ビビリの犬は動物ウェルフェアに関わる問題です

文と写真:藤田りか子

過度なビビリは心のハンディキャップ

“のんき者は長生きする”               〜シェークスピア〜

飛行機に乗っている間、私は結構ビクついている。離着陸も好きじゃない、機体が乱気流などで揺れるとすぐに心臓がドキドキしてしまう。いつか怖いことが起こるかもしれない。そんな恐怖を抱えながら数時間を過ごす。

いわゆる「ビビリ犬」の心の世界というのは、おそらくこれとほぼ良く似た状態ではないのか…「世の中が怖い、知らない人が怖い、聞きなれない音が怖い」。その怖さとは要するに何が起こるかわからないことに起因する。もし自分の命に関わることが起きたら…? ただし私の飛行機恐怖体験は数時間で終わるが、ビビリ犬の恐怖感というのはほぼ一生に渡って続く。これを考えると、ビビリ犬をこの世に送り出す、というのはその犬の犬生に精神的ハンディキャップを負わせているようなものなのかもしれない。

にも関わらず最近の日本におけるビビリ犬の多さ、というのは一つの家庭犬事情にすらなっている。安易に比べてはいけないのは承知だが、私が住んでいるスウェーデンの家庭犬と比較するとその差は歴然としすぎている。ビビリが多いというこの状況、動物ウェルフェアに関わる問題として、もっと深刻に捉えるべき時に来ていると思う。遺伝疾患を患い苦しみを持つ犬を作ってはいけない、というのは多くの人の知るところだろう。しかし精神的な辛さを持つというのも、身体的な痛さと同じぐらい動物にとっては大きなハンデだ。それは我々人間にとっても同様だ。

ビビるということは、精神的な苦痛をもたらすのみならず、結局は身体にも影響を及ぼす。それに関してはイタリアから興味深い研究が発表されている。シェルターで保護されている犬たちの中でも、ビビリ傾向の強い性格の犬ほどストレス過剰状態になり、その結果免疫力も弱まり病気になりやすいそうだ。一方で、神経の図太い犬ほど、環境の変化と上手に付き合うことができ、ストレスに潰されず健康に生きていけるということだ。

大規模商業的ブリーディングの功罪

ビビる犬というのは、先天的要因(遺伝)だけではない、後天的要因(胎児の環境、生まれ育った環境、経験)によっても作られる。ペットショップから子犬を購入することが多い日本の状況においては、おそらく後天性のビビリ犬がほとんどのケースなのかもしれない。ペットショップ出身の犬の臆病さ、問題行動については、欧米から報告がいくつか出されている。アメリカのユタ州にあるベスト・フレンズ・アニマル協会のFranklin D. McMillanは、これまで調査された7つの研究を元にレビュー論文を発表した。大規模な商業的ブリーディング(CBE、Commercial Breeding Establishmentの略)で生まれペットショップで売られる犬は、ホビー・ブリーダーの元など家庭環境で生まれ育った犬に比べ、問題行動や精神的不安定さを著しく発達させやすい。レビューをした7つの研究全てがこの結論を下していることで一致していたそうだ。知らない人、子供、他の犬、周りの環境をひどく怖がるのはCBE出身の犬にありがちな特質だ。

McMillanはアメリカのCBEの特徴を以下のように記している。

  • 大量の犬が限られたスペース(法律が定めるギリギリのスペース)で飼養されていること
  • 繁殖犬は、集団かあるいは独りで、ほとんどの犬生をケージか囲いの中で過ごす。
  • 飼われている犬は運動や遊びののためにその囲いやケージからほとんど出されることはない。おもちゃや環境エンリッチメントも与えられていない。
  • 人とのポジティブな交流はほとんどないか全くないに等しい、等。

もし日本のペットショップで売られている犬たちがアメリカのCBEと同じような、あるいはそれに近い境遇で繁殖をされている母犬から生まれて来たのであれば、彼らのビビリ気質はこれら繁殖環境に起因するとも言えるだろう。この状態で母犬の精神状態が良好であるはずはなく、当然ネガティブに胎児に影響を与える。精神的肉体的ストレスを持つ母体から生まれた動物は、適応性に欠いていたり、ストレスを感じやすいなど様々な精神的ハンディキャップを背負うことになるとも著者は述べている。

