これぞフィールド系レトリーバーのなせる技!を見たの巻(最終回)

文と写真:近藤奈緒子


[Photo by Rikako Fujita]

ノーズワークスポーツクラブの推進メンバーである近藤奈緒子さんによる「北欧、犬をめぐる旅シリーズ」その6(最終回)をお届けいたします。これまで北欧のノーズワークを存分に楽しんだ近藤さん。次に目にしたのは、全く別のタイプのドッグスポーツ、ガンドッグ競技会!さて、そこでの印象はどのようなものだったのでしょうか。ガンドッグの国際大会であるインターナショナルワーキングテストの観戦記録、前回からの続きとなります。

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前回からの続き

ガンドッグ競技会とノーズワーク競技会のコントラスト!


会場となったスウェーデン中部、ヴィングオーケという町にあるシェセーテル城。あまりお城という感じはしないのだけど。

会場に着いてすぐにガンドッグ競技会とノーズワーク競技会との違いを感じることができた。一番の違いは、犬がレトリバー種だけで成り立っていること。それに加えて、ハンドラーの格好が皆揃っている。同じような色のベストにブーツ、襟のあるシャツ、ガンドッグハンドラーとしてのフォーマルなスタイルで統一されている。帽子の色やシャツの色や柄、ベストに描かれたマークなどでチームの一体感を表していたが、それ以外はみな大体いっしょだ。ノーズワーク競技会だったら、犬種は多種多様。ハンドラーの服装も全く自由。各々が好きな格好をして参加しているのに…。

ガンドッグ競技の一つであるワーキングテストは、条件の異なるいくつものステーションで成り立つ。よって会場には広大な敷地が必要だ。だからお城の敷地などが競技会場として選ばれることが多いのだそうだ。ステーションがあちこちに散らばっているので、全ての参加者と犬が1箇所に集まることはない。とはいえ、会場には少なくとも100 頭近くの犬がいただろうか。にも関わらず犬の吠える声が全く聞こえなかった。一方、ノーズワーク競技会のときは待機している間にワンワンと吠える犬の声も聞こえたし、参加者がそれを気にする様子もなかった。

ガンドッグ競技会場においては、犬に引っ張られて歩いている人を見かけなかった。指一本をリードにひっかけていたら十分くらいの感じで歩いていた。犬を見ず声をかけずとも、犬は当たり前の顔で堂々といっしょについて歩いている。ノーズワークでは、スタートラインの所まで引っ張られながらやってくる人も少なくなかったので、そういう点も違うと感じた。


指でリードを押さえている程度。どの犬もヒールポジションで普通に歩いていた。

インターナショナルワーキングテスト(以下、IWT)では、出番待ちの間、各々が道で他のチームと等間隔にスペースを開けてその辺の道の脇やら道の真ん中で待っている。人は折り畳み椅子などを持参しているが、犬達を見るとマットのような敷物を敷いてもらうこともなく、ただ、人のそばで大人しく待っている。中には、ハンドラー達は他のチームのプレイ見るために、犬だけ待たせて離れている人もいた。犬は繋がれずとも、その場で静かに待っている。全ての犬の行動は、完全にハンドラーのコントロール下にあるのが明白だった。待っている犬の横を、別のチームが犬を連れて通り過ぎても、私たち見学者が通り過ぎても、犬達は皆素知らぬ顔。ちょっとクンクンと興味を持ってにおいを嗅ぐことはあっても、立ち上がって動いたりついてくるようなそぶりも見せず、通り過ぎる人も犬も、待たされている犬に対して注目したり声をかけるようなこともせず、無視が当然という風だった。

犬達は皆堂々とし、飼い主の気持ちを百も承知と言わんばかりに振る舞っていた。そんな犬達だから、今日は競技会でこれから出番が来るということも分かった上でその場にいたと思う。が、それにしてもどの犬も全く興奮することもなく精神的に落ち着いている!


