文:五十嵐廣幸
[Photo by Nima Sarram ]
犬との散歩途中。小さい女の子に声をかけられた。
「Excuse me Can I pet your dog ? (あのー、このわんちゃん撫でてもいいですか?)」
ちょっと自信なく、でも触りたいな…、そんな眼差し。横のお母さんは「please?と言うべきなのよ」と娘に教えている。犬は興奮もしてないし怖がってもいない。「ちょっと待ってね」と言ってリードを短く持ち直し、犬を自分の横に付かせる。
お母さんは娘に「この前教えたでしょ?やってごらん」と言った。小さな手でグーを作り、犬の鼻先にそれをそっと差し出した。犬はほんの少し挨拶程度に嗅ぐ。女の子はそれを確認してから、ゆっくりゆっくりと犬の頬から肩、胸や背中を撫でる。母親はじっと娘の動作を見守っている。
女の子は「お爺ちゃんも犬飼ってるのよ!」と教えてくれた。そして撫でたことに満足したのか「ありがとうね。バーイ」とお礼を言って去って行った。去りながら女の子は犬の毛の柔らかさをはしゃぎながらお母さんに話していた。彼女の嬉しい気持ちがこちらにも伝わってきた。イギリスに住んでいたときも、そしてここオーストラリアでもそうだが、多くの子供が犬の触り方をどこかで学んでいる。飼い主の許可なく急に犬の頭を撫でたりする子供は殆どいない。ちゃんと飼い主の了解を貰ってから触る。
犬を外に繋ぎ、カフェに入り持ち帰りのコーヒーを頼む。
外で子供が「わんちゃんに触りたい」と母親にせがんでいる声が聞こえた。保護施設出身の私の愛犬は大柄の女性と子供というペアをなぜか怖がるのだが、その母親がまさに大柄な女性であった。犬が消極的になっているのを彼女も察したのだろう。
「怖がってるからダメよ」
と母親は子供に伝え、そっとしておいてくれた。
撫でる許可を求めようと、飼い主の私がカフェから出てくるのを待つ子供もいる。犬の様子によっては、
「ごめんね。ナーバスになっているから触らないであげてね」
と言って丁重に断ることもある。触らせても平気かなと思った場合でも、その後犬が嬉しそうにしなければ
「やっぱり嫌みたい」
と言って中止してもらう。
[Image by Dmitriy Gutarev]
一方、大人はどうなのだろう?不思議なもので前出の子供のように「触ってもいい?」と聞く人は殆どいない。子供に触り方を教えているのに、子供が側にいないと飼い主の許可なく犬を撫でる人もいる。かと思えば散歩しているときにすれ違いざまに私の犬の頭をポンポンと軽く触る、カフェに座っているとき、私の横にいる犬と断りなく遊んだり写真を撮ったりする人もいる。こんな大人の様子を見ると、彼らには自分なりの「安全な犬」という基準があるように思える。しかしその物差しは本当に”安全”なのか?
飼い主ではない人間が、この犬は触っても大丈夫だろう、咬まれないだろうと思ってしまうポイントとは
- 毛がふさふさの犬や、可愛らしい模様をした犬は大丈夫
- 黒くて厳ついいかにも番犬のようなドーベルマンやシェパードは怖い
- 怒ってるようには見えないから平気
- 小さい犬だから大丈夫だろう
そんな事なのかもしれない。
犬の大きさや色、模様、また表情にかかわらず、触るのであればやはり飼い主の許可なり挨拶代わりの一言が必要だ。子供だけでなく大人も、手の匂いを嗅がせることなどから始め、安全への手順を踏むべきだ。そのプロセスは触る側の問題だけでなく、触られる犬や飼い主への配慮と礼儀とも言えよう。「犬を撫でてもいいですか?」その一言で犬も飼い主も「撫でる、撫でられる、または断る準備ができる」というものだ。
黒くて厳ついいかにも番犬のような犬には誰も自分から触りにはいかないはず。 [Image by Нина Игнатенко ]
私たち犬の飼い主にとって大事なのは、子供を残念がらせないために、不安定な犬を差し出すことではない。人間も犬も無事に過ごさせることだ。たとえ咬み付かなくとも、逆に犬が喜び、興奮してジャンプをしたら、小さい子供は怪我をするかもしれない。危険性が少しでもあれば「触らせない」という選択肢があるのは当然だ。人を傷つければ、犬もそして飼い主もなんらかの形で傷つく、みんな不幸になるのだ。
犬と過ごしていると様々な場面に出くわす。喜ばしいときもあればそうじゃないときもある。飼い主として、犬好きとして腑に落ちないこともあるだろう。それらの状況をどうやってマイナスに持っていかないかは飼い主のやり方次第かもしれない。犬も訓練次第で直せる動作もあるが、本能的、性格的なものは人間の理想通りにはいかない。
だからこそ私は犬の飼い主として、先ほどの話にいた母親のような存在でありたいと思う。子供がやりたいことへの責任を持ち、周りを観察し、相手に許可をとり、触れ方を教える。そしてなるべく安全な方法を選ぶ。
犬を飼わない人たちにもこの気持ちが届けばと思う。
文:五十嵐廣幸(いがらし ひろゆき)
オーストラリア在住ドッグライター。
メルボルンで「散歩をしながらのドッグトレーニング」を開催中。愛犬とSheep Herding ならぬDuck Herding(アヒル囲い)への挑戦を企んでいる。サザンオールスターズの大ファン。
ブログ;南半球 deシープドッグに育てるぞ
youtube;アリーちゃんねる