動物のウェルフェアはペットだけのものではない?〜狩猟における動物福祉を考える

本文とスライド:金森万里子(イントロ文:藤田りか子)


[Photo by Rikako Fujita]
犬や猫のウェルフェアについて、日本は多くの先進諸国に比べて遅れているという。その違いはどこにあるのか、と探ってみると、たとえば北欧では犬や猫のみならず、家畜や狩猟動物に対してもウェルフェアの目が向けられている。つまり近辺の動物だけではなく、地球に住むありとあらゆる動物の「よく生きる」権利を守ろうとする動きがある。「資源を動物から搾取しない」というアニマルライツとはまた異なる動物への倫理。人は自然の一部であり人は動物であり、他の動物と同じように自然にあるものを採らなければならない、を認めた上でどのように「よりヒトらしく」倫理の敬意を自然に払うことができるのか、その可能性を探るストックホルム大学公衆衛生科学部の客員研究員、金森万里子さんによる講演を紹介しよう。当講演は2024年3月2日に開催された第30回ヒトと動物の関係学会学術大会シンポジウム『野生動物を護ること、殺すこと―狩猟と動物倫理を考える』で発表されたものである。

まず日本のシカ猟を考える

こんにちは。金森万里子と申します。私は社会疫学・公衆衛生学が専門の研究者で、普段は特に農村のメンタルヘルスについて研究しています。獣医師でもあり、北海道の酪農家さんをまわって牛の臨床をしていたこともあります。研究活動の中でスウェーデンにおけるアニマルウェルフェアについて知る機会があり、人と動物や自然との関係についてもっと知りたいと思って、現在スウェーデンで暮らしています。今回のシンポジウムでは、スウェーデンの狩猟における、動物に対する倫理観についてお話ししようと思います。どうぞよろしくお願いします。

まずはじめに、日本の話、特にシカの話を少しさせてください。この方(写真上)は、北海道むかわ町で有害鳥獣駆除ハンターとして活動している本川哲代(あきよ)さんです。本川さんは鹿に対する尊厳をとても大事にしていて、鹿を苦しめないために「殺しきる」ことが動物との約束だとおっしゃいます。

「人間が生態系のバランスを崩したことの責任を取るような側面があるからこそ、動物に対して敬意を払う必要がある。有害駆除として、必要以上、食べる以上に捕殺してるからこそ、アニマルウェルフェアが大事」

そうおっしゃいます。本川さんは、日々の仕事の中で、シカが人知れず抱いていた苦しみを知ることが多くあるそうで、せめてシカの苦しみをみなさんに知ってほしい、と、今回、貴重な写真をいただきました。心が痛む写真も多いですが、どうぞご理解いただければと思います。

上のスライドはシカの枝肉の写真です。左のシカと右のシカは、見た目が大きく違います・・何が違うでしょうか?

答えは、左は一発で仕留められたシカ(本川さんが仕留めたシカ)。右は、長い時間苦しんで死んだシカです。毛細血管から血がでるので、拭ってもぬぐっても、背中に血がつくそうです。右のシカは、くくり罠でとらえられて、約半日から1日後に仕留められました。このシカは1日ですが、罠にかかった状態で3日放置されるなど、もっと長いことも珍しくないそうです。この写真を初めてみたとき、私は、こんなふうに苦しみが目に見える形になることに驚きました。また、このような肉はジビエの肉質としても悪い(美味しくない)そうです。

上の写真は本川さんが仕留めたシカの例です。一発で首を撃たれて、眠るように亡くなっています。


くくり罠から逃げようとして前脚を折ってしまった様子がわかる

これはくくり罠でとらえられた子ジカです。生きている状態で見つかって、本川さんが呼ばれて止めをさしました。くくり罠のワイヤーが長いと、シカが逃げられると思って走り回ったり、くるくる回ってひっかかってしまうのだとか。ワイヤーを短くすると、捕獲できる確率は下がるけれど、動物には優しい、ということでした。

ちなみにヨーロッパでは一般的に、シカのような大きな動物に対する罠猟は禁止されています。罠にかかったあと、命を絶たれるまで長い時間苦しませることになる、という動物福祉の観点からです。日本では、罠猟は珍しくありません。一本足のないシカを見かけたことがある人も多いのではと思います。これには、日本では銃に関する規制が厳しいなどの理由もあります。

