サウンドボードボタンで犬と会話?

文:尾形聡子


[Image by congerdesign from Pixabay ]

サウンドボード、サウンドボタン、コミュニケーションボタンなどと呼ばれるおもちゃ、みなさんご存知でしょうか?SNSを検索してみると、世界各国の犬や猫が飼い主さんと会話らしきものをしている様子や、トレーニング方法を紹介している動画を見ることができます。たとえば以下のような動画です。

サウンドボードボタン(以下ボタン)を介してまるで会話をしているようにも、何かを要求しているようにも見えますが、犬は本当に人間同士のような言葉を使ったコミュニケーションをとっているのでしょうか。それとも、飼い主からの何らかの合図に上手に反応しているだけなのでしょうか。

アメリカ、カリフォルニア大学サンディエゴ校の認知科学者フェデリコ・ロッサーノ博士は、これまで類人猿を対象として行われていた動物の言語研究において、新たな光を犬に当てました。犬は人と積極的にコミュニケーションを取ろうとする動物であり、近年話題になっているサウンドボードが研究の糸口になるのではないかと考えたためです。

世界中の犬や猫の飼い主に使用されているこのボタンを通じて犬や猫の言語能力についての研究を進めるために、ロッサーノ博士はアメリカのみならず英国、オーストリア、スペインの研究者らと国際研究チームをつくり研究を始動。まずは、ボタンのトレーニングを受けている犬がボタンを押したときに鳴る単語を認識し、適切に理解できている行動をとるかどうかを調べる実験を行いました。


[image from PLoS Onefig1] 研究者が赴いて実験を行った家庭内のボタンの様子。

単語を理解しているか?

研究チームは2つのシチュエーションにて実験を行いました。ひとつは研究者が犬の自宅に行き、自宅にあるボタンを使用して実験を行うもの(30頭の犬が参加)、もうひとつは同じ実験手順を研究者から遠隔指導を受けた犬の飼い主が行うもの(29頭の犬が参加)でした。さらに、ボタンを押す人が飼い主か見知らぬ人かによって犬の反応が異なるかどうか、単語がボタンから鳴るかあるいは人の口頭から発せられるかによって反応が異なるかどうかも調べました。

使用した単語は外出関連、遊び関連、食事関連の単語で、「OUT」あるいは「OUTSIDE」、「PLAY」あるいは「TOY」、「FOOD」あるいは「EAT」「DINNAR」の3種類。それぞれの単語が録音されているボタンが押されたとき、犬は「庭に通じる窓やドアの方を見たり、外にでようとするか」、「犬がおもちゃを見たり、おもちゃをとりに行ったりするか」、「フードボウルの方を見たり、フードボウルの方へ行こうとするか」など、各単語に見合った行動ができるかどうかが観察されました。また、犬にとって見知らぬ実験者がボタンを押す場合、そして飼い主が口頭で単語を伝える場合も同様に、犬の反応がチェックされました。

その結果、犬は遊びに関連する単語と外出に関連する単語について、誰がボタンを押したか、あるいは口頭かどうかにかかわらず、それらの単語に対して適切な行動をしていたことがわかりました。ただし、食事関連の単語については、ボタンが押されたときに適切な行動が取れているという確証は得られませんでした。また、研究者が各家庭に行き実験を行った場合と、遠隔指導を受けた飼い主が実験した場合とで、犬の行動に大きな違いはありませんでした。

これらのことより研究者らは、ボタンのトレーニングを受けている犬は単語をボタンで提示する人や、ボタンか口頭かの提示方法に関係なく、単語そのものを理解しており、飼い主のボディランゲージやその他の手がかりがなくても、単語だけを聞いてそれに適した行動がとれることが示されたと結論しています。

はたして犬は「会話」の概念を持っているか?

犬が特定の単語を複数理解できることや、誰がその単語を発しても同じ単語は同じものとして理解し、それに対して適切に反応できることは、飼い主であれば誰もが知っています。しかし、サウンドボードボタンを使った研究を長期的に進めていくには、まずはこのような基本的な実験をして入り口に立つことが必要とされます。今後研究者らは、複数のボタンを押す順序がつくる言葉の意味(短い文章)を犬は理解するのか、犬が自らの意思を伝えるために自発的に適切なボタンを押すことができるのかなどを調べ、犬の認知能力や人とのコミュニケーションの仕組みを紐解いていきたいそうです。

今回の研究からは犬は人の言葉を使って人と会話をするという概念をもっているのかどうかまではわかりませでしたが、今後の研究がどのように進んでいくのかとても楽しみです。ともあれ、このようなボタンの操作を通じて、飼い主とのコミュニケーションの時間が増えることは犬にとって喜ばしいことなのは間違いありません。すでに使われている方は、研究チームよりも一足先に、愛犬がボタンの文脈を理解しているか、あるいは、自分の意思を伝えようとしてボタンを使っているかなど、是非とも観察してみてくださいね。

これまでにも犬曰くでは人の言語に対する犬の認知能力を調べる研究をいくつか紹介していますので、興味のある方はぜひ以下の関連記事をご覧ください。

【参考文献】

How do soundboard-trained dogs respond to human button presses? An investigation into word comprehension. PLoS One. 2024;19(8):e0307189.

【関連記事】

人の言葉に対する犬の心的表象、脳波測定にて初めて証明される
文:尾形聡子 私たちの言葉は犬にどのくらい通じているものなのでしょう? 動物との対話について考えを巡らせるときに必ず思い出すのが、ヨウム(アフリ…【続きを読む】
犬は単語の微妙な違いを認識できている
文:尾形聡子 私たちは犬と「単語」を介してさまざまなコミュニケーションをとることができます。代表的なものとして「オスワリ」や「オイデ」などが挙げら…【続きを読む】
日本語?英語?犬は言語の違いを区別できる?
文:尾形聡子 犬は人の発するジェスチャーや言葉を見たり聞いたりするだけでなく、においまでをも嗅ぎ取って人とコミュニケーションをはかろうとすることの…【続きを読む】
犬が知っている言葉の平均個数はいくつ?
文:尾形聡子 犬が人とコミュニケーションをはかれるのは、ひとえに人が発する社会的な手がかりを使用する能力があるためです。その中のひとつが言葉になり…【続きを読む】