白い牧畜番犬、イタリアのアブルッツィ山地から その1

文と写真:藤田りか子

アブルッツィの白い牧畜番犬

「アブルッツィのオオカミ」という話をドイツの有名なオオカミ学者のエリック・ツィーメンの本で読んだことがあったのがきっかけだ。そこには山に放牧されている羊をオオカミの襲撃から守る白くて大きな牧畜犬についての記載があり、大変な興味を惹いた。それ以来、私にとって、イタリアといえばローマでもなければ、ベニスでもなく、イタリア中部を構成するアペニン山脈のアブルッツィ地方こそ、ロマンが駆り立てられるあこがれの地となった。石造りの教会がそびえる山岳の村、斜面に放牧された羊や牛、地元の食文化、そしてそこに生きる人々と犬たち…。


エリック・ツィーメンの本はこちら(↑)で!

ドッグショーを観戦するようになってから知ったことなのだが、そのアブルッツイの白い牧畜犬とは、実は純血犬種としてFCIに公認されているマレンマ・シープドッグであった。マレンマとは、イタリアのトスカーナ地方の南部をさす名称。犬種の名前はイタリア語で正しくは「マレンマーノ・アブリュツァーノ」と呼ばれている。かつて、マレンマ系の牧畜番犬とアブルッツィの牧畜番犬が別々に存在していたようだが、イタリアのケネルクラブが犬種として確立させる際に 二つを融合させて一つの種に仕立てた。

憧れのアブルッツィにようやくたどり着き、山岳に入っていくと、なんと!たいていの羊牧場には、この白い犬たちが飼われていた。牧畜番犬は通常、一つの群れにつき2頭ぐらいがついていると聞いていたが、もっと数はいただろう。ある羊飼いは、5、6頭を伴っていた。ほとんどがマレンマ・シープドッグらしい白い犬たちばかりなのだが、中には白地に斑や、ほとんど真っ黒の犬も混じっていた。やはり現地に行ってみないと実際の様子はわからないものである。ただし、羊といっしょにいた犬たちは、決して、ショーでみるような素晴らしい体躯、頭部をもち、コート状態を保っているものではない。大型犬もいたけれど、ほとんどはゴールデンレトリーバーぐらいの大きさで、すっきりとしている。


山岳の羊牧場の多くがこの白い犬たちを飼っていた。彼らは必ずしも純血犬種のマレンマ・シープドッグらしい見かけをしているわけではなかった。

そしてこれほどアブルッツィ地方のどこでも白い牧畜犬を見られるとは思わなかった。すっかり過去の話だと思っていたのだ。

家畜の季節移動についてゆく番犬たち

アブルッツィでは、今でも夏(6月)になると羊の群れを連れて、山岳の高地にむかって大移動を行う。この牧畜の移動のことを、トランスヒュマンザとイタリア語ではいう(英語ではトランスヒューマンス)。イタリアに限らず、ヨーロッパ、およびアジアにかけて何千年も前から行われている、いわば伝統的な遊牧形態の一つ。時には数百キロを何日も行く大行程になる。一旦山についたら、10月になって村に降りるまで、羊は夏中、山の上質な牧草を思う存分食んで、チーズを作るための極上のお乳の元となるものを体に蓄積させる(これはアブルッツィの場合だ)。

ただし、この山岳放牧時に、羊はもっとも野生の食肉獣に狙われやすい。そこで、牧畜番犬の登場となる。彼らは羊飼いと共につねに羊の側について、ガーディアンの役目を果たす。そんな忠誠心はどこから来たのかというと、牧畜番犬は小さい時から羊小屋で飼われており(人間の住居ではなく)、羊といっしょにすくすくと育つ。だから、羊こそが彼らの家族の一員という刷り込みが十分なされているので、羊から片時も離れない。そして、何かあればすぐに自分の家族である羊達を守ろうとする。

人間よりも羊が好きだというのは、ここでは大事なことだ。うっかり人間についていったら、羊がなおざりにされてしまう。そんな隙を狙って、補食獣は羊の群れを襲いにやってくる。常にいっしょにいたいという態度、忠実さ、何が何でも守ろうとする態度、は牧畜番犬にはなくてはならない素質だ。つまり、ボーダー・コリーのような羊を集める犬とは全く異なる牧羊犬であることを理解されたい。

ちなみに、アブルッツィには、羊を集める役目を果たす犬というのはいないようだ。羊飼いは、牧畜番犬となる大型犬の他にも、数匹のスリムでベルジアン・シェパードのような見かけの犬も数匹連れていた。しかし、いずれも羊をまとめることもなく、時々追い立てる程度。むしろ羊を上手に一つにまとめるのは、羊飼いであった。杖とボディランゲージだけで上手に羊をひとところにとどめておく。素晴らしい職人芸だ。


牧畜番犬となる大型犬の他にも、数匹のスリムでベルジアン・シェパードのような犬も見かけた。羊を後ろから追い立てる役割を担っていた。

次回に続く

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