文と写真:尾形聡子
犬猫のリハビリテーションを専門とする『D&C Physical Therapy』の院長であり、獣医師の長坂佳世さん。前回はリハビリを専門にするまで、そして日本でのペットのリハビリの現状などをお伝えしましたが、今回はリハビリを通じてご自身が感じていることや、どのような病気にリハビリが必要かといったお話を紹介いたします。
リハビリを通じて感じる犬、そして人と犬の関係性
人も犬も”快適な生活に戻す”、”機能をもとに戻す”という目的でリハビリを行っています。しかしそこには微妙な違いがあると長坂さんはいいます。
「犬のリハビリをしていて感じるのは、犬は飼い主さんとの関係がよくなり飼い主さんが楽しそうにしていれば、自分の体が動かなくてもよしとできる生き物だということです。人間は他人の目を気にしますし、社会的なさまざまな事情が絡んできますが、犬は人が気にするようなことはほとんど気にすることがありませんよね。たとえ足を引きずっていようとも、飼い主さんがかわいがってくれて、食餌がでてきて、安全な場所で暮らせて・・・飼い主さんとの関係性が壊れていなければ絶対的に幸せなんです。」
体の機能を改善するだけでなく心身の健康をトータルで考えていくことが、やはり、リハビリテーションなのです。もちろん体の機能が改善されることも目的であり、改善されれば犬にとっても幸せでないはずはありません。けれども、快適な生活を送るには、飼い主さんとの関係性を抜きには語れないのだと思います。
「犬のリハビリは犬自身だけでなく、飼い主さんにとってのメリットもとても大きいと感じています。リハビリを通じて犬とのコミュニケーションの時間が増えるからです。生活も変化してきます。
たとえば椎間板ヘルニアで脚が動かなくなってしまったとしても、車いすに乗せて外に出かけるようになれば、それだけで生活が楽しくなります。脚が動かない状況におかれると、どうしても飼い主さんはそればかりに固執してしまいがちなんですが、リハビリを通じてさまざまな方法をためしていくことで気持ちも変化していきますし、気付いたら犬の脚が動くようになっていた、なんてこともあり得ます。そういう意味でもリハビリでは、機能が低下している犬の体の一部だけをみるのではなく、飼い主さんも含めて全体を見ていくことが大切だと思っています。」
犬も人もリハビリを楽しもう!
「実はリハビリには決まった手順はないんです。フレキシブルでなくてはならないので、料理のレシピのような手順はつくれません。犬の犬種も違えば性格も違いますし、体の状況も違う、年齢も違う、飼い主さんもそれぞれ違いますから、常にオーダーメイドではなくてはならないんです。やってはいけないことだけはハッキリ知っておく必要はありますが、ある意味決まりはないんですよ。そこがリハビリをする側としてとても興味深いところで、楽しいと感じながらやっています。」
リハビリを続けていくには生活の主導権を握る飼い主さんが続けられるプログラムであることがひとつの重要なポイントとなるそうです。
「誰だって、あまりにギチギチであっという間に疲弊してしまうようなプログラムなんて続けられませんよね。なかなか続かないダイエットと一緒です、笑。さらにそういう状況ですと、飼い主さんが”やらなきゃ、やらなきゃ”と精神的に追いつめられてしまうので、緊張感のようなものが犬に伝わり、犬との関係性が悪化してしまいがちなんです。そういう状況ですと、いざリハビリを開始しようとしても犬がサーっと逃げてしまうということになってしまいます。」
そして何よりも大切なのはリハビリを楽しむことだと長坂さん。
「これをやらなければ、こんなにやらなければ治るものも治らない、というのではなく、とにかく楽しくリハビリを続けて欲しいと思っています。効果はそのあとに考えてもらえれば。このことは、リハビリを飼い主さんそしてワンちゃんと一緒に行っていくうえで私がとても大切にしている姿勢です。」
また、日々の家での生活も大切にしてほしいといいます。
「業界的には水中トレッドミルなどの機械が真っ先に導入されてしまったので、リハビリは病院で行うものというイメージが定着してしまったように感じるのですが、リハビリは日々の生活上でのことなのです。たとえば体をしぼる目的で、週一でスポーツジムに通っても、それ以外に何もしなければ効果がでない、というのと同じです。友達と一緒に通えばそれは楽しい時間にはなりますが、ただ楽しいだけになってしまいますよね、笑。ですので、少しずつ体を改善させていくためには、病院に通う頻度よりもなによりもまず、家で続けてもらうことが大切なんです。毎日病院に通うことなど、まず無理だと思いますし、週2回だって大変かと思います。ならば週1できていただいて、あとは家でやってくださいね、という姿勢です。家での時間を大切にしていただきたいのです。」
集中的にやったほうがいい時期がわかるケースでは、最初の2週間は週2で、そのあとは週1でというようなプログラムを提案することもあるそうです。
「たとえ病院の近所に住んでいても、無期限で週2で通ってくださいというのでは飼い主さんのモチベーションも続かないと思います。とにかくリハビリの主導権を握る飼い主さんがモチベーションを保ちながらリハビリを続けることがとても大切なんです。さらに、預かりではなく、私は必ず飼い主さんと一緒にリハビリをするようにしています。言葉だけでやり方を伝えても、実際にやってみないことにはなかなか難しいものなのです。ですので、犬と遊びに来るつもりで楽しんでくださいね、そして家でもやってくださいね、というスタンスで行っています。」
リハビリしにくる犬にはどんな病気が多い?
