文:サニーカミヤ
[photo by marneejill]
今回の記事では「犬の心的ストレス(トラウマ)を予防する方法」をご紹介いたします。
数年前のことになりますが、ハンガリーのブタペストの大学で動物行動学を研究しているAttila Andics(アッティラ・アンディクス)教授の研究グループが「犬の脳が、どのように人間の言葉や感情をとらえているか?」についての調査研究結果をビデオで公開しました。
結論から言うと、犬は言語の種類や方言にはとらわれずに、人間が言葉を発している時のイントネーションとその言葉を発するときの人間の顔の表情やアクションを理解し、また、その組み合わせを覚えていて、飼い主の命令などに反応するようです。
まずは、下記のビデオをご覧ください。
How dog brains process speech (Andics et al., Science, 2016)(出典:youtube)
MRIで犬の脳をスキャンしながら、研究助手がMRIの中にいる犬に話しかけると、左脳で人間が発する言葉、右脳で言葉のイントネーションを捉えていることがわかりました。
アニマルレスキューのときには、犬にアプローチするときに使えるテクニックとして「ゆっくり高い声で、優しい顔の表情でアプローチすること」を覚えておくと、スムーズに対応できるかもしれません。
また、犬の能力特性を知ることで災害現場などでつらい目に遭った犬の心がトラウマにならないように予防できると思います。
1、意識がある場合の心的ストレス(トラウマ)予防方法
もし、災害現場で建物内に逃げ遅れた犬や猫を見つけて助け出すとき、彼らに意識があれば、空気呼吸器のマスクを装着していても、できるだけ気持ちを穏やかに保ち、顔の表情も緩ませます。そして高めの声で「大丈夫だよ。助けに来たから、おいで」と手のひらを上向きにして犬のあごの高さに手を伸ばしてみてください。
抱え上げるときには、「火災現場などでペットを発見。屋外へ搬出した後の、正しい観察処置のあり方は?」で紹介しましたように、やさしく声をかけながら、ゆっくりと抱いてあげてください。
搬送中も声かけをしながら、できれば、身体を撫でながら搬送すると、怖い目に遭い不安な気持ちでいっぱいだった犬や猫の気持ちが和らぎ、心的ストレスも解けると思います。
2、意識がない状態から蘇生した場合の心的ストレス(トラウマ)予防方法
人間の脳は生きている間、外部からの刺激(声や音、においや温度、接触など)をすべて感じているといわれています。
人間の蘇生事例では、CPRをされているときの声や周りの環境音、手術台の無影灯まで記憶していたり、また、生死をさまよっているときに夢のような感じで、「三途の川?は幅2mくらいで、両岸の菜の花のような黄色い草花が咲いていた。おばあちゃん(すでに亡くなった誰か)が向こう岸で手を振っていたけど、吸い込まれていくように消えていくのと同時に自分の意識が少しずつ戻った」など、蘇生体験のある方々からはこのような共通した内容を聞きます。
犬の蘇生事例では、現場で蘇生に関わった消防士たちのにおいや獣医、動物看護師などを覚えているらしく、後日、飼い主と消防署に訪れたとき、一度も行ったことがない消防署に近づくにつれて、犬が興奮し、消防署に到着後、車から降りると一目散に最初に助けてくれた消防士のところに犬が駆け寄ることが多いといわれています。
その理由は、下記のビデオでよくわかります。
How do dogs “see” with their noses? – Alexandra Horowitz(出典:youtube):日本語字幕あり
犬の嗅覚研究の第一人者アレクサンドラ・ホロウィッツ氏の研究内容をご覧いただけます。犬曰くで紹介したホロウィッツ氏の研究については、文末の関連記事をご参照ください。
犬は空気中のさまざまな臭い分子をかぎ分けることができ、その臭いが発生している方向や距離、種類まで判断できるそうです。人間にもそんな嗅覚があったら便利ですよね。
3、犬の急性ストレス障害の緩和法
犬の急性ストレス障害を緩和する方法として、Tappingという手技があります。
まず、施術者が深呼吸して落ち着いた状態になります。そして、犬を抱くか座らせた状態で第3胸椎と第4胸椎あたり(首の付け根から少し下がったところ)を心臓の拍動よりも少し遅いペースで優しく声を掛けながら軽く叩きます。以下、我が家のルナと一緒にインストラクションをしている映像をご覧ください。
Tappingの手法は食べた後のげっぷをさせるときにも使えるため、腸捻転の予防にも繋がります。また、この方法は人間の赤ちゃんが泣いたときにも使われるものです。心拍と呼吸が落ち着くことで、酸素が十分に取り入れられるため、心身の早期回復を見込むことができます。
犬の嗅覚
犬は地面に残った臭いや空気中に浮遊する「臭い分子」を数キロ離れたところからでもかぎ分けられる能力を持ち、人の百万倍~1億倍の能力をもっているといわれています。
下記のビデオでは600mも離れた広い湖面のボート上から、水深7mの湖に沈めた豚肉の入った小さな缶を探し当てています。
How powerful is a dog’s nose? – Inside the Animal Mind – BBC (出典:youtube)
助けてくれた消防士のにおいを覚えるくらい、犬にとっては簡単なことですよね。
犬の読心力
犬は人間の言葉のイントネーションや顔の表情、発している感情ホルモンのにおいなどで、そのときの人間の心を読んでいるといわれています。
消防現場で犬や猫を蘇生させた後は、優しい言葉をかけながら、ゆっくりと抱きしめてあげてください。そうすることで、怖い目にあった家の部屋や場所などでも、再び、安心して住めるようになる可能性が高くなると思います。
Does My Dog Know What I’m Thinking?(出典:youtube)
今回、犬も感情があり、心があることを改めて深く感じました。どうぞ、日本の消防士のみなさん、消防現場で犬を助けたら、心のレスキューまで行ってあげてください。きっと、その犬は生きている間ずっと救助者の優しさを覚えてくれていると思います。一般の飼い主のみなさんであれば、消防士の方の力が必要なほどの大事ではない場面で、ちょっとした救出を手伝うことがあるかもしれませんよね。そんな時にはこの記事を思い出して、救出された犬の心にトラウマが残らないようお力添えしていただると嬉しく思います。
(本記事はリスク対策.comにて2016年9月7日に初出したものを一部修正し、許可を得て転載しています)
文:サニー カミヤ
1962年福岡市生まれ。一般社団法人 日本防錆教育訓練センター代表理事。元福岡市消防局でレスキュー隊、国際緊急援助隊、ニューヨーク州救急隊員。消防・防災・テロ等危機管理関係幅広いジャンルで数多くのコンサルティング、講演会、ワークショップなどを行っている。2016年5月に出版された『みんなで防災アクション』は、日本全国の学校図書館、児童図書館、大学図書館などで防災教育の教本として、授業などでも活用されている。また、危機管理とBCPの専門メディア、リスク対策.com では、『ペットライフセーバーズ:助かる命を助けるために』を好評連載中。
◆ペットセーバー(ホームページ、Facebook)
【関連記事】