鼻仕事のすすめ 〜 愛犬へのエンリッチメント

文と写真と動画:田島美和

「ノーズワーク」という言葉を始めて聞いたとき、まったくピンとこなかった。簡単に言うと、犬に鼻で宝探しをさせるというドッグスポーツだ。ドッグスポーツだなんて、優秀な犬だけができる異次元のゲームのように聞こえていた。けれど、愛犬の美波とやってみたら

「こんなに簡単なんだ!」

ということがわかった。人が視覚に頼って食べ物を見つけるのと同じように、犬は嗅覚を使って食べ物を見つけ出す。犬の身体に本来備わっている能力を利用したゲームというわけだ。本当のノーズワークは特定のターゲット臭(アロマ臭など)を探させるスポーツだが、とりあえず私はフードを使ってやってみた。

犬が嗅覚で物を見つけ出すには、人が本を読むときと同じように、集中力を要する。何かに集中するということは、リラックスできる状態でないといけない。この集中力を鍛えることで、周囲の環境に左右されない、落ち着いた性格を引き出すことができる。そして、成功を重ねていくうちに、自分の鼻に自信を持ち、さらに落ち着いた性格へと成長することができるという。

トレーナーからこの説明を聞いて、最初はあまり理解できなかったものの、とりあえず、言われた通りにやってみた。部屋の中に大好物のおやつをいくつか隠す。この時、夢中でクンクンと嗅ぎまわらなかったら、おやつの魅力が十分に足りていないか、においに集中できない何らかの原因があるそうだ。

私のゴールは、どんな場所でもビビりの美波がおやつ探しをできるようになること。だからそれを散歩中にやってもらいながらトレーニングした。彼女は停まっている車が怖くてよく避けて通る。だからわざと車のタイヤやバンパーの上にフードを隠して探させる(知らない人の車では、車の周囲の地面にフードを置く)。シャッターを怖がったら、シャッター沿いにフードを置くし、遊具を怖がったら、遊具の周りに置く。ちょっと意地悪をしているような気持になるけれど、おやつが食べられる程度なら問題ない。本当に怖がっているときは食べることすらできない。その場合はそこからさっと立ち去る。

掃除機が苦手な美波。だから掃除機のまわり、あるいはそのものにトリーツを置いて、フードサーチをさせた。

ノーズワークのもう一つ便利なところは、散歩の代わりになるということだ。散歩をする目的といえば、排泄と運動だ。が、その最中に犬はとてもよく鼻を使っている。だから、散歩をした後は疲れて眠くなる。犬を運動だけで疲れさせようとしたら、飼い主の身体は到底もたないだろう。そこで、散歩が不十分だったかな、と思ったときは家の中でノーズワークをする。これで足りない運動を補完することができる。

ノーズワークと散歩の組み合わせのおかげもあってか、美波はめったにいたずらをしないし、吠えるのも最小限になった。散歩以外の時間はほとんど寝ている。散歩が足りない=鼻仕事が足りないと、ストレスが溜まって、私たちにとって好ましくない行動が出てしまう。


散歩中のフードサーチの様子。駅前でかつ人混み。自同販売機のそばにトリーツが。ビビりながらも頑張る!

動物園のトラが、同じ場所を行ったり来たりと、同じ行動を繰り返しているのは、常同行動と呼ばれている。ストレスが溜まっていることの現れだ。本来、多くの時間・能力・体力を採餌に使っている動物に、それをさせてあげることによって、この問題は解消できる。野生動物とは違って、自然と人の暮らしに溶け込め、楽しみを共有できる犬にとっても、あえて鼻を使わせてあげることはとても重要なエンリッチメントとなるのだ。おやつでノーズワークをやる分には、特別なものを準備する必要もないので、ぜひ、散歩と合わせて気軽に挑戦してみてほしい。

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文:田島美和 (たじま みわ)

オオカミのことが頭から離れなくなってかれこれ20年。日本では見られなくなってしまった、オオカミという動物の真の生態、そして人とオオカミの関係を探るべく、アメリカ、ヨーロッパ、インド、そして北欧へと飛び回る。修士では北欧のオオカミの縄張りについてを研究した。