文:尾形聡子
[Photo by Valeria Dubych on Unsplash ]
犬は平均寿命に大きく差がある動物です。純血種の飼育頭数が増えたこともあり、一般的に体の大きな犬の方が寿命が短く、小さい方が長いということはよく知られるようになりました。なぜ犬における寿命に差があるのかについてはわからないことが多く、その理由に迫るべく研究が続けられています。今年発表された研究では、体の大きさによる寿命の違いはエピジェネティクスという生命現象がその一端を担っていることが示唆されています。
体の大きさ以外としては、犬種も寿命に関係しています。犬種はその中で遺伝子プールが閉じているため、遺伝的に病気にかかりやすくなっていることが近年ずっと懸念されていますが、その代表ともいえるのがブルドッグなどの短頭種です。短頭種はその形態学的な側面からもさまざまな病気にかかりやすく、病気によって早くに命を落としたり、慢性疾患による生活の質の低下などを理由に安楽死が選ばれたり、はたまた、医療費がかさむことから手放されることになったりと、その福祉に関しては世界的に問題視されています。短頭種人気が上昇していることも、懸念を強める材料となっています。
もれなく日本でも小型の短頭種人気は続いていますが、海外、とくにヨーロッパと比較して短頭種の健康問題に注意が払われていないと感じます。しかし、日本の犬の平均寿命を調査した2018年に発表された研究では(以下ブログ参照)平均寿命が13.7歳だったのに対し、一番寿命が短かったのがフレンチ・ブルドッグで10.2歳、チワワが11.8歳、パグ12.8歳などとなっていました。日本においても、小型でありながらも短頭種の寿命がほかの犬種と比較すると短めであるという事実に、もう少し注視すべきではないかと思うところです。
また、上の記事では日本の状況と比較するために、イギリス初の2018年の研究も紹介しました。それから4年たった今年、イギリスの犬の平均余命(ある年齢の時点で何年生きられるかという期待値を算出したもの。0歳の時点での平均余命=平均寿命になります)を調査した新しい研究が発表されました。
寿命の長い犬、短い犬、統計学的な傾向はある?
研究者らは犬の疫学研究を行うために構築された世界最大級の獣医データベースのひとつ、「VetCompass™」のプログラムを利用しました。2016年の診療データ876,039頭のうち、2016年から2020年までの間に死亡した犬30,563頭の記録について、イギリスのケネルクラブによる犬種分類と雑種とに分類し、生命表*を作成しました。
*生命表:ある期間における死亡状況(年齢別死亡率)が今後変化しないと仮定したときに、各年齢の者が1年以内に死亡する確率や平均してあと何年生きられるかという期待値などを死亡率や平均余命などの指標(生命関数)によって表したもの。0歳の平均余命は「平均寿命」とされる。(厚生労働省ホームページより)
その結果、犬全体の平均寿命は11.23歳、メスは11.41歳でオスの11.07歳よりも4ヶ月ほど寿命が長いことが示されました。また、不妊化手術を受けた犬はオスメス共に、受けていない犬よりも9ヶ月から16ヶ月ほど長くなっていました。
ケネルクラブの犬種グループ分けによる比較では、出生時の平均余命が一番長かったのはテリアグループで12.03歳、ついでガンドッググループの11.67歳でした。もっとも短かったのがワーキング(使役犬)グループで9.14歳となっていました。ただし、以下の表を見ていただくとわかるように、0歳の時点での平均余命の比較パターンがその後も同じとは限りません。たとえばハウンドグループとトイグループの0歳時平均余命は同じでしたが、徐々にトイの方が余命が長くなることが示されています。
[image from Scientific Reports fig2] イギリスケネルクラブのグループ別に比較した平均余命の表。横軸が年齢、縦軸が余命を示す。
解析対象の過半数50.6%を占めていた18犬種と雑種の生命表にも大きく違いがあらわれてきました。出生児の平均余命が一番長かったのがジャック・ラッセル・テリアで12.72歳。ヨークシャー・テリア12.54歳、ボーダー・コリー12.10歳、スプリンガー・スパニエル11.92歳と続きました。