人は折り畳み椅子などを持参しているが、犬達を見るとマットのような敷物を敷いてもらうこともなく、ただ、人のそばで大人しく待っている。

各国からのハンドラーたち

待機時間の様子、会場での人々と犬達のふるまいを見るだけでも、さすが国際大会!とレベルの高さを感じられる空気があった。そんな大舞台のエントリーチームの中のメンバーに、りか子さんの知り合いも複数名いた。りか子さんはスウェーデン以外の国にも出向いてガンドッグのトレーニングを習いに行っていることは知っていたが、その行動力と情熱で広がっていくネットワークは素晴らしい。スウェーデンチームはもちろん、ハンガリーチーム、ドイツチームなどの人とも挨拶をしていた。

参加している全てのチームのメンバーが経験豊富な人たちだが、そんなベテラン達であっても、出番前は相当な緊張感が漂っていた。それだけ国をあげての大舞台ということなのだろう。スウェーデンチームのメンバーには、私も日本でお会いしたバルブロ・リーデンさんもいた。自分が面識のある人の出番が来ると、見ているだけなのに力が入った。バルブロさんペアは、そのステーションでチームの中でも最も良い回収をし、観客から大きな拍手が送られていた。固唾を飲んで見守っていたバルブロさんの旦那さんも、とても嬉しそうで誇らしそうだった。この大会の特別さがその喜びようからも伝わってきた。


会場ではバルブロさんと夫のラッセさんに会うことができた!バルブロさんはスウェーデンチームの一人。

オンとオフのはっきりとしたレトリーバーのパフォーマンス

待機中はリラックスして寝そべっていたり、飼い主の動向に落ち着いて注意を向けて静かにしていた犬たちも、いざ出番となるとスイッチが入り集中力がぐっと増す。呼ばれたチーム(3人3頭)はスタート地点まで、犬を伴い進んでいく。その間、犬達はハンドラーの横にぴたりとついて静々と進む。スタートする前の移動の時点から既に競技は始まっており、一つ一つの行動が評価される。

スタート地点について、ジャッジから説明を受ける。3つ投げられるダミー(中にはブラインドもある)のどれをどのペアが取りに行くかを決める。3つの合計がそのチームの得点になるので、総合力が問われる。順番を決めると、いよいよ競技が始まる。犬達は何をすべきか分かってます!と言わんばかりに、投げられるダミーに注目している。取りに行くように指示が出されると、遠くに投げられたダミーに向かって勢いよく走り出す。筋骨隆々な体で、力強く地面を蹴って走る音が遠くにいる私にもはっきりと聞こえた。

ダミーの落下地点が、森の中、川の中、茂みの中でも、あるいは傾斜があっても全く関係なく、ハンドラーの指示に従いまっすぐに走っていく姿は遠目から見ていても迫力があり美しくカッコよかった。出番の犬以外の2頭は、1頭目が走り出してもその動きに全く釣られることなくじっと待機している。動きを目で追いながらも、最初に投げられた3つのダミーのうちの残り2つの位置を記憶しておく必要がある。

理想的な美しい回収作業ができたペアには、会場にいる観衆から拍手が送られていた。美しい作業というのは、ハンドラーが指し示した方向に犬がまっすぐに走っていき、その先にあるダミーを嗅覚で探し、発見したら咥えてハンドラーの所にまっすぐ帰ってきて手渡す。スタート位置から落下地点まで、その距離は100メートル以上にもなる上に、茂みや森、水場や石垣が途中にある。ダミーが投げられる場所は実にさまざまだ。犬が落下地点を目で正確に把握するのは困難だからこそ、指示で送り出した先での嗅覚作業が重要となってくる。

一方で、回収までに何度も指示を出し、笛を鳴らし四苦八苦しているハンドラーも沢山目にした。右へ左へ、前へ後ろへと指示を出すも、犬が望む位置に行ってくれず失敗するケースもあった。失敗のケースを見ることで、学べることはとても多い。国を代表するような優秀なハンドラー達と、ハンドラーの言うことを理解し指示通りに行動できるレベルの優秀な犬達でも、攻略に苦戦する。ガンドッグ競技の難しさが改めて伝わってきた。

だからこそ貪欲に学び失敗をしては挑戦し、を続けるのだなと思う。でも、それはガンドッグ競技だけではなく全ての犬のトレーニングに通じることでもある。目標を持ってトレーニングに挑み、試行錯誤を繰り返しながら少しづつ理想に近づいていく。全てのドッグスポーツに通じる醍醐味だと思う。

ガンドッグというスポーツの面白さ

いくつかのステーションを見ているうちに、IWTの舞台というだけあって、ひっかけ問題が多いのもよくわかった。あえて犬が間違えそうな設定が考えられているのだが、一つ一つのステーションで犬とハンドラーに求められる要素が異なるのも面白かった。地形や風の流れ、犬の心理を熟知しているからこそ、ジャッジはさまざまなバリエーションの設定を考えつくのだろう。スケールの大きなノーズワークを見ているようだった。

