倫理のための猟犬、そしてブラッドトラッキング

文と写真:藤田りか子

アシカ、ブラッドトラッキングのトレーニング。トラックのゴールにはシカの脚が。

少し前のことになるのだが、アシカにブラッドトラッキングというスポーツを教えた。スウェーデンではもっとも一般的なドッグスポーツの一つで、犬を飼っていればだれもが一度はそのトレーニングを経験する。ブラッドトラッキングとは、文字通り「血を追う」こと。狩猟の際に獲物を銃で仕留めきれず、手負いにして逃してしまう時がある。その逃げてしまった獲物を探し出す犬がいるのだ。獲物が残した足跡と血痕を嗅覚で辿りそして位置をつきとめる。それゆえにブラッドトラッキングと呼ばれる。

傷ついた動物はどこか安全な場所で休もうと、たいていその場から逃げ去る。ただし狩猟をする人が手負いにしたまま獲物を放置するのは、スウェーデンの狩猟法では固く禁止されている。動物は重傷を負っており、苦しみながらゆっくりと死を迎えなければならない。倫理に反するので法では必ず見つけ出して仕留める義務がハンターにあると定めている。そのためには手負いになった動物を探せるブラッドトラッキング・ドッグを携えて狩猟行為を行わなければならない。ブラッドトラッキングが必要なのは、シカ、ヘラジカ、イノシシ、クマ猟など獣猟の時だ。水場でカモやガンを狩猟するときにはレトリーバーの出番となる。水鳥猟においてもスウェーデンでは半矢(手負い)をきちんと回収することが必須だ。

ところで車と衝突して傷ついたシカ、ヘラジカなどもきちんと追跡して撃ち殺すべし、という法律もスウェーデンにはある。これも倫理的な理由による。その時にもブラッドトラッキング・ドッグが使われるのだ。だから自分の車が大きな獣とぶつかったらどんな理由があれ必ず警察に通報しなければならない。これは車の免許証をとる時の筆記試験の設問にもでてくるぐらい「有名な」決まりごとの一つ。警察は連絡を受けるとブラッドトラッキング・ドッグ、そのハンドラーおよびハンターを引き連れて現場に駆けつける。この話を日本の狩猟家に話したら大変に驚いていた。日本ではそのような即急に対処できるシステムがないという。その間動物は非常に苦しむのに…。

道路脇にでてきたヘラジカの仔。スウェーデンでは車が大型の野生動物(シカ、ヘラジカ、イノシシなど)と衝突する事故が絶えない。その数年間61,000件。車がぶつかった際は警察に即座に届け出るのが法律。動物が重症を負った場合、即安楽殺を行う。【Photo by VirtKitty」

さて、ブラッドトラッキングというのはいかにも狩猟犬だけの専門的な仕事に聞こえる。しかしスウェーデンではこれが一つの独立したドッグスポーツになっており、愛犬家の間では人気のアクティビティですらある。あちこちで競技会も開催され、北欧諸国間でチーム対抗試合も繰り広げられている。

なんといってもブラッドトラッキングは純粋な嗅覚作業。よって犬種を問わない。チワワでブラッドトラッキングのチャンピオンタイトルを勝ち取った人を知っている。以前飼っていたレオンベルガーのクマですらブラッド・トラッキングを楽しんでいた。ロングリードをつけて行われるから、どんなに呼び戻しが聞かない「ダメ犬」でもできる。そう、ノーズワークと同様に全ての犬が参加できるスポーツなのだ。

確実にシカの足跡を追う。もしかしてアシカはノーズワークよりこちらの方が好きかもしれない。

私が最後にブラッドトラッキングをトレーニングしたのは実は10年ぐらい前のことになるのだが、今回アシカとコースを取ってびっくりしたことがある。いつのまにブラッドトラッキング・トレーニング用の携帯アプリが出回っており、それを使って位置を確かめながら練習ができるようになっていたのだ。ブラッドトラッキングのトレーニングは、鹿の脚を地面に引きずり同時に瓶に入れた牛の血(スーパーの肉屋で注文すれば手に入る)をポタポタと落としながら「トラック」を作ることから始まる。どこにトラックを引いたか、目印として10年前では要所要所で木の枝に紙テープを結んでいた。だが、今回このアプリのおかげで、目印などつけずにどこを歩いたのか地図上でラインになって示されるようになった。そしてトラッキングを始めると、自分が犬と共にラインのどこを歩いているのかも示してくれる。おかげで、犬がトラックをきちんと追っているのか、あるいは外しているのかアプリを見て簡単に確認できる。素晴らしい文明の利器!アプリの名前はDog Trackという。スウェーデンで開発されたそうだ。さすが。

トラッキング専用アプリDog Track。青いラインが人工的に作ったトラック。赤いラインが犬が辿った軌跡。これはアシカが資質テストの際に追跡したトラック。ほぼトラック通りににおいを追ったことがわかる。

教室は5回コース、当然森で行われる。アシカは回を重ねるごとに鼻をぴったりと地面につけにおいを追っていくようになった。最初は何をしたらいいかわからずあちこち飛び跳ねていたのに!やっぱり犬ってすごい。足跡を追う、においを探す、というのはもうデフォルトなのだ。こちらが教える必要などほとんどない。彼らは自分で学ぶ。ただシステマチックに学べるよう、我々は手助けをしているだけ。これはノーズワークでも同様。人間が教えることなどほとんどないのだ。

コースの最後は「資質テスト」を行って締めくくり。コースの先生は資質テストの審査員の資格を持っているので、ここで得た結果はそのままスウェーデン・ケネルクラブのデータに登録される。このテストに受かるとその後「オープンクラス」「エリートクラス」と競技会に参加ができる。テストのトラッキングは600mほどでトラックの古さは5時間もの(オープンクラスでは24時間の古さになる)。途中でわずかにウロウロしてしまった部分もあったが、アシカは無事に最後のゴールにたどり着いた。ゴールには鹿の脚がぶら下がっている。彼女はそれを勢いよく掴み、誇らしそうにくわえて私の側にきた。先生はもちろん例のアプリ、Dog Trackの地図をみながらアシカと私の軌跡をチェック。最後にアプリに示されている軌跡をみせてもらった。と、全行程においてアシカがトラッキングをきちんと追跡しているのがわかった(写真上)。先生は

「きちんと追跡していますね。アシカは合格よ」

晴れて資格テストをパス!

ノーズワークに比べるとブラッドトラッキングのトレーニングには計画性が求められる。オープンクラスを目指すとなると、トラックは練習の24時間前に作っておかなければならない。よって横着な私は友人の誘いでもない限りなかなか練習を始めようとしない。もうすぐ春になることだし、願わくはまたインスピレーションが湧いて次なるチャレンジができればいいのだけど!