一方、もっとも平均余命が短かったのはフレンチ・ブルドッグで4.53歳でした。続いてイングリッシュ・ブルドッグが7.39歳、パグが7.65歳、アメリカン・ブルドッグ7.79歳、チワワ7.91歳と、すべてが短頭種でした(一覧を見るにはこちらをクリックしてください)。
ちなみに0歳時平均余命の一番長かったジャック・ラッセルの中でも最も長生きだったのが19歳。一方で一番短いフレンチ・ブルドッグの最も長生きだったのは11歳でした。
死亡確率については、ほとんどの犬種で1-2歳の時よりも0-1歳の時の方が低かったのですが、先程の余命の短い方からの短頭種5犬種とハスキーにおいては逆で、1-2歳の時の死亡確率の方がはるかに高いことが示されました。
研究者らは、今回の研究によって作られた生命表から読み取れることは、犬の健康と福祉の向上のために役立てられるとしています。さまざまな犬のそれぞれの年齢における余命をある程度正確に把握できるようになれば、たとえば、保護されている犬の譲渡の際などにも活かすことができるのではないかと研究者らは言っています。
[Photo by May Gauthier on Unsplash ]
短頭種にはもっと健康状態を重視した繁殖が必要なのでは?
寿命は犬種の健康上の問題を改善する上で必要な情報です。健康状態が悪ければ寿命が短くなる傾向があり、逆によければ長くなる傾向になることは容易に理解できること。人においても同様です。健康状態の改善は犬の福祉向上にも繋がります。
同じ犬種でも異なる集団にいればその寿命は異なってくることがあります。国が違えば〜ということです。遺伝的な影響ももちろんありますが、その国の生活習慣、住環境、獣医療環境など、さまざまな事柄が寿命に影響を及ぼします。たとえば、ラブラドール・レトリーバーの平均寿命は、日本では14.1歳、イギリスで11.8歳(今回の研究)、デンマークで10.5歳という報告があります。
このような寿命の違いは集団内の遺伝的差もさることながら、病気の老犬や先天性の病気を持つ犬などに対する対処方法(安楽死を選択するか)の国による違いが影響していることも考えられます。欧米に比べて安楽死の選択がされることの少ない日本においては、犬の寿命が全体的に長くなることは想像に難くありません。
けれども「傾向」として、犬種の寿命を知っておくことは、現在の飼い主にとっても、これから犬を迎える人にとっても大切なことの一つだと思います。なぜこの犬種の寿命は短いのか?という点において、体の大きさ以外に病気のかかりやすさなどをはかる指標にもなるためです。そもそも、楽しみにして飼い始めた犬が、あっという間に病気で亡くなってしまったら、それは悲しみ以外の何ものでもないのではないでしょうか。
0歳時余命が4.5歳と圧倒的に短かったフレンチ・ブルドッグ、そして短頭種の犬たちの健康状態は、これまでにいくつもの研究によって指摘され、警鐘が鳴らされ続けています。今回の研究で示されたこの余命の短さは、少なくとも健康上のリスクにさらされていることも原因となっているはずです。
性別や不妊化手術の有無よりも何よりも、犬種による寿命の長さの違い、とりわけ短頭種の犬たちの寿命の短さがあらわになった今回の研究は、正直、ここまでの状態になってしまっているのかとショックを隠しきれませんでした。冒頭に紹介した研究での日本のフレンチ・ブルドッグの寿命は10.2歳、今回のイギリスの研究での余命よりはだいぶ長いものの、それでも日本の犬種の中では一番短命でした。今現在の日本のフレンチ・ブルドッグの寿命はもっと短くなっている可能性も捨てきれません。
[photo from pixabay]
一方で、テリア犬種がグループとしても余命が長く、犬種別でも長寿1位、2位となっていたことに、何か健康のヒントが隠れているかもしれないとも考えられます。
犬たちの健康寿命が長くなるよう、このような研究をしっかり参考にして、繁殖の現場に活かしていってほしいと切に願います。
【参考文献】
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