川、柵、傾斜、距離、地形、樹木、影、ウォークドアップなど、いろんな角度から犬とハンドラーの技能が検証される。それを踏まえて日々トレーニングを重ねる必要がある上に、自然が相手なので、競技当日であっても皆同じ条件にはならない。運も絡んでくるシビアな競技だ。

IWTの見学は、私でも十分に楽しめる時間となった。大舞台でのヨーロッパの人たちの真剣勝負を見て、トレーニングに向き合う人たちの姿勢、犬達の能力の高さ、人と犬のチームワークの素晴らしさを直に肌で感じることができた一時だった。

さて、IWT2023で優勝したのはデンマーク。ヨーロッパの中でも、ガンドッグプレイヤー層の厚い国とそうでない国の実力の差は明らかだった。デンマークはその他のチームも上位入賞していた。一方、エストニアなどはまだ競技歴が浅いのか全てのチームが下位であった。

日々の「地味な」トレーニングの意味を知った

以上が初めてのIWT見学の感想となるが、りか子さんの愛犬のアシカちゃんとペアを組んで、彼女のガンドッグ仲間とのウォークドアップの練習に参加させてもらったこともここに記したい。アシカちゃんはもうベテランなので、私と組んでも何をすべきか十分に理解している。

森での練習会には、アシカちゃんの実の娘犬も参加していた。娘との対面でもアシカちゃんは全くはしゃいだりせずに、クールに私に従ってくれた。一方、その娘犬の方は母であるアシカちゃんに会えて嬉しいので挨拶したそうにしていたが、ハンドラーの飼い主さんに制止されていた。


森での練習会に私も参加してみた。写真の黄色いラブラドールはアシカちゃんの娘、マシ。

トレーニング中はもちろん、集まったときからお互いの顔を見るなり犬同士を挨拶させることもない。自分の折り畳み椅子を広げて足元で待機させてパッシブトレーニングをしたり、人だけで話をしていたり。日本の一般飼い主の感覚からすると「可哀想」と思われるかもしれない。だが、こうした積み重ねこそが、IWTの会場で見たような、リードがあってもなくてもハンドラーと心で繋がり、どこでもスマートな振る舞いを見せ、威風堂々活き活きと作業する素晴らしいレトリバーへと成長することに繋がるのだろう。

この日のウォークドアップの練習は、犬をヒールポジションにつけた状態でみんなで森の中を一列に隊を組んで歩くのみ。膝の高さよりもやや低いブルーベリーの茂みの中を進んだ。スウェーデン特有の乾燥した空気。足元の植物も乾燥していて、踏みしめるとサクサクとした感触が気持ち良かった。ダミーの回収は無しという内容で、見通しの良い木々の間を隊列を崩さないようにしながら犬を横につけたまま、縦一列や、横一列で歩き続ける。なかなか地味な練習だった。

こうした一見退屈な練習が大事なのはIWTを見ていたからよくわかった。というのも練習中に空砲を鳴らし始めたとたん、アシカちゃんの様子が変わり始めたからだ。それまでは落ち着いていたのが、急にキョロキョロソワソワとし始めた。そろそろダミーが投げられるのでは?!と、期待に胸がふくらんでいるのが分かった。

こちらが気を抜くと前に飛び出しそうなくらいに気持ちが高まっていたようだが、どんな状況下においても、ガンドッグたるや興奮や期待で翻弄されるようではいけない。同時に、出番が来たら飛び出すような勢いで意欲的に正確に作業することが彼らには求められる。だからこそこういった地道な練習にこそ大きな意味がある… それを改めて学べた機会だった。

スウェーデンの森でのガンドッグトレーニングをヒントに、ウォークドアップの練習や、犬の側を通っても関心を示さない練習などは犬種関係なくできるから、いつか日本でのお散歩会でも取り入れてみようかなと思った。

文:近藤奈緒子(こんどうなおこ)

ドッグトレーナー。SCENT LINE(セントライン)代表。2006年より東京を拠点に各地に赴き、出張トレーニング、シッター、ドッグウォーク等を行う。犬の持つ才能を活かしたいという思いから、2002年より嗅覚を使ったアクティビティや、家庭犬向けのドッグトレーニングを学び始め、2018年より北欧流ノーズワークに力を注ぎ、ノーズワークスポーツクラブ(JNWSC)の推進メンバーとして設立に携わる。愛犬は沖縄で保護された琉球犬Mix  名前はやんばる♀ 2014年11月生。http://www.scentline.jp/