母犬の精神状態のみならず子犬が生まれ育つ環境がさらなる追い打ちをかける。社会化期の中でも最も大事な3〜8週の間、子犬は繁殖場で母犬と共にケージにいるか、ペットショップのショーウィンドウに陳列され大部分の時間を過ごす。兄弟犬と遊ぶ機会も与えられない。人と一緒に住むのに必要な環境的あるいは社会的刺激を受けることもない。そのため家庭犬として持つべき健全な適応能力を欠いたまま成長をしてゆくのだ。

良心的なブリーダーの元ですくすくと育つパピヨン・パピー達。常に人に触れられる機会が与えられ、ポジティブな体験と適度な刺激を得ながら子犬の脳は成長してゆく。エンリッチメントのために囲いの中にはおもちゃもある。

反対に良心的なホビー・ブリーダーの元で生まれた犬は、生まれたときから家庭で過ごす。ここですでに人と住むための環境馴致トレーニングが始まっている。母犬のみならず、人から愛情を持って優しく触れられたり、家庭の音を聞いたりにおいを嗅いだりと外界の刺激をポジティブに受け入れてゆく。ブリーダーによっては、すでに5週目頃からたくさんの環境エンリッチメントを子犬の住環境に取り入れる。飼い主に譲る直前には兄弟全員で車に乗せ、安心してもらいながら子犬に「乗車経験」させる人もいる。こんな風に適度に刺激を与えられることで、子犬の脳の中で新しい神経回路が発達してゆく。すなわち「脳育」が施される。適応性や強い好奇心は脳育の中で培われるものだ。好奇心というのは犬が人の環境の中で幸せに生きてゆくために必要な気質である。たとえ怖いことがあっても好奇心が旺盛であれば、恐怖感に打ち勝つことができるからだ。

先天的な臆病気質

ビビリ気質は遺伝性によることもある。たとえば犬種によっては臆病気質を持ちやすい犬がいるものだ。他国の状況は私は知らないのだが、スウェーデンではラフコリーの臆病気質が随分前から指摘されている。臆病なために攻撃的になったり、吠えやすいなど問題行動を持つコリーが多い。スウェーデン・ワーキングドッグ・クラブが行っている気質テストの結果でもそれは明らかだ。ラフコリー全体の特徴として恐怖心が高く、音に敏感(ガンシャイ)、そして好奇心がとても低い。56%もの犬が階段を上がるのを怖がるという。そのため「健全な気質コリー・プロジェクト」というものが2010年にスウェーデン・コリー・犬種クラブとスウェーデン農業科学大学によって立ち上げられ、コリーの気質と遺伝について研究が進められた。その4年後、プロジェクト・リーダーであるペール・アルベリウス農業博士は、怖がる気質は遺伝性であり、それゆえブリーディングによって臆病気質を変えることもできるとプロジェクトの結果をJounral of Animal Scienceに発表した。

このような研究が犬種クラブを通して行われたことに留意されたい。犬種クラブの会員はブリーダーや飼い主で成り立つ。研究が成り立った動機というものを考えると、そこには犬を世に送り出すと言うことに対する愛好家の思慮深いウェルフェアがあると思うのだ。臆病という気質は、飼い主の苦痛や社会にとっての迷惑だけにとどまらない。ビクつく、という心の状態を常に持たなければならない犬の精神衛生に関わることでもある。もし犬を意図的に繁殖するのが人間の都合であるなら、少なくとも身体的および気質の健全性には我々は責任感と倫理感を持たなければならない。ペットショップの犬達についても同様のことが言えるだろう。いや、果たしてペットショップの存在自体が、そもそもウェルフェアに沿ったものなのだろうか…。

【参考文献】

Bold personality makes domestic dogs entering a shelter less vulnerable to diseases
http://www.journalvetbehavior.com/article/S1558-7878(17)30010-2/abstract
Genetic analysis of a temperament test as a tool to select against everyday life fearfulness in Rough Collie. - PubMed - NCBI
J Anim Sci. 2014 Nov;92(11):4843-55. doi: 10.2527/jas.2014-8169. Epub 2014 Sep 24. Research Support, Non-U.S. Gov't

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