インタビュ&写真:藤田りか子
前回から続きだ。高知県南国市にてドッグトレーナーかつ動物愛護行政ボランティアとして20年間保護犬と精力的に関わっきた斉藤喜美子さん。彼女に現場における保護犬事情について語ってもらうインタビュー・シリーズ、その4、最終回です!
犬そのものを受け入れるvs 犬の要求をなんでも聞く
藤田(以下F):元野犬の保護犬と付き合う場合、犬そのものとして見てあげる、というのがとても大事な考え方であるということが斉藤さんのお話を聞いてよくわかります。最近は「犬の言うことをなんでも聞いてあげる」というような意見が日本のソーシャルメディアなどに流れています。しかし「犬そのものとして見てあげる」と「犬の言うことをなんでも聞く」というのは、これ、似て非なるものですよね。多くの飼い主さんにとってその見分けがすごく難しいと思います。斉藤さんはどう考えられますか?
斉藤さん(以下S):猫を飼っている場合は、人はそこにいてお世話をしてあげるという存在であり、いくらでも猫の言うなりになってもいいんですけどね(笑)… でも犬の場合、そこはちょっと微妙にちがう。なにもしないでいいというわけではなくて。なんというのかなー、どう犬と関わればいいのか、そこはお互いに様子を見ながら少しづつ歩み寄るべきかと。ここまでなら歩み寄れる、これ以上踏み込むとお互い気まずいよ、とか。その辺りをわかって付き合いをしてあげないと。しかしそれには犬というものを当人がわかっていないと難しいと思いますね。
私も多くの犬と接した経験の末に学んだことです。同じ犬種でもその子によって踏み込み方やアプローチが変わってくるでしょう?犬はコミュニケーションをとってナンボの動物ですから。やはり一方通行のコミュニケーションでは犬もしんどいし、それがストレスになってしまうこともある。
F:そこですね。犬にとってコミュニケーションは大事。いいポイントだと思います。社会性のある動物だからこそ、双方向のコミュニケーションを望んでいるのではないかと。
S:そう、社会性が必要です。それゆえに私たちは元野犬系の子に対してどこまで踏み込めるのか、感覚をつかまないといけません。普通の家庭犬とは人に対する距離感が違うだけに、難しいところです。でも「私とあなたはどこかで繋がっているよ」ということを常に気づかせてあげないと。さもないと、あの子たち簡単に野生へ戻って行っちゃいます。
F:笑
S:そういうことを承知の上で、犬を甘やかしている人はいいんですよ。でも、甘やかすこと自体が自分の存在意義になっていくような関係になると…、それはちょっと危険かな?人間にも見られる親と子の共依存みたいな。あなたのために、と母親は言いますが、実際は自分のためだったりするわけです。「かわいそうだから助けてあげた」から始まるので、保護犬依存症みたいになっている人、最近多いですね。
元野犬が好きな散歩スポット
S:元野犬の保護犬にとって適切な散歩場所というのがあります。人通りの多いところより、山に行きなさいと言っています。これはもっとも保護犬に限ったことではないのですが。ドイツなんかだと犬といっしょに森を歩いたりしますよね。犬にとって自然は嬉しい場所です。でも、日本ってそういう風習がなくて、いきなりイベントに連れて行く人もいます。でも犬は行きたくない、と思っているはずです。
F:そうですよね、元野犬であれば人に慣れていないわけだし、イベントの人混みには入りたくないはずです。
S:しつけ方教室に保護犬とやってきたとある飼い主さん、訓練所にも行ったし、パピークラスにも行ったそうですが、犬は人の社会になかなか順応しなかったそうです。そんなわけで私のしつけ方教室イベントにも来ていたのですけれど、私は「こんなところにいないで、早く帰ってあげたほうがいいのに」と内心思っていました。テントのバタバタっていう音にビクビクしているような子で。どうみても怯えています。
飼い主さんは「パピー教室に行ったけど、リーダーウォークもできないし、他の犬とも仲良くならないし。でもイベントにも慣らさないといけないと思っているんですけど」と。私は、いや、行かなくてもいいよって伝えました。そしたら「え、そうなんですか!」と。
へんな情報を仕入れてきているんですね。そういうところに連れて行って楽しみましょう、というようなことをどこからか聞くと、あ、うちの犬も楽しませてあげなきゃ、ってすぐ思うらしい。犬からするとすごく迷惑な行為で、余計にビクビクが加速。
この子だったら山とか河原とかそういうところの方が好きじゃないですか?って聞いたら、「ああ、そういうところは大好きなんです」と。だったらそういうところに連れて行ってあげてください!と伝えました。
そう、犬は自然の中に出てにおいを取るのが大好き!
