呼び戻しとロングリード・トレーニング その1

文と写真:藤田りか子

犬と飼い主の息があっているか否かのバロメーターは、完全な呼び戻しができているか否かによると思う。おすわりができなくてもいい、伏せができなくてもいい。でもいざという時に呼び戻しができていりゃぁ、これ、愛犬と飼い主の関係としてラブラブ100点満点!そして、これぞ、我々飼い主が切磋琢磨して行きつくべき境地なのだ。「しつけとか特にしていない」、あるいは「トレーニングもしていない」、でも犬とコンタクトが取れている、を正当化したいのなら、まずはぜひ呼び戻しで確認されたい。

ただし、これが非常に難しい!誰もが完璧呼び戻しに到達できるわけではない。呼び戻しの易しさあるいは難しさは、もちろん犬種にもよる。そして個体の気質にもよる。だからといって、諦めては元も子もない。この境地に向かおうとする飼い主の意気込みこそが、大事だ。目的よりもその過程!呼び戻しを頑張ろうとするプロセスで、どんなに我々は愛犬と息を合わす、という「微妙なる」協調関係の真髄を学ぶことができるか、そして犬を理解すること、その心理を学ぶことにつながるか!

みなさんの呼び戻しの確実性はいかがだろうか?ちなみに、ここで意味している呼び戻しとは、「座れ→待て→来い!」というパターン化された一連の行動ではない、念のため。ドッグランに放した時、山や河原に放した時、通りの猫に興味を示し始めた時など、ここぞ、と戻って欲しい瞬間に犬はすぐ呼び戻しに答えてくれるだろうか?

子犬の頃に呼び戻しができたからといって、安心するのは早い。成長を追って、呼び戻し力は、難易度を取り混ぜながらアップデートする必要がある。何故なら大人になればなるほど、誘惑が多くなり、難しくなる。

さて、こんなことを言い出しながら実は自分でも非常に耳の痛いことを書き連ねているのだ。他でもない、私は青年ラッコの呼び戻しトレーニングのゼロからやり直しの途中である。ご存知の通り、我々はスウェーデンの森のど真ん中に住んでいる。周りには野生動物がうようよした環境だ(ちなみにこの間は家の100m裏にオオカミが出没した)。ちょいとゴミ捨てに出るときとか、庭の手入れをするときなど、うっかり気軽に犬をノーリードにして庭に放していたのが、問題の始まりだ。ラッコは、裏の森から漂うシカのにおいに魅せられ、あっという間にシカ追う楽しみを覚えてしまった。何しろ、こちらは視覚だけが頼り、たとえ近くにシカがやって来ても見えなければ予防することもできない。ラッコは鼻をふっと上に掲げたかと思うと、次の瞬間森の中に走り去り姿を消してしまった。この時ぐらい人間の無力さを感じる時はない。我々も犬ほど効く鼻を持っていれば、先回りしてシカを追いかけるという行動を阻止できたのに。

そして、学習理論をご存知の方なら、覚えがあるはず。「変動比率強化スケジュール (Variable Ratio Schedule)」。毎回ご褒美をもらえるのではなく、ランダムにご褒美がくる、そうパチンコやギャンブルみたいに、10回に一回とか、時には20回に一回とか、変則的にくるご褒美。これが、行動を強化するためには一番効果的。もっとも消去されにくいと言われている。ラッコのシカ追いはまさに変動比率強化スケジュールで強化された。時に私に阻止されるのだが、たまに私の「うっかり」のおかげで、見事に成功する。たった3、4度の成功歴なのだが、学習として根付くにはそれで十分であった。

北欧なら広々とした森でいくらでも犬を放して楽しめる、と日本の多くの愛犬家は憧れると思うのだが、事情はそれ程夢づくしでもない。3月から8月まで、犬を森に放してはいけない、という犬と猫に対する「管理法」がある。この期間、森で小鹿が生まれそして成長する。そんな時期に犬を放すと、犬は小鹿を見つけ追いかける、そのため子鹿は母鹿とはぐれるというリスクがある。というわけで、私は、リードなしに森を散歩することは絶対にできない。そして呼び戻しコマンドを聞かない犬にしてしまった以上、たとえ3月から8月以外の時期でもオフ・リードは無理….でも、これが一生続くのか、と思うとラッコが可哀そうだ…。そこで、私は犬の行動カウンセラーに相談して、どうやってシカ追いを食い止めるか相談することにした。

オフリードになると狩猟欲をギラギラ漲らせるラッコ。一旦においを取ると呼び戻しのコマンドは無視の境地へ…。

ラッコのシュリンク、というか、カウンセラーは地元の犬友達らに推薦してもらったアニカ・カールソンさん。私が住む県ではナンバーワンの犬行動カウンセラー。かつてはシェパードでIPOを競ったり捜索トレーニングをするなど、コテコテのワーキングドッグ・フリーク。でも、アルファ理論を決して信じない、あくまでも犬からの信頼と報酬ベースでトレーニングをする頼りになる先生である。アニカさんは、まずはラッコをフェンスで囲まれたドッグトレーニング用の敷地に放した。そして私に呼び戻しのコマンドを何度か出すように指示をした。が、呼び戻し毎にラッコは見事に戻ってくる。なんだ、これじゃ話にならないと思いきや、さすが先生だ。アニカさんはラッコの行動に騙されない。

「囲いがある敷地なら、号令を守る、というタイプね」

ならためしにと、森に連れ出しオフリードにした。とその途端。ラッコの態度は豹変した。私にほとんどコンタクトを取らず、もう森の中でにおいを探し始めている。慌てて先生はロングリードを彼に装着した。

「あらら、狩猟狂いね。こういう犬の場合、かえって狩猟欲を抑制してどうこうするのは、もう無理よ」

においを追いたい、というのは狩猟行為の一つだ。においを追うこと自体が犬にとってはご褒美となる。なのでたとえ制止に成功してご褒美を与えても、何も感謝しない状態になっている。

狩猟の楽しみを覚えてしまった犬をどんな風にしてトレーニングすべきなのか。アメリカならさしずめ、ショックカラーをつけなさい、と言われるのだろうか。しかしショックカラーはスウェーデンでは法律的に禁止である。

アニカさんとのセッションは全部で4回。月に一回会うことになっている。まだ2回目のセッションだが、道は長そうだ。続きは次回のブログにて!

(本記事はdog actuallyにて2015年7月15日に初出したものを一部修正して公開しています)

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