これはまた別のシカの足です。罠にかかったシカが道路に出てきている、という連絡があって、本川さんが駆け付けました。とどめ刺しをしてよくみてみると、違法な形状のくくり罠だったそうです。ワイヤーが細すぎるのと、長すぎるのと、罠をかけた人の名前の表示もなく、違法でした。ワイヤーが太いと動物にわかりやすいから、という考えなのではないか、ということです。脚は怪我して血だらけになっており、骨折していたそうです。

農家さんの農作物を守る防除柵に引っかかったシカです。防除柵はワイヤーのメッシュのネットがよく使われていて、シカの体に絡みつきます。草丈が高いので見つかるのに時間がかかって、本川さんのところに連絡がきたそうです。こういう風に苦しんだシカも、解体してみると、先ほどの写真のように体が血で真っ赤になるそうです。

別のシカです。ネットが角にぐるぐるまきになってしまって、動けば動くほどぐしゃぐしゃになってしまいます。

このシカは、本川さんが狩猟したシカですが、解体していると、しっぽがないことに気づいたそうです。かなり昔に、人為的にしっぽを切られた跡がありました。しっぽは、有害鳥獣駆除をした証明として使われていて、シカのしっぽを役所に持っていくと一頭当たりで報奨金がもらえます。おそらくですが、このシカは、昔わなにかかって、罠をかけた人が慣れておらず撲殺しようとしてシカは気絶し、しっぽだけ切って放置されたのかもしれません。

車とシカとの交通事故は、北海道ではかなり身近な話題です。本川さんは、交通事故にあったシカがいたら、そのままにしておくのはかわいそうだから連絡してほしいと地元の人に呼び掛けています。そのままにしておくと、何度も何度も轢かれてしまいます。この時は、夜中に連絡があり駆けつけると、シカは2回ひかれていました。道路の真ん中にあって、行ったときにはもう死んでいたそうです。シカと交通事故になったとき、元気そうに逃げていくこともあるのですが、見た目はなんでもないようにみえても、骨が折れていたり内臓が損傷していることがかなり多いのではないかと思われます。

動物がお肉になるとき、その動物の苦しみが明らかになることがあります。罠にかかったり、農作物の防除網にひっかかって苦しんだシカの体は、血が抜けず真っ赤に染まります。解体作業をしている人だけが知っている、動物の苦しみです。解体していると、過去に銃で撃たれた痕跡を見つけることもあるそうです。銃で撃たれたのに逃げ切った・・とは、野生動物の強さを思わせるエピソードかもしれませんが、中途半端に人間が手を出した結果、シカを長い期間にわたって苦しませた、ということも意味します。

また、シカが撃たれたあと、そのままうち捨てられていることがあります。これは道路のすぐそばですが、ぱっと見は見えない位置だそうで、カラスがたかっているので行ってみると案の定・・・という感じだったそうです。

右の一頭は背ロースとしっぽだけ部分的に取られていて、もう一頭はしっぽだけ取られていましたしっぽはもちろん報奨金のためでしょう。川に捨てられると、水が汚れるし分解も遅いそうです。道路の近くなので、死体に集まった動物が交通事故にあう可能性もあり、生態系に与える影響は良くありません。ちなみにこのような残渣の放置は違法です。

私はメンタルヘルスの研究をしていることもあって心の健康にも興味があるのですが、このような有害鳥獣駆除・・とる方法も量もとても健全とは言えない狩猟が、人の心にどんな影響をもたらすのか、気になっています。

狩猟者にとって狩猟は、殺す・殺さないというだけの、単純な問題ではありません。シカの命を奪うのに、肉としてもう一度生かすことができない、という葛藤を抱いている人もいます。また、ご紹介したように、無法地帯になってしまっているようなところもあり、他の人は気持ちが痛まないのだろうか?と、疑心暗鬼になってもおかしくないと思います。有害鳥獣駆除ハンターが、一人で年に何百頭も狩猟するということも、私にとってはとても多く思えます。

上は農林水産省の統計です。令和4年には、シカは71万頭狩猟されていて、その多くが有害鳥獣駆除として駆除されています。イノシシは59万頭捕獲されています。このうち、シカは約15%、イノシシは6%のみが、ジビエとして利用されており、残りは埋めるか焼却処分されています。ちなみに、ウシは1年に108万頭、と畜されて食べられています。

