まさかの脱走ハプニングで経験!フィールド系たる犬の、人へのすばらしき協調性〜ゆる〜りスウェーデン紀行①

文:尾形聡子 写真:藤田りか子

ついに、スウェーデン訪問の念願が叶った。そう、犬曰くを共に運営している藤田りか子さんの暮らすスウェーデンを、ようやく訪れることができたのだ!

10年ぶりの海外旅行、そして人生初の一人トランジット。10年前とは国際航空事情もだいぶ変わっているかもしれない。はたしてスウェーデンにたどり着けるのだろうかと、不安を胸に日本を発ったのは梅雨明け直後、すでに激しい暑さになっていた6月末のことだった。

イスタンブールでの乗り換えを経て、無事にスウェーデンの空港に到着。到着客の出口に待機してくれていた藤田さんと愛犬アシカに迎えられ、長旅の緊張が一気にほぐれた。単なる観光旅行とはまったく違う安心感がそこにあった。藤田さんとの久方ぶりの再会をよろこび、初めて直接会うアシカと共に駐車場へと向かった。駐車場では藤田さんの愛犬、ラッコとミミチャンとも初顔合わせ。こんなにも知っているのに会うまでにこれほどまでに時間がかかった犬もそうそういないものだ。なんと感慨深かったことか!

さて、ハプニングが起きたのは3日目の朝のことだった。その前日、藤田さんのガンドッグのトレーニングにご一緒させてもらったのだが、そのときに1羽の「本物のカモ」を試し使いしていた。冷凍保存していたものの、賞味期限ならず使用期限的なものがあるそうで、犬たちがアクセスできないような山奥に捨てに行くという(そしてそのカモはキツネのご馳走となる)。朝の散歩が済んだ後、藤田さんとミミチャンは車に乗って出かけて行った。

藤田家には、ラッコ、アシカそして私が残った。散歩後の一休みと思って1階のテラスでゆるりとしていると(藤田家は森の中の一軒家!)ラッコとアシカが家の中を行ったりきたり。藤田さんたちが車で出かけたことを確認しに行ったのだろう。程なくして、ラッコとアシカの姿が目に飛び込んできた。なんと、裏口のドアを開けてしまったようで、藤田さんのあとを追おうとしていたのだ!

「ダメーーーー!!!」

大声で叫んだものの、ラッコは振り返りもせずに(むしろウキウキと)道路に出てしまい、アシカは私の声にただならぬものを感じたのかピタッと立ち止まって振り返った。森の中の一軒家とはいえ車は通る。しかも、野生動物のにおいに敏感に反応して追いかけてしまうラッコが脱走してしまったことに顔面蒼白となった。交通事故に遭ったらどうしよう、動物を夢中になって追いかけて迷ってしまったらどうしよう、オオカミと鉢合わせするなんてことが起きたらどうしよう…とパニックになりながら裏口の方へ向かった。

するとそこにはアシカが!なんと心強かったことか。犬散歩グッズが並ぶ中から慌ててリードを手に。道路の方へと走っていく間、アシカは鈍足の私のペースに合わせて隣を走ってくれた。が、途中でラッコが首輪をつけていないことに気がついた。ああ、1分1秒を争う事態だというのに、なんて馬鹿なんだろう。

半泣き状態になりながら裏口の方へ戻る間も、アシカは私のそばにピタッとついていてくれた。今度こそはと首輪とリードを両方持って再びラッコが逃走した方へ。その間もアシカは一瞬たりとも私から離れることはなかった。

裏口から道路へたどり着くまでは結構な距離がある。本当に広々とした一軒家で素晴らしいのだが、このときばかりはこの距離を疾走できない自分が恨めしかった。幸いにも道路にアクセスする場所にたどり着くやいなや、藤田さんとミミチャンが乗った車が帰ってきた。そして車の音を聞きつけたのか、逆方向からすぐにラッコも戻ってきた。安堵のため息が出た。

「ダメ」という日本語をアシカは理解していないだろう(藤田さんはトレーニングをスウェーデン語で行っている)。けれど、ただならぬ雰囲気を察知し、私が家のどこから出てくるのかを予測して戻ってきて、その後ずっと私の様子に合わせて動いてくれた。藤田家にお邪魔してからたかだか数日しか経っていない上に、私の方で「こうしてちょうだい」とお願いしたわけでもない。でもアシカは、「ダメ」という言葉を聞いた後、そのままラッコについて行かずに自分の意志で私をサポートする行動をとった。

アシカが戻ってきてくれ、そばについて動いてくれたことの安心感たるや、どれほどのものであったか…!

結果的に何事も起こらなかったから言えるのだが、この脱走事件のおかげで、アシカが持つ人への協調性を、身をもって知る貴重な経験をすることができた。

フィールド系の犬としての繁殖を受け、そしてそれを伸ばすべくして藤田さんとトレーニングを積み重ね、ハーモニックな暮らしをしてきたアシカ。落ち着いていて的確で、出過ぎることなく優しく共鳴してくれる。藤田さんのこれまでの記事を読んである程度わかっていたつもりだったが、これほどまでに素晴らしいとは!ある意味、アシカは人以上に人に寄り添う力を持っている、そう感じた一件でもあった。