自分の性格をまげてまで犬を飼うことはなし

文:五十嵐廣幸


[photo from pixabay]

なぜ犬に痛みを与える人がいるのか?

2019年9月4日オーストラリア・ビクトリア州で男が犬を引きずりながら歩いている動画が拡散された。スタッフォードシャー・ブルテリアと思われるその犬は、左後ろ脚を怪我しているためか、歩くのが困難に見える。映像には歩みの遅い犬を怒鳴り散らして怯えさせ、叩いたりツバを吐きかけたりするなどして虐待する様子が映っていた。その映像はRSPCA(王立動物虐待防止協会)に届けられ、警察と合同でこの男の行方を追っている。

犬に痛みを与える飼い主の多くが、「これはしつけだ」とか「犬になめられないため、上位に立つため」という類の言い訳をする。しかし、自らの行動を肯定する前に適切なドッグスクールなどで十分な期間トレーニングを学んだのかと問いたくなる。怒鳴らないと犬が言うことを聞かないと嘆く前に、飼い主自身が犬のことを勉強しなければ、犬になにかを伝えることは難しい。しかし、犬を怒鳴ったり、叩いたりするような人の大半は「ドッグスクールなんて面倒だ」「犬のためにお金やせっかくの休みを使うなんて馬鹿げている」と思っているようにも感じる。

いわば虐待とも言える犬への行為を「しつけ」とすることで私が恐れているのは、その方法を見て育った子供が、「犬が言うこと を聞かなければ叩けば良い」と思い込んでしまうことだ。その子供が大人になっていつか犬を飼った時、同じように犬に虐待まがいのことを平気でしてしまう可能性があるのではないだろうか。犬に痛みを与えるドッグトレーナーから学ぶ生徒にも同じようなことが言える。そのトレーニング方法に疑問を持たなければ、飼い主はそのままそれを自身の犬に対して行うだろう。

咬傷事故を起こした犬や凶暴で家庭で飼うことができなくなった犬を咬まない犬にするために、痛みを与えて矯正する訓練士もいる。それらの行為を動物虐待と混同してはいけないが、私はそれがたとえ「犬の幸せのため」だと言われても、どうしても納得(もしくは賛成)できない。そもそも咬む犬にしてしまった原因は 、飼い主が犬の社会化を徹底的に行わなかったり、間違ったトレーニング方法を選んでいたり、いい加減な飼い方をしたことにある。痛みという罰を与えられる犬は、適切な飼養ができなかった飼い主のツケを払わされているのではないのか。訓練士等による犬に痛みを与える方法の賛否、その判断ももちろん大事であるが、それ以前に 、適切な飼養をしない飼い主のあり方や、犬を飼うことの本質を見直す必要がある。そうしなければ、いくら目の前の咬みつく犬が矯正されたとしても、違う誰かが同じような犬を作り出してしまうからだ。


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買うのは簡単、飼うのは大変

私は成犬の元保護犬を飼い犬として選んだ。一人暮らしであることや、仕事を長期間休めないことで、子犬が成長するまでの半年(もしくはそれ以上)の間、つきっきりで面倒を見ることができないと判断したからだ。 子犬にはパピースクールに通ったり、できるだけ多くの人と会わせたり 、自転車や電車、芝刈り機などといった様々な物や景色を見せたりという社会化が必要不可欠であるのは言うまでもない。子犬期という大事な時期に、留守番ばかりさせていては犬は健全に育たない。また成犬になってもパックアニマル(群れを作りながら生きる動物)である犬に長時間の留守番は不向きだ。ドイツでは4時間、スウェーデンでは6時間という超えてはならない犬の留守番限界時間が定められている。これから犬を飼おうとする人は、犬の留守番時間についても真剣に考慮されたい。

健康な犬であれば、 毎日散歩に連れていかなければならない。犬が病気になったり怪我をしたりすれば、高額な治療費を払わねばならない。犬を飼えば長期の旅行に行くことも容易ではなくなる。もし近所から犬の吠え声がうるさいと苦情がきたら郊外に引っ越す。老犬になればさらなるケアが必要だ。飼い主自身が死んだ場合を考えて犬を飼ってくれる人を事前に探しておくことも、犬を飼う上で視野にいれる必要がある。

犬を飼う人は愛情はもちろんのこと、犬とのより良い協調関係を築くために、適切なコミュニケーションを学び続け、多くの時間を惜しまず行動し続けなければ、飼い主自らの手で犬の幸せを奪ってしまう。

このようなことをイメージできないまま、いとも簡単に犬を飼うことに踏み切ってしまう人が多いのは遺憾である。

料理が得意、球技が苦手、高いところが怖いといったように、人には向き不向きがある。それは犬を飼うことにも当てはまる。「雨でも毎日1時間半の散歩に行きましょう」「犬に長時間の留守番をさせないで」「犬の社会化は大事です」と100万回言ったところで、それらをまったく気に留めない人の心には届かないままだろう。義務だからと仕方なくやり続けているとしても、その人は犬との暮らしをちっとも楽しいと思わないのではないだろうか ?

文:五十嵐廣幸(いがらし ひろゆき)
オーストラリア在住ドッグライター。
メルボルンで「散歩をしながらのドッグトレーニング」を開催中。愛犬とSheep Herding ならぬDuck Herding(アヒル囲い)への挑戦を企んでいる。サザンオールスターズの大ファン。
ブログ;南半球 deシープドッグに育てるぞ