この数字と比べると、シカやイノシシがどれだけたくさん捕獲されているか(そして捨てられているか)、驚きませんか?なぜこんなにシカを獲らないといけないか、それは人間社会の影響を受けてシカがあまりに増えすぎてしまったためで、生態系を守るには狩猟をしていくことはとても大事です。今回の私の話は、狩猟をすることの是非についてではなく、どういう風に狩猟をするか、というところに焦点があります。

スウェーデンの狩猟文化から考える動物倫理

今日はまず、スウェーデンの狩猟における動物福祉(アニマルウェルフェア)についてお話しします。

スウェーデンはハンターの人口がヨーロッパの中でも多く(100人に3人はハンター)、狩猟が庶民的な文化として根付いている国です。その中でも、毎年秋のヘラジカ猟は特別な行事です。チームを組んでハンターたちは毎週のように森に入ります。田舎からストックホルムに引越して働いている人も、仕事を休んで故郷に帰って参加することも珍しくないのだとか。世代を超えて引き継がれている、大切な秋の行事です。

このヘラジカ猟を見学したときの様子をお話ししたいと思います。ヘラジカは狩猟局が割当を決めていて、今回はヘラジカの子どもかノロジカの狩猟許可を得ました。

犬はスウェーデンの狩猟に欠かせない存在です。ヘラジカ猟では、ヘラジカに特化した狩猟犬が使われます。(イェムトフンドやノルウェージャン・エルクハウンドなど。ただしこの度の狩猟では、ノルウェージャン・エルクハウンドとラブラドール・レトリーバーのミックス犬が使われました)。

狩猟犬はノーリードで自由自在に森を走り、嗅覚を頼りにして獲物をみつけてくれます。吠えて知らせてくれるだけで、動物にかみついたりはしません。獲物へ与えるストレスを最小限にするため、イヌはゆっくり追うようにトレーニングされています。このあたり、日本における犬を使った猟とは大きく違うそうです。

10人前後のチームで、一人一人が持ち場につき、ひたすら待機するのですが、待っている間は野生動物の観察時間にもなります。フクロウをスコープで眺めながら(上写真右)、コーヒーを飲んだり。持ち場では視野のどの範囲に動物が来たら撃つかをあらかじめ決めておきます。どのくらいなら自信をもって命中させられるか、みんな自分の腕前を把握しています。ひたすら待ちながら、同時に森の中でリラックスの時間を楽しみました。

2時間おきくらいに、みんなで集まってフィーカ(コーヒータイム)をします。

ふと気づけば、いい位置に、ノロジカが3頭群れで現れました。しかし、群れているときに撃つと、弾丸が狙った個体以外にも当たる可能性があり、手負いにしてしまうかもしれないので撃たないそうです。そうして様子を伺っている間に、鹿の群れは視界から去って行ってしまいました。

「撃たなかったことを、決して後悔しないこと!」

この言葉は、狩猟に同行させてもらった、カッレさんがお父さんから教わった言葉です。スウェーデンのハンター同士の共通のルールでもあります。しっかり準備をして、確実に仕留められるという確信があるときしか、引き金は引かない。動物を苦しませないため、銃を扱う上での大切な心構えだそうです。

しばらくすると、犬の鳴き声がしました。ノロジカがゆっくり移動しているのが見えました。そして、準備して待っていた仲間のエリアに入って、パン!と一回だけ銃声が響きました。鹿はその一発で、眠るように亡くなりました。狩猟は朝から夕方まで続けられましたが、結局、この日銃声を聞いたのはこの一度きりでした。お肉は家に持って帰って、仲間内で食されます。

こんなふうに、スウェーデンの狩猟は、一日森に入っても、一度も引き金を引かないことも普通です。ちなみに、今回は最後に立派な大人のヘラジカを見かけましたが、成獣は今回獲ることを許されていないので見送りました。毎週末のように楽しそうに出かけていくのに、何にも獲ってこない。そんなこともよくあるそうです。ごくたまに訪れる、動物を苦しみなく仕留められる瞬間。それ以外に動物を傷つけることを、スウェーデンのハンターはとても嫌います。

長い年月、何度も森に足を運んできた中で、動物の苦しみを想像し配慮することは、ハンターとして自然に抱く気持ちなのだそうです。

もし獲物を一撃で仕留められなかった場合、怪我をした鹿を逃がしてしまうと、その鹿は森の中で長く苦しむことになります。なのでスウェーデンでは、射撃が失敗してしまった時のことを想定して、必ずブラッドトラッキングドッグと連携することが狩猟法で定められています。傷ついた動物の足跡を追うよう特別に訓練された犬に手負いの鹿を発見してもらい、ハンターが責任もってとどめをさします。

ウェルフェアと愛護との違いは?