F:目の前にいる動物の状態を見て判断ができなくなっているのでしょうか。動物にとって何がいいことなのか、それがどうしても人目線のフィルターにかかってしまうのですね。
S:そうです。動物の見方を学んで欲しい。ペットショップやブリーダーをどうかしようとか、譲渡をすすめましょうとかいう以前の話だと思うんです。
F:犬にとって自然の中の散歩はとても大事です。そういうことは、ソーシャルメディアでもあまりみんな語らないです。
S:こっちの方が正しいんだけどな、という情報ほど、みんな受け入れたくないというのがありますね。現実的すぎていや、みたいな。
F:それは大いにありますね。私もメディアにいるからよくわかります。散歩をしましょう!というブログを書いても、多くの人に耳を塞がれてしまう感触があります。でも「命を助ける!」とか「犬を保護しましょう!」とか感動的な言葉にはみんな敏感に反応してくる。
S:そういう話題は褒め称えることができるからね。みんなで「すごいね!」とワイワイ言いながらシェアしたり。じゃ、犬目線で正しく飼いましょうという話をのせると途端に誰も見向きもしなくなる(笑)。
犬猫を飼うための教育の大切さ
S:犬猫って思うと皆さん身近すぎて、なんか学ぼうという気にならないのだと思うんですよ。たとえばりか子さんは馬に乗っていましたね。だから馬とどう付き合うか最初にきちんと習いませんでしたか?うちは牛ですが、牛と付き合うためには、って最初から教えてもらいました。さもないとやっぱりわからない。でも犬猫となると、とたんに、教えてもらわなくてもわかる、という思い込みが世間にあります。
F:それは言えています。だから犬も猫も人間みたいに扱うことで事足りると思っているのかもしれません。
S:そう、人間の感覚を当てはめれば飼えるという簡単なものじゃない、っていう知識が欠落している。昔はそれでもよかったんですよ。でも今は、人と犬の距離感が変わりました。昔のように外で犬を飼っていたらなんでもなかったことが、今は家の中で飼うから問題になったりします。私たちが子供の頃、犬を家の中で飼うって近所でもそうそうありえないことで。家の中で犬を飼うという歴史がなかったから、それはやっぱり教えられて身につけるべき知識だと思うんです。とはいえ、その教え方ですら確立されてないようですし、日本はまだそのへんで右往左往している感じです。
F:犬や猫を飼うにはやっぱり勉強が必要だね、って思う人が増えてくれればいいのですけど。
S:増えないですね。おまけにお金がかかるんだったら、なおさら勉強したくないと言ったりする。犬のお洋服やペットホテルにはいくらでも出すのに、勉強には投資しない。犬とはこういうものだ、ああいうものだと教えてもらったら面白いはずなんだけど。
もっとも、犬についてちょっと勉強したい、という一般の人のための機関もないのですけどね。訓練所だなんて、敷居が高すぎる。あそこで教室開いているから週末になったら行ってみようか、という感じにはならないですね。警察犬でも作るところなんだろうとしか思われていません。
F:その点、スウェーデンには各コミューンにワーキングドッグクラブというケネルクラブの傘下団体があります。みな仕事が終わった後や週末にそこでパピー教室や日常のしつけトレーニングを取ったりします。スウェーデンはそういうインフラが整っています。
S:それはいいですね。あとね、日本の飼い主さん、恥ずかしいと思っているのか、問題を独りで抱え込んでしまいがちです。育児といっしょかな。みんなでやろうよ、でいいのに。さっきも話したように「じゃ、みんなそうだから大丈夫だね」ってなれば問題行動として見なさずに済むはずなんだけど…。「うちの子だけテレビのようにならない」とか、「うちの子では感動の話にならない」とか。
そしていざ、私が飼い主さんに呼ばれる時には、もはやすごい状況になっています。ここまでくるとさすがにお金を払って時間をかけて、なんとかしようと人は思い始めるのですね。でも私からすると、今さらこれをどうやってゼロに戻すんだ、と途方にくれてしまうわけです。飼い主さんに犬の基礎から教えていかなければならない。だから、そうなる前に誰もが簡単に勉強ができるような仕組みがあればいいのだけれど。そこをこの先やらなければならないと思っています。
F:そういう情報を広げてくれるトレーナーさんにこそ県はお金を費やすべきなのではないのでしょうかね!?
S:はい、高知の5箇所の保健所でしつけ方教室をやって発信をしています。そういうところからやっていかないと、殺処分やペットショップ問題などは解決しないと思います。いくら条例や法律を厳しくしても。
実は高知県では、譲渡犬を譲渡する前に訓練するという預託訓練制を導入しようという計画を立てています。馴致訓練してもらいたいからと。もちろん県が訓練にかかる費用を負担します。しかしこういう制度を取り入れると、自称トレーナーみたいな人が飛びつきますよね。でも譲渡する前じゃなくて、譲渡先に渡してからの方が大事なんです。犬は確かに預託訓練先の環境には慣れるでしょう。でも、譲渡先の環境はまた違います。ですのでどのみち、訓練のし直しをしなければいけない。ならば、そこをサポートしてくれる活動費を支払ってくれるほうがよほどいい。もれなく預託訓練何ヶ月先までお金をだしますっていうことも提案されています。いや、でも、預託じゃなくて、まずは飼い主さんがそれ以上のお勉強をしてくださらないと!
F:ほんとに!まずは飼い主さんの知識の方が先決ですよね。
S:これはまさに行政側の感覚なんです。高知県何もしてない!と言われないようにっていう対応策。やってもいいけど、もっと効果的なことしないと!
