「リハビリの本来の意味をしっかり理解してほしい」~獣医師、長坂佳世さんインタビュー(1)

文と写真:尾形聡子

人のことならばいざ知らず、日本ではまだ普及しているとはいいがたい犬のリハビリテーション。2013年7月、日本で初めてのリハビリ専門の動物病院『D&C Physical Therapy』を開院した獣医師の長坂佳世さんに、犬のリハビリテーションとはなにか、そして日本における犬のリハビリテーションにまつわるお話を伺ってきました。

電気から獣医へ

「大学受験をするときは、実家の電気屋を継ごうと思っていたので電気の分野に進学しようとしていたんですよ。」

受験勉強の最中に、長坂さんの友人が麻布大学の推薦を取り進学を決めたことから獣医師という道があることに気づいたといいます。

「それまでは獣医師のことはまったく頭にありませんでした。実家で猫を飼っていたこともあり身近な職業ではあったものの、ああ、そういう道もあるんだなあと改めて気づいたといいますか、笑。どうにも物理が苦手でしたので・・・思い切って麻布大学の推薦受験を目指してみようかなと思うに至りました。」

そうして麻布大学に進学を決め、大学では外科を専門に勉強することになります。

「麻布大学には外科の研究室が2つあるのですが、私が入ったのは犬猫の整形外科、犬猫の腎臓移植、産業動物を3本柱とする研究室でした。リハビリというと整形を学んだかと思われるでしょうが、大学時代は腎臓移植を専攻していました。このような環境でしたので、自分の専門ではないながらも周囲にはつねに整形を専門とする先生方がいましたね。」

意外なことに、外科の研究室にいながらも、整形外科には強い苦手意識を持っていたそうです。

「整形外科は、体力も必要とされますし、大工仕事とちょっと似ているところがあります。細かなプラモデルを組み立てるのが好きというような男性のほうが向いているといいますか。壊れたものをきれいにつなぎ合わせるような分野ですからね。」

獣医師の国家資格を取り、そのまま獣医師として仕事をすることになりますが、最初のうちは何をしたらいいのか分からないままに動物病院での勤務をこなし続ける状況だったそうです。

「いくつかの病院で働いて6年目くらいになった頃でしょうか。腫瘍科を専門とする院長の病院で働いていた時のことです。一般診療全般ではなく、何らかの専門的な強みを持たないいとね・・・という話をする機会がありました。確かにそう思う、けれど自分はいったい何を専門にしたいと思っているのだろうか?と考えるようになりました。」

鍼からリハビリへ

「私自身、腰を痛めて鍼をうち、その効果を実感したこともあって、動物の鍼治療の勉強を始めみようと思ったのです。」

最初は日本で鍼の勉強をしていた長坂さんですが、アメリカのフロリダに Chi Institute というフロリダ大学の客員教授をしている中国人獣医師がアメリカの獣医向けの教育施設を開設していることを知ります。そこでマッサージコースを受講、その後に鍼コースも受講することになりました。

「実際にやってみますと、東洋医学はとても面白いのですが、鍼だけでなく漢方や食事療法などのコースもあり非常に奥が深く、すべてを知るには一生かかるなあと思い始めました。日本はどちらかというと西洋医学ですので、両方のいいとこ取りでやっていけるといいなと考えていたころ、ちょうどダックスの飼育頭数が増えてきて、それに伴いダックスの椎間板ヘルニアが増え始めました。」

長坂さんは、ヘルニアの治療のひとつの選択肢として鍼も施術するようになります。

「鍼だけをやっていても歩けるようになるわけではないので、ほかの治療法も同時に並行して行うようにしていたのですが、その時にふと思ったんです。犬にもリハビリってあるのかな?と。」

自身が本格的な競泳をしていたため、体をメンテナンスすることに興味があったのもリハビリについて調べる後押しとなったそうです。調べ上げてみると、アメリカのテネシー大学でリハビリテーションの認定医の資格をだすコースがあることを知ります。

「そのころからです、将来的にリハビリ一本でやっていきたいと思うようになってきたのは。まずは、今も勤務しています八王子市のゼファー動物病院で、将来的にリハビリ専門診療を行うことを前提に働き始めました。気持ちは固まりながらも、Chi Institute を受講しに行った直後のことでしたので、また渡米して受講するためには資金をためないとならないなあ・・・また時間がかかってしまうなあ・・・と悩ましく思っていたんです。しかし運よく、日本の VMN という獣医師の卒後教育を行っている団体が、テネシー大学の先生を日本に招いてリハビリ認定医コースを開催することになっているという情報を得まして、その第一期生として日本で受講することが叶いました。講師も内容も本場と同じですので、アメリカまで行く必要がない分、時間のロスもなく本当にいいタイミングで受講できたと思っています。」