ここで改めて、動物福祉とは何か、についてご説明したいと思います。動物の5つの自由、という言葉を聞いたことがありますか?もともと、1960年代のイギリスにおいて家畜に対する動物福祉の理念として提唱され、現在では、家畜のみならず、あらゆる動物の福祉の指標として国際的に認められています。今回の話で一番関係するのは、痛みや負傷からの自由、恐怖や抑圧からの自由についてで、狩猟の方法によって、死の直前の苦しみが大きく違うというところです。ただ、野生動物の文脈では、まず生息環境を守ること、生態系のバランスを保つこと、がすべての根底にあります。豊かな生態系がなければ食べ物がなく苦しむことになりますし、生活できません。

動物福祉の基礎には、動物は感受性のある生命存在であり、苦しみや喜びを感じる能力がある、ということがあります。これは、いまこの記事を読んでいる皆さんには当たり前のように思われるかもしれませんが、1600年代、動物はただ機械のように反応しているだけだという風に考えられていたような時代には、当たり前ではありませんでした。

今でも、動物はどんな風に感じているのか、科学で新しい知識が明らかになってきて、動物福祉の実践がアップデートされていっています。先ほどお話ししたように、例えばシカに対する罠猟は、命を絶たれるまで長い時間苦しませることになるという理由で、ヨーロッパでは禁止されています。

動物福祉は、日本では「動物愛護」という言葉とよく混同されます。動物愛護というのは実は英語に当てはまる言葉がなくて、Aigoとそのまま使われています。

よく言われるのは、愛護は「人間」が動物に対してもつ気持ちに重点があって、動物福祉は、動物自身のウェルビーイングを指します。動物の立場に立つ、ということですね。例えば、シカを殺すのがかわいそうだからといって、どこかシェルターに入れることを考える人がいるかもしれません。しかし、殺されないからといって、シカのウェルビーイングが保たれるとは限りません。たとえ人が善意で行ったことであっても、シカは人為的な環境の中で耐えがたいストレスを感じるかもしれませんし、人間に囲まれて恐怖を感じているかもしれません。

このように、生かすか殺すか、といった人間側の視点だけではなく、シカの視点から見て、ウェルビーイング、クオリティオブライフのことも考える必要があります。

「狩猟は自然を楽しむための一手段」がスウェーデンの狩猟観

さて、スウェーデンでは、狩猟は基本的に趣味活動です。楽しみのために狩猟を行っているわけですが、それではみなさんどんなことを楽しんでいるのでしょうか。北欧最大の狩猟のお祭りがよい例と思いますので、ご紹介します。

エルミア・ゲームフェアは、2年に一度、エルミアというスウェーデン南部地域で開催されていて、毎年多くの人で賑わいます。

親子連れも多く参加していて、一緒に狩猟服を選んだり、キャンピングカーに試乗したりしてとても賑やかでした。

クッキングコーナーではジビエのレシピを3分クッキングみたいなテレビ番組のように紹介していました。日本の職人とコラボした狩猟用ナイフや、キャンプ用の鍋などの料理キットも売られていました。

野生動物を描いた絵を売るアーティストや、アウトドア用のおしゃれなブーツを売っている人もいました。

屋外では、狩猟犬の競技会が行われていました。上の写真左は、レトリーバーなどの犬が池に放り投げられた、カモにみせかけたダミーをとって戻ってくるタイムを競う競技。レトリーバーは水鳥の狩猟に使われますが、実際の狩猟現場では、傷ついた獲物を長く苦しませないために優先的に取ってきてほしいので、ハンドラーの指示を正確に理解できるかがカギになってきます。また会場には犬種ごとの協会のブースがいくつもあり、犬好きがたくさん集っていました。

スウェーデン狩猟協会のブースでは、狩猟の時によく食べられるパンケーキを親子で焼いたり、野鳥のための巣箱を作る体験コーナーもありました。

また、狩猟協会では、野草の種を配布していました。ハチなどの虫が好む花を身近な土地で育てると、ハチが増えて、ブルーベリーが増えて、森の動物が増える・・など、野生動物にとって生きやすい環境づくりに貢献することができます。

