文と写真:金森万里子
Never regret a shot you never have done
(撃たなかったかったことを、決して後悔しないこと!)
カッレさんがお父さんから教わったこと。そして、スウェーデンのハンター同士の共通のルールでもあります。しっかり準備をして、確実に仕留められるという確信があるときしか、引き金は引かない。動物を苦しませないため、銃を扱う上での大切な心構えだそうです。
日本語で“殺し”と書くとなんだか恐ろしいもののように感じるかもしれません。でも今回スウェーデン在住の藤田りか子さんとカッレさんと一緒に狩猟にお供する中で、スウェーデンの狩猟文化は、アニマルウェルフェア(動物福祉)の理念を育んできた、自然や動物との付き合い方の一つの見本なのだと知りました。
ヘラジカのメスと今年生まれた仔。[Photo by French_Landscape_Photographer]
スウェーデンはハンターの人口がヨーロッパの中でも多く(100人に3人はハンター)、狩猟が庶民的な文化として根付いている国です。その中でも、毎年この時期9月〜10月から解禁になるヘラジカ猟は特別。チームを組んでハンターたちは毎週のように森に入ります。田舎からストックホルムに引越して働いている人も、仕事を休んで故郷に帰って参加するほど。世代を超えて引き継がれている、大切な秋の行事です。
いよいよ猟の当日。朝、10人前後のグループで集まり、まずは猟場で何をするか役割を決めます。そして一人一人が持ち場につき、ひたすら待機します。メンバーの中には狩猟犬のハンドラーもいます。ヘラジカを狩猟をするときには、ヘラジカに特化した狩猟犬(イェムトフンドやノルウェージャン・エルクハウンドなど)が使われます。狩猟犬はノーリードで自由自在に森を走り、嗅覚を頼りにして獲物をみつけてくれるのです。においをとると吠えて知らせます。それが聞こえたらヘラジカがこちらに来るかもしれないので、ひたすら待ちます。ただしこの度の狩猟では、ノルウェージャン・エルクハウンドとラブラドール・レトリーバーのミックス犬が使われました。ヘラジカの他にノロジカもターゲットに入っています。
ヘラジカについては性別、年齢によってどの個体を撃ってもいいのか、狩猟局によってあらかじめその年と狩猟地域によって割当が決められています。今回撃っていいという許可をもらっているのは、ヘラジカの子どもかノロジカ。それ以外の動物を撃つことはありません。たとえ目の前に現れても、です。
狩猟に同行するにあたって私は生まれて初めてオレンジ色の狩猟服を身に付けました。オレンジは鹿からは灰色にしか見えずカモフラージュになるばかりか、人にはよく見える色なので、狩猟服に最適です。音を出さないよう、静かに。風向きを気にしながら、じっと待ちます。
持ち場では、視野のどの範囲に動物が来たら撃つかをあらかじめ決めておきます。どのくらいなら自信をもって狙った場所に命中させられるか、日ごろから練習を積み重ねている皆さんは自分の腕を知っています。弾は4km飛ぶので、事故を防ぐために必ず丘など途中で止まるような地形を探しておきます。さらに動物と自分の間に障害物が無いところを選びます。ひたすら待ちながら、同時に森の中でリラックスの時間を楽しみました。
待っている間は野生動物の観察時間にもなる。あっ、フクロウが枯れた杉の木のトップに舞い降りた!それをスコープで眺めながら、コーヒーを飲んだり。
2時間おきくらいに、みんなで集まってフィーカ(コーヒータイム)をする。
ふと気づけば、40mぐらいさきでしょうか、ノロジカが3頭群れで現れました。いい位置。しかし、群れているときに撃つと、弾丸が狙った個体以外にも当たる可能性があり、手負いにしてしまうかもしれないので撃たないそうです。そうして様子を伺っている間に、鹿の群れは視界から去って行ってしまいました。
ノロジカたちがやってきた。 [Photo by ib Aarmo]
しばらくすると、犬の鳴き声が!ノロジカが数百メートル後ろを追ってくる犬を気にして振り返りながらも、ゆっくり移動しているのが見えました。そして、準備して待っていた仲間のエリアに。パン!と一回だけ銃声が響きました。鹿はその一発で、眠るように亡くなりました。
狩猟は朝から夕方の4時ぐらいまで続けられましたが、結局、この日銃声を聞いたのはこの一度きり。最後に立派な大人のヘラジカを見かけましたが、成獣は今回獲ることを許されていないので見送りました。
狩猟、というとどんなことを思い浮かべますか?殺す、残酷、野蛮、といったイメージを持つ人もいるかもしれません。しかしスウェーデンの狩猟は、一日森に入っても、一度も引き金を引かないことも普通です。毎週末のように楽しそうに出かけていくのに、何にも獲ってこない。そんなこともよくあるそうです。ごくたまに訪れる、動物を苦しみなく仕留められる瞬間。それ以外に動物を傷つけることを、スウェーデンのハンターはとても嫌います。長い年月、何度も森に足を運んできた中で、動物の苦しみを想像し配慮することは、ハンターとして自然に抱く気持ちなのだそうです。
“殺し”というのには、いろいろな種類があります。そして、直接的・間接的にすべての人に関係していることです。ハンターは動物を仕留めるだけでなく、森を豊かにするための活動も行い、森を守るための法律作りにも関わります。スウェーデンの狩猟は、人が自然や動物とどう関わっていくかということに、丁寧に向き合ってきた文化なのだと感じました。あなたはどんなふうに自然と付き合いたいですか?
■一撃で仕留められなかった場合、手負いの鹿を逃がしてしまっては、その鹿は森の中で長く苦しむことになります。なのでスウェーデンでは、射撃が失敗してしまった時のことを想定して、必ずブラッドトラッキングドッグ(こちらを参照)と連携することが狩猟法で定められています。傷ついた動物の足跡を追うよう特別に訓練された犬に手負いの鹿を発見してもらい、ハンターが責任もってとどめをさします。
■日本では、くくり罠の使用が珍しくありませんが、スウェーデンや多くのヨーロッパ諸国では大動物に対する罠猟は動物のウェルフェアを考慮して禁止されています。罠にかかった後、命を絶たれるまで長い時間苦しませることになるからです。即時に命を絶つことができる小動物用の罠は、一部使用できます。
【関連記事】
文:金森万里子
獣医師、公衆衛生修士。北海道大学獣医学部を卒業後、道内で牛の臨床獣医師として勤務した経験を活かし、牛から人へ視点を変えて、健康な地域づくりについての研究を行っている。人と動物のより良い関係について研究するのが夢。
Webサイト: http://mariko-kanamori.moo.jp