文:尾形聡子
犬に不妊化手術を施すのであれば早期にした方がメリットが大きいとする風潮は、今も健在であるように感じます。実際のところどうなのだろうと思い、試しにネット検索をしてみたところ(犬・去勢・時期など)、手術にベストな時期は1歳になる前、犬が性成熟する前がいいと書かれている獣医師監修の記事がずらりと出てくる状況にあることを知りました。そのような記事には早期手術の理由に、メスの乳腺腫瘍の発生率の低下やオスの問題行動の低下など、病気や問題行動におけるメリットがあることが挙げられています。
早期手術が勧められるようになった理由のひとつには、望まれない命を増やさないようにするため、すなわち個体数管理が挙げられます。しかし、早期手術を推し進めていたアメリカから近年、早期手術が健康面においても行動面においても犬にとって決してプラスになることばかりではないという研究が立て続けに出されています。たとえば最近では「アメリカから、病気リスクを回避するための犬種別不妊化手術適齢期ガイドライン」や「雑種犬の不妊化手術、大きくなる犬ほど時期に注意」など、手術による健康への影響の大きさは犬種によって異なり、また、手術をする時期によっても異なることが示されています。
健康面だけでなく、行動面での問題もあります。「メス犬の不妊化手術、年齢ではなく思春期を軸に行動への影響を調査」や「早すぎる時期は悪影響?不妊化手術と行動の関係」など、行動面への影響を調査する研究も発表されています。特に、オスの去勢に関して過去には攻撃性を抑えられるというデータが出されていたものの、最近では決してそうではなく、逆に悪影響がある可能性が示唆されています。たとえば「早すぎる時期は悪影響?不妊化手術と行動の関係」で紹介した研究では手術をした犬はその時期が早ければ早いほどむしろ攻撃性や恐怖に関する行動が出やすい、という結果となっています。その研究の中で研究者らは以下のように考察しています。
犬の望ましくない行動が飼育放棄の理由であることが一般的に見られる現状がある。不妊化手術の有益な効果は望まれない犬の数を減らすという目的によって支えられてはいるものの、手術が犬としての魅力を減少させ、飼育放棄の原因となる問題行動を起こす可能性を高めるという矛盾を示すものでもある。
このような問題だけでなく、不妊化手術を「飼い主責任」としてどう捉えるかという倫理的な側面における問題もあります。それについては藤田りか子さんの「アメリカの家庭犬不妊去勢の風潮を嘆く- 便利なペット文化に警鐘を鳴らす」をぜひともご一読ください。
前置きが長くなりましたが、不妊化手術をすることによって殺処分を強いられる運命になる犬を減らすという目的を叶えることはできるものの、犬の健康や行動に問題を及ぼす可能性を示唆する研究がこのところ増加してきているのが現状です。個体数の管理と健康や行動への影響、これらの矛盾を解決するための方法はないものなのでしょうか。