上のパネルは、1950年代、1980年代、2020年代と、人間の暮らしが変化するにつれて、生物多様性が低下してきたことを示しています。以前のような暮らしに簡単に戻れるわけではないけれど、少しでもできることをしたいと思っている、様々な生き物が暮らせる自然環境を取り戻すことが自分の夢だ、と狩猟協会のメンバーが語っていました。

協会は研究者の調査にも協力しているそうで、農家とも協力関係を築きつつあるのだとか。

「私たちは、森を楽しみたいの。殺すことを楽しむのではなく」

と女性ハンターが語ってくれました。

ほかにも会場内には、もし車を運転していて動物との衝突事故が起きてしまったときにどうしたらよいか紹介しているブースがあり、印象的でした。事故で負傷した動物を長く苦しませないため、ドライバーは専用のSOSダイアルを通じてすぐに警察に通報することが法律で義務付けられています。こちらの(写真上右)オレンジのしるしを目印に使います。通報を受けた警察は、怪我をした動物の足跡を追求できるようトレーニングを受けた犬とハンドラー、およびハンターとともに現場に向かい、重症の動物を探して止めをさします。

ハンターが果たしている社会的役割の幅広さを感じました。

狩猟フェアには、たくさんの種類の銃が売られていて、手に取って試し打ちができるコーナーもありました。でもそれだけではなく、本当に様々な興味関心を持った人が、「狩猟」をキーワードにそれぞれの形で自然を楽しんでいることを実感しました。

日本で狩猟をはじめるのには、大きな覚悟の上で一大決心をする、というイメージを持っていたのですが、スウェーデンでは自然を楽しむための身近な一つの方法なのだな、という印象でした。狩猟に高いハードルを感じていたこと自体が、自分の生活が自然から離れてしまっているからなのかもしれない・・と思いました。

スウェーデンの狩猟免許教科書に学ぶ「ハンターが持つべき狩猟倫理」

最後に、よい狩猟とは、どんなものなのか、スウェーデンの狩猟免許の教本(※1)を参照してみたいと思います。狩猟免許の教本において、倫理はとても重要な位置づけとして記載されています。そこには印象的な言葉が記されていました。それは

倫理的な狩猟は良い狩猟である

です。その教科書に記されていた狩猟倫理を以下のことが書かれていました。

  • 狩猟倫理とは、私たち狩猟者が自らに定めたルールです。
    法律はすべての人に適用されますが、すべてを規制することはできません。(中略)
    誇りに思えるハンターになれるかどうかを決めるのは、究極的には狩猟倫理です
  • 狩猟倫理とは、狩猟動物、犬、そして狩猟仲間を尊重すること
  • 狩猟倫理は、獲物を殺すか殺さないか、または獲物を殺す量が多いか少ないか、という問題に単純化することはできません。私たちは、再生可能な天然資源で生活するのは正しいと考えています
  • 狩猟倫理は、私たちがどのように狩猟を行うかについてのものです。射撃の前と後で、どのように獲物を見るかについてのものです。
  • 狩猟動物を資本と考えるなら、利息、つまり毎年生み出される余剰金のみを引き出してください。うまく処理できる以上に獲物を撃たないでください。獲物に不必要なストレスを与えないように狩猟を行ってください。
  • 実際にはすべての人が自然を利用して生きていますが、誰もが自然について考え、自然に対して責任を負っているわけではありません。狩猟倫理は、自然を利用して生きることを理解し、責任を負う、少数の人々のための倫理です。狩猟倫理は行動する人々の倫理です。
    それは、何もしない状態から何かをする状態になるときに常に引き受ける責任を反映しています。

生態系のバランスを保つという、環境倫理的な部分についても触れられていました。

  • 野生動物に手を出すときは、何かをお返しする道徳的義務もあります。
    多くの小型野生動物にとって、最も効果的な支援は、天敵の数を抑えることです。
    カラスとキツネは人間の活動から様々な形で恩恵を受けてきました。
    小型野生動物は巣の襲撃が増加し、大人も子どもも生存率が低下しました。
    逆に、その不均衡を是正することは非倫理的ではありません

※1:Ulf Lindroth. (2023) “Jägarskolan” Svenska Jägareförbundet. Kapitel 2 Jaktetik より引用。翻訳:金森(太字も)