実際に病院にくる犬はどんな病気にかかっている場合が多いのでしょうか。
「怪我や整形外科手術をした後にもきますが、ダントツで多いのが椎間板ヘルニアです。ここにくる犬の7割以上かと思います。犬種としてはやはりダックスが多いですね。」
小型犬に多い膝蓋骨脱臼(パテラ)はどうかたずねてみました。
「膝蓋骨脱臼は昔のほうが痛そうな状態の犬が多かったと思います。今の犬たちは骨の低形成のため膝のお皿が外れても擦れないため痛みがないのではないかと個人的には感じています。これまで膝の脱臼は先天性のためといわれていたのですが、実は後天的な要素を示す論文も出ています。生まれた直後には大腿骨の溝がない状態なのですが、動くことによって徐々に溝が形成されています。色々な方から話を聞いてみると、ブリーダーさんやペットショップから迎えた犬はお皿が外れやすいのですが、家で生まれた犬は外れにくい傾向にあるように感じます。家で生まれた子犬たちはケージに閉じ込めたりせずに自由に動いているからでしょうね。骨や筋肉に限ったことではありませんが、体をしっかりと成長させていくには適度に運動することが必要なんですよ。」
またリハビリは、リハビリ単体ではなく、外科とのコラボレーションが必要だといいます。
「そもそもが、整形外科での手術がしっかりできていないとリハビリをしても治すことができません。逆に、骨折などは、手術がきれいにできていればリハビリの必要はありません。整形外科分野の疾患で、もっとも早くからリハビリの介入が重要となってくるものは、大腿骨の骨頭切除です。股関節形成不全や、トイプードルやミニチュアピンシャーなどの小型犬ではレッグペルテスでしょうか。」
股関節形成不全は大型犬によくみられる病気で、大腿骨上部のボール型をしている部分(大腿骨頭)や、それを受け止める骨盤のくぼみ部分の寛骨の発育異常により、股関節に緩みが生じて不安定になる関節疾患です。またレッグペルテスは大腿骨頭への血液供給が不足するため、骨頭が壊死してしまう病気です。
「たとえばレッグペルテスでは、骨頭を切除したらそこから骨が増生してこないように、また組織が硬くならないように早い段階で脚を動かさなくてはなりません。しかし、レッグペルテスはとても痛い病気ですので、たとえ骨頭を切除して動かしても痛くない状況になっても犬は術前のように脚が痛いと思いこんでしまいがちです。もちろん手術による痛みもありますが、犬は病気で痛いのか手術で痛いのか何が何だか状況がわかりませんから、術後も脚を地面につけられないままでいることも多いのです。なのでリハビリでは、もう脚は痛くないんだよ、体重かけてもいいんだよ、と、メンタルな部分でのアプローチもしていかなくてはなりません。必要があれば訓練士さんも一緒にリハビリに入ってもらいます。」
実際、適正に手術が行われていれば、すぐに体重がかけられるようになるそうです。
「ですが手術が適切でないと術後の改善は期待通りにはいかないことがありますし、リハビリも介入しにくくなります。とはいえどうしても、金額的な問題、個体の大きさや年齢など、最適な手術方法を選択できないケースもありますよね。手術としてはワンランク下がってしまうとしても、それが妥当な理由のもとに選択されて、どのような手術を行ったのかしっかりとわかっていれば、リハビリも介入することができます。外科の先生方は手術を行うことが主な仕事で、術後に行うリハビリが大事だと知っていてもご自身で行う時間はとれません。リハビリによる変化はとてもスローですから。そういった面からも、外科とリハビリがお互いの分野を理解しあい、チームを組んで治療を行うことが大切だと思っています。」
そのほかにはどんな病気にリハビリが必要とされるのでしょうか。
「基本的には、脚を引きずるとか痛がるといったような症状にフォーカスがあてられる疾患にリハビリは介入します。整形外科の疾患、神経系の疾患などですね。また、成長スピードの速い大型犬に多い骨肉腫など、腫瘍で断脚した場合は、3本の脚でバランスをとれるようにしたり、体にかかる負担が変化するので日々のケアの方法をお伝えしたりしています。これまで施術したことはありませんが、たとえば人間の糖尿病の患者さんに運動療法を行うような感じで、犬にもリハビリが介入できるかもしれません。」
(本記事はdog actuallyにて2015年9月29日に初出したものを一部修正して公開しています)
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