文:尾形聡子
[photo by Frank Shepherd]
「kennel-dog syndrome」という言葉、みなさん聞いたことがありますか?
kennel-dog syndromeとは、犬が空間的および社会的な刺激が制限された環境で生活を送ることで、慢性的なストレスや異常な行動をみせるようになることをいいます。たとえば大規模商業ブリーディングにおいて、刺激が限られている状況での生育が犬の精神面や社会性の発達に影響を及ぼし、極端な恐怖などを示す異常な行動を見せることが報告されています。
その報告はアメリカのベスト・フレンズ・アニマル協会のFranklin D. McMillan氏によるものですが、彼の新しいレビューについては藤田りか子さんが『ビビリの犬は動物ウェルフェアに関わる問題です』のなかで紹介していますので詳しくはそちらをご覧ください。
さて、環境から受ける刺激などが限られている状況に置かれているのは、大規模商業ブリーディングにかかわる犬だけではありません。研究目的で飼育されている犬も同様です。一般的にそのような犬は人とのかかわりは食餌や掃除、研究においてのみなどというように制限されています。人との関係性だけでなく、研究にばらつきが出ないようなるべく遺伝的に(行動的に)均一になるように繁殖されているものです。
世界的に研究実験犬といえばビーグルがメジャーな犬種であることをご存じの方も多いことでしょう。ところでそのようなビーグルには、一般の家庭犬として生活をしている同じビーグルという犬種と行動に違いがみられるものなのでしょうか。同犬種であれば他犬種に比べて遺伝的に近いことは確実です。しかし研究犬と家庭犬の繁殖ラインは明らかに異なるため、それぞれの間にはなんらかの決定的な遺伝的相違が生じているかもしれません。たとえば同じラブラドール・レトリーバーという犬種でもショー系とフィールド系とでは明らかに違いがあるものです。
個体の性格や行動は遺伝と環境の両方が影響して形成されていきます。が、このような背景を受け、ハンガリーのエトベシュ大学の研究者らはビーグルという犬種において、生育・生活環境のまったく違う研究犬と家庭犬の行動の違い、そしてそれぞれの集団における遺伝的な違いを比較するというユニークな研究をおこないました。