ハンター自身からも、狩猟についての考えを聞かせてもらいました。先ほどヘラジカ猟に同行させてもらった、カッレさんは、Hunting is not about shooting, but about hunting(狩猟とは射撃のことではない、狩猟のことだ)とおっしゃいます。大事なのは、銃弾を的に当てる行為ではなくて、どうやって狩猟するかということ。狩猟するには、動物の気持ちや行動を想像し、動物と知恵比べをすることが必要になる。射撃は狩猟に含まれる一要素に過ぎない。そういう意味だそうです。

カッレさんは、YouTubeで見かけた、イギリスで撮影されたカモを大量に撃ち落とす動画に強い懸念を示していました。動物を命として扱っていない。そう感じたそうです。このような倫理観は、始めにご紹介した、日本の有害鳥獣駆除ハンターである本川さんにも共通していました。国を超えて、狩猟者のもつ倫理観には共通することもあります。動物への敬意です。

「守りたくなるルール」モデル

最後に、これは私が持っている仮説にすぎませんが、狩猟において、動物へ配慮する倫理観が果たしうる役割について少しまとめたいと思います。

スウェーデンの狩猟教本で述べられていたように、狩猟倫理は、狩猟者が自分を誇りに思ううえでも重要なものです。これを「守りたくなるルール」と呼んでみます。

ここには、動物の苦痛の軽減、森の生き物への配慮など、動物福祉の理念が大いに関わってきます。こういうルールが共有されることによって、例えば野生動物の適正な個体数管理に役立って生態系が維持されたり、山林活動者の連携につながったり、事故が減ったり、ジビエ肉質の向上と活用が促進されたり、様々な効果があるのではないか?と思います。

スウェーデンでは、このようなルールを守るための、マクロな社会制度が充実しています。日本でも、伝統的な狩猟者グループでは、このようなしきたりが大切にされているのではないでしょうか。これはあくまで仮説ですので、検証が必要ですが、将来的にこんな研究ができる機会があることを願っています。

まとめです。スウェーデンの狩猟文化についてを中心にお話ししましたが、狩猟にもいろいろな種類があるということを、知っていただければと思います。

そして、狩猟を「楽しむ」ことは、殺すことを楽しむ悪いことだ、というように考えられがちかと思いますが、本当にそうでしょうか?

私は、楽しみ方によると思います。

例えば、お金持ちがアフリカなどにいって貴重な野生動物を狩猟して、動物の上にまたがって写真をとったりする、いわゆるトロフィーハンティングには良い印象を抱きません。殺すこと、射撃すること、強さを見せつけることに重点があるからだと思います。

これと、今日紹介したような、スウェーデンの狩猟の楽しみ方は全然違うと思います。

日本でいま行われているように、罪悪感、または正義感にもとづくような、大量の有害鳥獣駆除が必要になる前に、スウェーデンのような趣味の範囲で行う狩猟でバランスがとれるのなら、それがいいんじゃないかと思ったりします。自然を楽しむというポジティブなモチベーションだからこそ、たくさんの人が魅力的に感じて、豊かな狩猟文化が築けるのかもしれない、とも思います。

今回、スウェーデンの文化を紹介しましたが、日本とは地理的な環境も歴史も違うところがたくさんあるので、違って当然です。ただ、スウェーデンはマクロレベルで、社会のしくみから動物に対する責任を果たそうとしているように感じます。そこから学ぶことがあると私は思います。

日本では、日本社会の責任を取るかのように、大量の動物を殺す責任が一部の人たちに集中しているような状況になっています。これは社会としてみたときに倫理的といえるのでしょうか。私は、日本では、動物への配慮についてオープンに議論をしにくいと感じています。ハンターや山林活動者の中に、心を痛めている人がいたとしても、なかなか言いづらいだろうなと想像しています。まずはそこからなのかな、と思っています。究極的には、人が自然や動物とどうかかわっていきたいかという問題だと思います。

今日ご紹介したスウェーデンの狩猟文化に関しては、このブログの管理人の藤田りか子さんを通して学ぶ機会を頂きました。犬曰くでは、スウェーデンの犬文化や、狩猟についてたくさんの興味深い記事があります。もっと知りたいと思った方は、ぜひ読んでみてください。


文:金森万里子

医学博士、公衆衛生学修士、獣医師。 道内で牛の臨床獣医師として勤務した経験を活かし、牛から人へ視点を変えて、社会のあり方と健康の関係について研究を行っている。専門は社会疫学・公衆衛生学。現在はストックホルム大学で研究を行っており、人も動物もどちらも幸せになれる社会とはどんなものか、追究したいと思っている。

Webサイト: http://mariko-kanamori.moo.jp

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