私も議員になったからにはこういう内情をどんどんばらしていきます(笑)。保護犬を飼う人の中には、ただ可愛いから買ってきたという人よりも変わりたいという気持ちを持つ人がいるのは、確かなんです。そういう人は勉強する意欲はある。私が「イベントに犬を連れて行く必要ないよ、代わりに海や川にもっと行ってあげればいい」というような情報を出してあげれば、「あ、そうだったんだ」とわかってくれる。じゃ、どうしたらこの子とは快適に暮らせるのか、と考える人になってくれるんです。
日本の動物愛護は稚拙な状況から抜け出せるのか
S:ある野犬が保健所に来ました。1週間かけて手懐けようとしましたが、ケージの奥にはりついちゃって、まったく出てこない。この子、今いきなり譲渡をするのは難しいと思います、と言いました。職員さんもわかってくれたのですが、引き出しのボランティアさんが勝手に連れて行ってしまいました。「あらー!」と思っていたところ、ある日保護犬がソーシャルメディアで紹介されていて、写真をよく見るとその野犬だったんですよ。なんと東北へ貰われていきました。
「高知市が見放したXXちゃん、こんなに幸せになりました」って。花柄の首輪をつけた写真が出ていました。クッションも花柄、その上で、「ほら、こんなに伸び伸びと幸せそう!」というキャプションまで。でも、まだ目がオドオドしていました。そしたら数日後に散歩中に逃げました、というニュースが。
私は思いました。逃げて当然です、あんなにおどおどした子。せめて高知で逃げていたらお山に帰れたのに。逃げても、どこに行ったらいいのかわからないその子のことを考えたら切なくなりました。野犬の心情をわかっている人が引き出すのならいい。でもまったくわかっていないです。幸せになってよかったねなんて、みんなが書き込みしている。
F:ここでも保護犬に携わっている人における犬への知識の欠落ですね。
S:ええ、残念です。それをわかってくれない限りは動物愛護というのは、日本では稚拙な状況から抜けられないと思います。こういう話はもうあちこちに転がっているわけですが、せめてこういうことを皆さんに知ってもらえれば、あ、気をつけなければね、ということになってくれます。怯えてパニックになった犬なんて、ちょっとやそっとでは抑えられないですよ。
F:生きていてくれさえすればいいいという状況が根底にありますね。
高知県南国市の市議会議員に当選した斉藤さん。議員さんとして動物福祉の向上にも力をいれますか、という質問に、「今このコロナ禍において、動物の話はまだできませんが、そのうちに徐々に!」。当分は今まで通りトレーナーとして保護犬との正しい付き合い方を多くの飼い主に伝授、知識を普及させるつもりだ。(写真提供:斉藤喜美子)
S:犬たちは言葉を返さないけれど、いろんなことを私たちに教えてくれます。山に入って、帰り道を教えてくれるのは、うちの犬です。それまでおしっこをひっかけてマーキングをつけてきていますので。それをたどって帰っていくんですよ。山ではうちの犬が師匠さまです。
F:野犬を飼うのであれば、そういうふうに楽しんで欲しいですね。
S:そう、うちの犬はお庭掘ってお部屋作るのが上手とか!
F:あはは。
S:立派な家ができました。もうすぐ下で穴がつながるね、とか。
野犬に関しても保護犬に関しても、こういう子だからいいよね、と言ってくれるような「犬の楽しみ方をわかる人」が増えたら、いくらでもどうぞどうぞと思います。けれど、犬の性質と本質を見ないでヒトの都合に合わせて飼いたい、そういう気持ちで保護犬を迎えるのであれば、それは犬の幸せにはつながらない。
F:アマゾンが保護犬や保護猫の譲渡支援をするようになりましたね。やはり世の中は彼らを助けたいというムーブメント一色かもしれません。
S:どの団体も物資やお金に困っているのは確かですが、保護譲渡団体をどんどん作りましょうみたいな感じになっています。でも、そこじゃないでしょ、お金出すの。それより「どうしてここに捨てられた犬や猫がいるんだ」というところに入っていかないと。今の一部の未熟な愛護団体のやり方では、救われる命は少ない。譲渡もうまくいかなければホーダーになっていきます。
F:やはり教育にお金を出して欲しいところです。
S:ドイツや北欧が動物福祉先進国なのは、まず飼い主責任やハードルが元々高くて、それを乗り越えられる人がペットを飼える仕組みにしているところ。子供への教育が行き届き、共生社会の仕組みができているからだと思います。その発展途上国の日本が、形だけの愛護団体活動をしても現状では救える命には限りがあります。動物に対する理解や知識も人材も少ないのですから。
真の動物との共生社会を目指すなら、しっかり専門家を教育し、社会的地位を持たせ、子供への教育を必須科目にすることと、飼い主が専門知識や責任を持って初めて動物を飼える仕組みに切り替えていくことが必要です。犬に税金を払うくらいは普通と思えるようになって欲しいですね。そして愛護団体を増やしたり譲渡を推進することが、動物愛護や福祉と乖離していく活動になっているケースもあると一般の方も知ることです。
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