長坂さんはリハビリテーション認定医(CCRP)の資格を取得。ゼファー動物病院での診療をリハビリ専門に切り替え、獣医師として新たな一歩を踏み出しました。そこでの勤務も続けながらさらに、2013年7月にリハビリ専門の動物病院を東高円寺にオープンしました。ちなみに日本で CCRP の資格を持つ獣医師は、現時点でも30人程度しかいないそうです。

「リハビリを専門に勉強するまでは、犬は手術をしたらその後は自然に治っていくというイメージを持っていましたし、骨折などでは犬を動かしてはいけないという処置を続けていました。けれども実際に治療をしてみると、犬はどうしても勝手に動くんです。動きたいから動いているのに、それを動かさないようにしなければならないというのは何かが変だなあと思いながら仕事を続けていました。けれどもリハビリを勉強して、そのモヤモヤが解消しましたね。動かしてはいけないところもあるけれど、動かしていいところもある。動かしてはいけない時期があり、動かさなければいけない時期がある。そういった見極めが大事だということがわかってきたんです。犬も人と同じで、鍼やマッサージなど何らかの手をくわえるといい形で治ってくれるケースがあると実感しています。」

テネシー大学のサイトに日本人の CCRP 資格取得者が載っています。愛犬のためにリハビリをと考えている方はお近くにリハビリ専門医がいるかどうかチェックしてみてもいいかもしれません。

本来のリハビリの意味と日本のリハビリを取り巻く現状

ここ近年、獣医療領域は細分化されてきており、広く浅くという一般診療から狭く深くという専門診療に重きをおきはじめる傾向にあるようです。人の医者がそうなのと同じく、獣医療でも専門化されてきている海外と同じ動きがここ日本でも見られるようになってきました。

「腫瘍科や循環器科など各専門科ではそれぞれの学会で認定医の資格をだしていますが、リハビリに関してはまだ新しい分野で、リハビリテーション学会は7年前にできたばかりです。しかし、動物のリハビリを教えられる人がほとんどいない状況のため、日本の獣医師が監修するリハビリ認定医の資格を取得できるコースは日本にはまだありません。将来的には学会から認定医の資格が出せるようにと動いているようですが、時期は未定です。」

獣医師のあいだでも新しく、これからの専門分野ともいえるリハビリなのですが、その一方で、獣医大学よりも早く専門学校がリハビリ学科を作ってしまったことに現在の日本のリハビリを取り巻く問題がみられるといいます。

「細かい話になってしまいますが、動物看護師そのものは国家資格ではなく法整備もされていない状態です。さらには2年制、3年制、4年制の専門学校、大学、大学院と制度がバラバラで格差ができてしまっています。日本の獣医師に対して日本の獣医師がリハビリ認定医の資格を出すことができない現状があり、さらには看護師制度も整っていない混沌とした状態なのです。獣医療従事者はもちろん、飼い主さんにも犬猫のリハビリという専門分野を正しく理解してもらうためには、何よりもまず、リハビリがわかる獣医師が増えていくことが先決だと思います。」

確かに、リハビリテーションという言葉は聞きなれたものですが、実際に自分に経験があったり身近にリハビリをしている人がいたりしないと、どのようなことをするものなのか正確にはわからないものだと思います。

「ですのでまず、リハビリテーションという大きな枠組みをしっかり理解していただきたいと思っています。一般的に、リハビリテーションとはなにかといわれると、プールに入れたりボールを使ったり、走ったりといった”運動をさせる”ことをイメージされるのはではないかと思います。このような運動療法や、レーザーやマッサージなどの物理療法などを行う理学療法が頭に浮かびやすいものでしょう。しかし本来のリハビリテーションという言葉は、”快適な生活に戻す”、”機能をもとに戻す”という意味を持っています。なにも体の機能に限ったことではないのです。」

たとえば人間の場合では、アルコール中毒や薬物中毒、PTSD の患者さんなど精神面に対してもリハビリを行っていることはみなさんもよくご存じのことと思います。

「リハビリテーションという言葉の概念が正しく理解されていないと、”リハビリ=動かすこと”となってしまい、動かすタイミングや程度を間違えて逆に体を壊していってしまうことが実際に起きています。正しい知識を持たずにリハビリを行うと、そういった事態が簡単に起こってしまい非常に危険なんですよ。犬が被害をうけていることに気づかないでいる状況があるという現実を、個人的にとても危惧しています。一方で飼い主さんからのニーズは増えていますから、そのためにもやはり、リハビリをきちんと理解している獣医師が増える必要性があることをひしひしと感じています。」

(本記事はdog actuallyにて2015年9月15日に初出したものを一部修正して公開しています)