犬は本当に嫉妬する?

文:尾形聡子


[photo by smerikal] これは嫉妬?間違いやすいのが羨望。

犬は嫉妬するのか否か?と聞かれたら、皆さんどのように返事をしますか?

きっと多くの方が「うちの犬は嫉妬したことがある」「犬も人みたいに嫉妬するよ」と答えるのではないかと思います。飼い主からのこのような回答は巷に溢れているものの、犬の行動を擬人化しがちな飼い主によるバイアスの存在が考えられるため、残念ながら科学的なエビデンスとして使用できるとは限りません。はたして本当に犬には嫉妬心があるのかどうか?について調べる数々の研究が行われてきていますが、嫉妬のような行動を取るという多くの報告がある一方で、その逆を示す結果もあり、依然として犬に嫉妬する気持ちがあるのかどうかは研究界において定かではありません。

そもそも「嫉妬jealousy」とは、自分に愛情を向けてくれる人を所有し続けようとするときに起きる「誰かに奪われ失うかもしれない」という恐れを含んだ気持ちで、そこには、嫉妬をする当人、自分に愛情を向けてくれる人、その人を奪おうとする人の三者関係によって成り立つものです(「犬の競技会をめぐる嫉妬と羨望(1) 悪性の羨望にはご注意を!」より)。

これまでの研究から、犬は飼い主と絆を結び愛着関係を築くことができると言われています。人の養育者と子どもの関係と同様の関係性を飼い主と持てる犬にとって、自分に愛情を向けてくれる飼い主を奪おうとする第三者(別の犬または別の人)の存在は脅威になりかねず、人の子どもと同じように嫉妬の気持ちを抱いて行動することがある、そのように仮説を立てるのは自然な流れでもあります。なぜなら犬は人と社会的なコミュニケーションをとる能力を持ち、その文脈のなかで柔軟かつ多様な相互作用をはかれるとも考えられているからです。

犬の嫉妬行動としては、飼い主を押して注意喚起をする、間に割り入る、鼻を鳴らす、唸り声をあげる、吠える、相手の犬へ攻撃をするというような行動があると考えられています。これらの行動は、研究の中でも第三者によって飼い主との社会的関係を脅かされたとき、すなわちライバル登場により出現することが観察されています。

しかし、そのような嫉妬行動と考えられているものの中には、遊びたい、興味がある、食べ物を取られてしまう、恐怖があるというような感情が含まれている可能性があり、それらと嫉妬に起因する行動とを混同しているのではないかと考えたニュージーランドの研究者らは新たに実験を行い、2021年に論文を発表しています。

簡単に説明をすると、その研究では、飼い主が偽物の犬もしくはフリース製の円筒形のオブジェクトと相互作用をしている様子をリードにつながれた犬に見せ、飼い主の方へ向かおうとしてリードを引っ張る力に差があるかどうかを測定しました。その結果、飼い主が偽物の犬と相互作用したときのほうが円筒形のオブジェクトに比べて有意に強い力でリードを引っ張っていることがわかり、それは犬が嫉妬しているために起きた行動だと研究者らは結論しています(詳細は以下の日本語の記事をご覧ください)。

イヌは飼い主が自分以外と親しくすると「相手の姿が見えない状況」でも嫉妬する
イヌは古くから世界中で人間のパートナーとして愛されている動物であり、人間がイヌに親愛の情を示す一方でイヌも人間の飼い主を思いやる気持ちを持っていることがわかっています。ニュージーランドの研究チームが発表した新たな研究では、「イヌが飼い主に対して親愛の情だけでなく嫉妬の感情も抱く」ということが明らかとなりました。

今回は、人の親子関係に生ずる愛着機能のひとつでもある「安全基地(secure base effect)」が飼い主と犬の間にも存在していることを最初に突き止めた、オーストリアのウィーン獣医大学の研究者らによる犬の嫉妬についての最新の研究を紹介したいと思います。


[photo by Xtreme Xhibits]

嫉妬よりもむしろ…?

