雑種は健康は過去の話?大規模遺伝子解析により明らかにされた遺伝病発症リスクの現状

文:尾形聡子

[photo by Michael]

“雑種の犬は病気になりにくい、純血種の犬は体が弱い”

犬に対するこのような印象は世界中で持たれてきているものです。野菜や家畜の世界では、雑種第一代が両親よりも病気や環境への耐性が高くなったり大きく成長したりする現象が広く知られていることも、そのような印象を強めていた理由にあるとも思います。

純血種の方が体が弱いという印象は、10年ほど前にイギリスのBBCが制作したドキュメンタリー『犬たちの悲鳴 ~ブリーディングが引き起こす遺伝病:Pedigreed Dogs Exposed』によって世間でより強められたともいえます。そしてこの番組を見て純血種における遺伝病の蔓延に驚いた方も多いのではないのでしょうか?しかし、科学の進歩により犬の遺伝病の原因が徐々に明らかにされてきていることから、純血種では近親交配をさけ、原因の分かっている病気の遺伝子を排除しようとする繁殖が行われるようにもなってきています。先日の藤田りか子さんの記事、『股関節形成不全のチェックとブリーダーそしてケネルクラブの役目』にも書かれていましたように、スウェーデンでは犬のデータベース管理がしっかりと確立され、ケネルクラブとブリーダー、そして飼い主が団結して犬種それぞれの健全性を高めようとする取り組みがなされています。

とはいえ、あらゆる国にそのような管理体制が浸透しているとは限らず、日本も例外ではありません。今現在も純血種においては犬種という閉じた遺伝子プールの中に存在する病気の遺伝子は数多く残されています。がしかし、『PLoS Genetics』に発表された新しい研究によれば、必ずしも雑種のほうが遺伝病になりにくいとは言い切れない状況になっているようです。

雑種強勢、ヘテローシスとは?

そもそもなぜ雑種強勢という現象が生ずるのでしょうか。雑種強勢はヘテローシス(heterosis)とも呼ばれ、異種交配した植物の第一代においてダーウィンが最初に気づいたものとされています。

個体は両親それぞれから遺伝子を受け継ぐため、通常同じ遺伝子を二つ持つことになります。そして各遺伝子のタイプの組み合わせが同じもの(ホモ接合:homozygous)になる場合と、違うもの(ヘテロ接合:heterozygous)になる場合とがでてきます。遺伝子のタイプが優性の場合、たとえば病気ならばホモ接合でもヘテロ接合でも発病しますが、劣性の形質ならばホモ接合しなければ病気になることはありません。

自然繁殖する生物では同じタイプの遺伝子が出会う(ホモ接合する)頻度はとても低いのですが、人為繁殖する生物の場合、そもそも遺伝子プールが閉じられているため、遺伝子検査などを導入しなければホモ接合しやすくなります。ホモ接合はその遺伝子の持つ特徴を強化したり固定したりすることができるのですが、劣性の遺伝病の発症リスクを高めます。

逆に、違うタイプの遺伝子の組み合わせ(ヘテロ接合)であれば、劣性の病気の発症率は低くなるばかりか、それぞれの遺伝子タイプの持つ特徴を兼ね備えることにもなます。さらには、さまざまなヘテロ接合の組み合わせを持つことになるため遺伝子の対応幅が広がり、環境の変化などへ順応していきやすいと考えられています。これは遺伝子という物質が命のカギを握る生物の持つ、生き残り対応のメカニズムのひとつであるともいえるでしょう。しかし、ヘテロ接合は犬種の形質の統一性を低める方に向かうものでもあります。

人の場合、昔はよく遠い血の人と結婚した方がいいというようなことをいわれてきたものです。それは、近隣の限られた集団の中にある遺伝子同士が出会えば、ホモ接合する確率が高くなり、劣性の形質や病気が出てきやすくなることを経験から知っていたからに他なりません。近縁者どうしの結婚が制限されているのもそのためです。

純血種より多い、病気遺伝子のキャリアの雑種犬

今回『PLoS Genetics』に発表された研究では、83,220頭の雑種、330犬種18,102頭の純血種、野生の犬105頭の合計101,427頭において、既知のメンデル遺伝病152種を対象とした大規模遺伝子解析が実施されました。フィンランドの犬の遺伝子検査機関『MY DOG DNA』を運営するGenoscoper Laboratories、アメリカで同じく犬の遺伝子検査を行う『WISDOM PANEL』のWisdom Health、そしてフィンランドのヘルシンキ大学との共同研究により行われたものです。

