コロラドへ…オオカミを学ぶ

文と写真:田島美和

もうかれこれ6年も前のこと。私はアメリカ、コロラド州にいた。デンバーから南へ車を走らせると、たちまち人工物がまばらになり、広大なプレーリーの大地が広がるその向こうにはロッキー山脈が見える。これだけ広い土地と広い空があると、誰が何をしようと、ある日突然どこの馬の骨ともわからない馬が庭に入ってこようと、とがめる者はいない。皆それぞれ好きなことを見つけ、好きなことをして暮らしている。

なぜ私はこんなところに来たのか

物心ついた時からオオカミという動物に興味があった。大学に入ってからは、日本にオオカミを再導入しようという考えについて、その答えを探すことに夢中になった。日本にもかつては北海道にエゾオオカミ、本州以南にニホンオオカミという2種類のオオカミがいた。どちらも日本人に絶滅させられてから100年以上経っている。彼らの主な獲物は日本の大型草食動物である、ニホンジカとイノシシだったと考えられている。これらの大型草食動物が今日では爆発的に増加しており、日本各地で生態系や農業に影響を及ぼしている。

日本でオオカミが絶滅してから、大型草食動物が急増し始めるまでに、40年以上ものタイムラグがあるため、科学的には大型草食動物の数をオオカミが制限していたとは証明されていないが、唯一の頂点捕食者を失ったことに相違ない。オオカミよりも、日本の大型草食動物の個体数を制限していたのは、人だった。しかし、日本の猟師もまた絶滅しつつある。さらに、温暖化によって積雪量が減少傾向にある今、これらの大型草食動物の生存率は向上し、生息域も拡大している。

このような状況の中で、オオカミを再導入しよう、と考えるのは当たり前なのかもしれない。でもそれが果たして正しいことなのか…この答えを探していく中で、行き着いた問題は、「オオカミという動物についての知識がない」というものであった。自分を含め、全ての日本人がオオカミという動物が何なのかを知らない。アニメや映画の中ではいつも悪役に抜擢されているが、果たしてそれは正しい姿なのだろうか。そこで私は、まずオオカミがどのような動物なのかを学ぶことにした。

オオカミの避難所、Mission: Wolf

アメリカにはいくつもオオカミを飼育している施設がある。研究・教育のためだったり、娯楽のためにオオカミと触れ合える施設だったりもするが、私がお世話になったNPO法人Mission: Wolf は一風変わった施設だった。

Mission: Wolfの創設者であるKent Weber氏は、1980年代から行き場を失ったオオカミを保護する活動を始めた。そして、これらのオオカミを用いて普及啓発活動を行ってきた。施設の運営は全て寄付金で成り立っており、スタッフも皆ボランティアだった。持続可能な環境にやさしい施設であることを目指し、電気はすべて太陽光発電、生ごみは堆肥にして畑に使い、車の燃料にはガソリンの他にバイオディーゼルを用いた。水の汲み上げに電気を使っていたため、曇りの日は水が使えなかったし、夜は極力明かりを消して過ごした。シャワーも一人当たり最多で週に一回と限られていた。

生活は決して楽ではなかったが、サボろうと思えばいくらでも楽はできた。でも、皆お金のためでもないのに一生懸命働いた。言葉ではなかなか言い表せられないが、そこには全てにおいて絶妙なバランスがあったように思う。使命と達成感、挑戦と成果…そしてそこで育まれた友情と絆は、私の人生の中で今でも特別なものだ。ボランティアの志願者は世界中から集まっていて、アメリカ、カナダ、イギリス、フランス、スペイン、オーストラリア、マレーシア…こんなコロラドのど田舎に多国籍な若者が集まるのは不思議な光景であった。

4月は雪が降ったり止んだり。この時期まだ来客が少ないが、夏に向けて準備を始めるために忙しくなる。

最寄りの村、ウエストクリフで私たちはwolf people と呼ばれていた。ウエストクリフは人口約600人未満の小さな村で、広い通りを挟んで身を寄せ合う平屋のお店は、まさに西部劇に出てくるカウボーイの村を思わせた。週に2回、この村へ食料の買い出しと、動物たちの餌の引き出し、保管に通っていた。動物たちの餌は、精肉店の裏にある巨大な冷凍庫に保管させてもらっていた。ついでに、2箇所ほどレストランを廻り、不要になった食用油をバイオディーゼルとして使用するために回収した。そしてそのバイオディーゼルで車を走らせ、また村に買い出しに行く。

最新のMission: Wolfに関する情報は、下記リンクを参照したい。

Mission:Wolf

次回に続く

文:田島美和 (たじま みわ)

オオカミのことが頭から離れなくなってかれこれ20年。日本では見られなくなってしまった、オオカミという動物の真の生態、そして人とオオカミの関係を探るべく、アメリカ、ヨーロッパ、インド、そして北欧へと飛び回る。現在は北欧のオオカミをテーマに修士論文を執筆中。

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