実験に参加したのは102頭のさまざまな犬種の家庭犬で、年齢は10ヶ月齢〜12歳、オスとメスが半々。研究者らは、①遠隔操作されたリアルな偽物の犬と飼い主の交流を見て、犬は本当に嫉妬を伴う反応を示すか、②むしろ偽物の犬に対する飼い主の反応に、自らの行動を同期させるのか、③第三者をあまり気にすることなく飼い主に直接反応を示すのか、を調べることを目的とし、4種類のテストを行いました。参加犬は各テストに約4分の1ずつ振り当てられ、テストは1回だけ行われました。さらに、犬の嫉妬に似た行動が日常観察されるかどうかについて、飼い主に短いアンケートを実施しました。

4パターンのテストは、飼い主または見知らぬ人が、偽物の犬に対して肯定的な交流をするか(あいさつをしたり撫でたりするなど)、あるいは中立的な交流をするか(耳や歯をチェックするなどの、獣医療的健康チェック)して相互作用をするものでした。その間、ポジティブな交流では人は偽犬に対して親しげに明るく話しかけ、獣医的チェックの交流では表情も声もニュートラルな状態で継続的に話しかけるようにし、その様子を実験室の離れたところに係留されている犬に見せました。


[photo from Animals Fig2] 人と偽犬との相互作用の様子。左がポジティブな交流(飼い主または見知らぬ実験者)、右がニュートラルな交流(飼い主または見知らぬ実験者)。偽物の犬はリモコンで動かすことができる車輪付きの台の上に乗っていました。

犬に実験室の環境に慣れてもらうため、飼い主と一緒に実験室に入ってからの4分間、フリーで実験を探索させました。自由探索後、犬は実験室の壁のフックに繋がれました。その後、実験室に偽物の犬が入ってきて(7秒間)、飼い主もしくは見知らぬ実験者と交流する様子を犬に見せ(10秒間)、引き続き人と偽物の犬が交流しているところに犬を解き放し、犬のリアクションを観察しました(3分間)。

まず、アンケート結果については、参加した飼い主102人のうちの70%(71名)が、普段から犬がほかの犬に対して嫉妬的な反応をしていると答えていました。嫉妬行動としては、飼い主とほかの犬との間に割り込む、ほかの犬に対して唸る、吠える、飛びかかる、咬みつこうとするなど攻撃的な反応や、飼い主の注意を引き戻そうとして飼い主を舐めたり飛びついたりする、ストレスからくる反応としてにおいを嗅ぐ、唇をなめる、あくびをするなどといった様子が挙げられていました。また、犬が嫉妬的な行動をする主な理由としては、飼い主が他の犬とあいさつをしたり遊んだり、褒めたりする、飼い主に他の犬が近づきすぎるときなどで、行動の発生場所は自宅や散歩中、どこでも発生するなどの回答がありました。

次に、4種類のテストを行った結果ですが、偽犬が実験室に入ってきたとき、犬は最初は否定的な不安反応や攻撃的反応または中立的な反応を示したものの、飼い主が偽犬に近づくとより肯定的な反応に変化していることがわかりました。その後、ポジティブな相互作用を開始したときにはよりいっそう肯定的な反応が示されました。そしてテストの最後のフェーズで解き放たれると、ほとんどの犬は人ではなくまずは偽犬に近づきました。そして見知らぬ実験者ではなく飼い主が偽犬に接しているとき、より多くの犬が偽犬に対して友好的な行動を示しました。ですがその一方で、見知らぬ実験者ではなく飼い主と偽犬との交流をより頻繁に妨げようともしていました。