解析対象とされた遺伝病は、進行性網膜萎縮症(PRA)、高尿酸血症、コリー眼異常、MDR1遺伝子変異など多くは劣性遺伝する病気でした(対象疾患一覧はこちらのリンク先にあるS2 Tableのエクセルリストをご覧ください)。

解析の結果、152種の遺伝病のほとんどが、純血種、雑種の両方に共通して発症することが示されました。雑種に見られた遺伝病発症の遺伝子頻度トップ30が以下のリストになり、その隣に純血種におけるランクが記されています。リストには眼疾患、神経系疾患などが多くみられます。(サイト表示をしたい場合にはこちらからどうぞ。PLoS Genetics tabel 2

[image from PLoS Genetics tabel 2]

解析結果をまとめると、以下のことが示されました。

・雑種において:100頭中約2頭が遺伝病を発症するリスクがあり、100頭中約40頭が少なくとも1種の病気遺伝子のキャリアである

・純血種において:100頭中約5頭が遺伝病を発症するリスクがあり、100頭中28頭が少なくとも1種の病気遺伝子のキャリアである

・純血種は雑種に比べて7倍遺伝病を発症しやすい(純血種3.7%、雑種1.4%)

・両者に多くみられる9つの劣性遺伝病※において、雑種は純血種に比べて1.6倍キャリアが存在する(ヘテロ接合である)(純血種18.4%、雑種30.3%)

※9の劣性遺伝病:変成性脊髄症(DM)、進行性網膜萎縮症(prcd-PRA)、高尿酸血症(hyperuricosuria)、コリー眼異常(コリーアイ)、フォン・ウィルブランド病、運動誘発性虚脱(EIC)、MDR1遺伝子変異、原発性水晶体脱臼(PLL)、第Ⅶ因子欠乏症

これらより、犬種という壁をこえて遺伝病の発症原因となる遺伝子は広く存在していること、純血種より雑種の方が劣性の遺伝病を発症する可能性は低いもののキャリアの割合は高いということが示されました。冒頭にも書きましたが、スウェーデンで行われているような繁殖の取り組みにより、犬種に発症しやすい遺伝病をなくしていこうとする努力が重ねられてきた結果、純血種のキャリアの割合は雑種よりも低くなっていたものと考えられます。実際に、バセット・ハウンドのX連鎖重症複合免疫不全症やビーグルのピルビン酸キナーゼ欠損症などはブリードラインからは根絶されたといわれています。しかし雑種においてはその変異遺伝子がまだ存在していることが示されています。なぜなら雑種の場合には人の手によって制御されない繁殖が多く、意図的に病気の遺伝子を取り除きにくいためであるからともいえるでしょう。

ただし、雑種は純血種と違い、遺伝子プールが閉じていません(自力で移動できる範囲を考えればたとえ自由繁殖であっても限られた地域での集団はある意味遺伝子プールが閉じられていますが、ここでは犬種としての遺伝子プールという意味合いになります)。ですから、病気の原因となる変異遺伝子が出会う(ホモ接合する)確率は純血種のそれに比べればやはり低いかもしれません。しかし、今回の研究に限らず、2013年に発表されたアメリカのデータ解析においても、決して雑種が健康であるとは限らないという結果がでていますので、やはり、雑種であっても純血種と同じ遺伝病に罹る恐れがあるということは心に留めておくべきだと感じます。

[photo by smerikal]

愛犬の遺伝病リスクを知ろう

今回の研究を行ったフィンランドの Genoscoper Laboratoriesは、以前、『致命的な呼吸困難、ダルメシアンの急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の遺伝要因』で紹介した会社です。Genoscoper Laboratoriesでは、これまでの遺伝子解析データを元に『My Breed Data』というデータベースを作成しています。リンク先のページから、犬種で遺伝病検索をすることができ、また、病名を打ち込めば、その病気に罹りやすい犬種の一覧、キャリアや発症リスクの割合などを調べることができます。

一般の家庭で健康に暮らす愛犬に遺伝子検査をしてみようとはなかなか思わないことかもしれません。そもそもフィンランドやアメリカと日本とでは、雑種、純血種いずれにおいても病気遺伝子の保有率が違う可能性もあります。さらには雑種の犬の中に入っている純血種の犬の種類においても異なってくるでしょう。けれど、このようなデータベースを使い、どのような遺伝病があり、どのくらい発症しやすいものなのか、ということを知っておくことは、犬界全体の健全性の底上げにもつながっていくのではないかと思っています。

【参考文献】

Frequency and distribution of 152 genetic disease variants in over 100,000 mixed breed and purebred dogs. PLoS Genetics 14(4): e1007361. 2018

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