESF1変異については、現在、カリフォルニア大学デービス校のVeterinary Genetics Laboratory(VGL)で遺伝子検査が提供されています。
今回紹介したような、犬の遺伝病研究から得られた知見は、犬の遺伝的多様性とのバランスを取りながら、発症リスクの高い組み合わせを避けていくためのツールとして実際に活用され始めています。論文中では、この遺伝子検査の導入後、検査済みのトーラーの親犬から生まれた子犬に若齢発症型アジソン病の報告が新たに確認されていないことも述べられていました。もちろん、これだけで病気を完全に防げるとは言えませんし、すべてのアジソン病が今回の変異だけで説明できるわけでもありません。
それでも、若齢で重症化し、多発性自己免疫症候群として全身に影響を及ぼす可能性のある、トーラーでみられる若齢発症型アジソン病について、遺伝子レベルでリスクを把握できるようになった意義は決して小さいものではないと思います。このような遺伝子研究が、犬たちの将来の健康を守る繁殖に役立てられていくことを願っています。
【参考文献】
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