また、嫉妬的行動はテスト全体のおよそ半分で見られたものの、アンケートで嫉妬行動があると回答した70%と比較すると低くなっていたことについて、研究者らは、本物の犬ではなく偽物であったがために嫉妬的感情を十分に誘発できなかった可能性と、飼い主が犬の行動を擬人化して捉えていた可能性とが考えられると言っています。このことから、嫉妬的行動を誘発する可能性を高めるためには、より自然な形での実験の組み立てと、犬の感情や行動表現に関する包括的な評価ができるよう、心拍やコルチゾールレベルの測定などの生理的なパラメータも必要だと考察しています。

研究者らは、飼い主と偽犬との相互作用に対して嫉妬をするという明確な証拠は得られなかったが、飼い主の他者への親しげな行動が犬において肯定的な行動をより促進させていたことに関して、犬は飼い主の行動を社会的参照し、同調させる傾向にあることが示されたと結論しています。


[photo by Tony Alter] お母さん、わたしわたし〜!

嫉妬と似た立場?罪悪感

今回の結果からは、犬の行動が嫉妬という感情によって動機づけされ、引き起こされたという証拠は示されませんでしたが、解き放たれたときには飼い主の様子を見て(社会的参照)、行動を同調する(行動同期)ことが支持されるものとなりました。社会的参照や行動同期は、3者関係を認識できるようになってはじめて得られる社会的認知能力で、人のみならず犬にも備わっていることがわかっています。

社会的参照(Social referencing)とは、見知らぬ物事に遭遇してその対応に迷ったとき、親やごく近しい人の表情や雰囲気などの感情情報を手がかりとして自分の取る行動を決める過程のことで、行動同期の一形態でもあります。犬が飼い主に感情情報を求め、それを行動に反映していることについては、以下の記事で詳しく紹介していますのでぜひご一読ください。

未知との遭遇!そのとき子犬は人からの情報を手掛かりにするか?(社会的参照)
文:尾形聡子 たとえば散歩中。道の向こうから小さな子どもと母親が近づいてくることがあります。まだ犬という生き物をあまり理解していない…【続きを読む】

そして行動同期(behavioral synchronization)とは、複数の個体が行動や身振りなどを同調させることで、特に社会的な生物種においては、社会的結束や愛着の増進に関連すると言われています。通常は同種内で観察されるものですが、犬においては飼い主だけでなく家族である子どもとも行動を同期することが示されています。詳しくは以下の記事をどうぞ。

人と行動を同期させる犬の能力〜子どもに対する場合は?
文:尾形聡子 子犬も赤ちゃんも成長していく中で、少しずつ社会的認知能力を発達させていきます。これまでの研究から、犬には指差しや視線の追従…【続きを読む】

個人的には、犬には嫉妬という感情があると感じたことがあります。ただし、研究者らも指摘していたように、人目線での擬人化的判断をしやすく、犬の嫉妬的な行動は単に自己主張したい、アテンションが欲しいということだったり、不安や恐怖に起因するものであったりする可能性もあり、必ずしも嫉妬的行動が嫉妬感情が原因になっているとは限らない点に注意が必要だと感じました。

群れの動物である犬は、第三者に嫉妬するよりむしろ、飼い主や家族を社会的参照し、積極的に行動を同調させるほうが、家族内での関係性の強化につながっていくため、ひいてはそれが犬にとってプラスに働くということを生得的に知っているところがあると考える方が、自然な流れで納得しやすいところがあるように思います。

ところで、犬に嫉妬心があると感じるのと、罪悪感があるというのは擬人化しがちなところとして似ているようにも思いました。罪悪感についても見解は分かれるところもあるかもしれませんが、2015年の研究によれば、どうやら犬には罪悪感はない可能性が高そうです。犬の表情や素振りから「ごめんなさい」と感じていると捉えてしまうのは、愛犬の可愛さあまってのことなのかもしれませんね。

【参考文献】

Pet dogs’ Behavioural Reaction to Their Caregiver’s Interactions with a Third Party: Join in or Interrupt? Animals (Basel) . 2022 Jun 18;12(12):1574.

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