犬の心理、「後ろに退がる」の美

文と写真:藤田りか子

Photo: The lost gallery

犬に好かれるには、ちょっとしたコツが必要だ。「愛さえあれば十分」というわけではない。特にそれが「人間目線」の愛であればなおさら。人は相手を抱きしめることで愛を表現するけれど、犬にとってはそれが甚だ迷惑なことも多い。上の写真の犬を参考にされたい。それほど嬉しそうに見えないのだが、皆さんはどう思われるだろうか。決して犬を感情だけで愛すことはできない。さらに知性も必要となる。

かといって、犬は全く人からかけ離れた感性を持っているわけでもない。暇すぎれば我々と同じようにストレスを感じるし、飽きるという感情もあれば、またやりがいや達成感の喜びというのも持っている。何をもって人目線で見ちゃいけないのか、あるいは人目線で見てもいいのか、残念ながらそれを判断するための方程式は存在しない。おまけに個犬差もある。

でも、方程式がないからこそ、犬との付き合いはワクワクに溢れている。我々犬の飼い主たるや、最近の学術報告から出ている事実や情報をせっせと集め、そして自分の犬ととことん付き合い、しっかり観察して、常に己の知識をアップデートする必要がある。

コミュニケーション力をアップ、後ろに退がる!

方程式はない、といったものの、基本的な考え方は存在する。特に犬の初心の方が知っておいたら得する「犬目線」に則った「付き合い方」ルール・ナンバーワンをここに一つ紹介しよう。

犬と付き合う時に大事なのは、どちらかというとこちらが逃げ腰になることである。これ、見落とされがちだ。「あなたのこと大好きよ〜」と寄っていくのも状況次第。でも向こうからやってきたら、「来ないでよ」と言わんばかりこちらが後退りするというのも、結構好かれるテクニックだ。それは逃げていくという我々の行為が犬の興味を惹くから。こんな風に相手の感情を動かすからこそ、そこにコミュニケーションが発生する。

例えば呼び戻しのトレーニング時。「こーい!」と叫んで、こっちへやってきたら、立ち止まってじ〜っと犬の一挙一動を見つめ待っているよりも、後退りする。なかなか来なければ「こーい!」を発した同時に、犬とは反対方向へ逃げ出すのもいい。犬は、そう、逃げていくものに惹かれる。そして自分に向かって来られることに、何かとプレッシャーを感じる。そのクセ、自分が食べ物を欲しい時は、うるさいぐらいに人につきまとう…。

散歩をしている時にだって、この「後退する」方程式は利用できる。犬が地面を一生懸命嗅いでいる時など、早くこちらに戻って一緒に歩いてもらいたいこともあるだろう。こういう場合は自分から犬のところにいって首輪を引っ張るよりも、名前を呼んで、同時に飼い主は後退りする。あるいはその場から逃げ出してみる(2〜5mでも十分)。するとちょっと待ってよ〜と犬が追ってくる。と、ここにも犬と人との無言のやり取りが成立し、お互いのコミュニケーション力はアップする(もちろん、匂いに夢中になってテコでも動かない時もあるけれど!)。後退りして犬が手元までやってきたら、トリーツをご褒美に与えてもよし。

呼び戻しだけじゃない。トリーツを与える際だって同じだ。

「お利口ね、はいトリーツ!」と口に向かって押し付けるよりも、トリーツを見せながら少し後退りしながら与えると、人に付いてくる、という行動を誘発しやすくなる。犬はよりトリーツを有難がって頂戴する次第となる。家で接している時、愛犬を相手にしたい時も、後ろへ退がりながら話しかけてみよう。犬がより生き生きするはずだ。

遊びをより面白くするためにも

犬と遊んでいる時は、そう、退がる、退がる、退がる!すると犬が楽しくハンドラーのところに近づいてくる!

犬と遊んでいる時ほど、「後ろへ退がる」美学が活きる機会もないだろう。遊びの本を著し日本でも有名になったイェシカ・オーベリーさんが飼い主と犬を実際に遊ばせて、遊び方をコーチする時。彼女が飼い主に口癖のように叫んでいたのは

「Back up! Back up!(後ろへさがって、さがって!)」

である。おもちゃでなかなか遊びたがらない犬に、飼い主が一生懸命になるあまりに、時におもちゃを見せながら向かっていってしまうのだ。そしてたとえくらいついても、すぐに口から出し、せっかくの遊びのモチベーションを失ってしまう。だから、イェシカさんは「後ろにさがって!」を繰り返した。犬が喰らいつきそうになったら、どうぞと口に向かって差し出すのではなく、少しじらせながら、後ろに下がる。そうすると犬にとっておもちゃはより「面白い」物体に変身し、それを追おうとする。

犬に投げたボールをこちらまで戻して欲しい時。まだレトリービングに慣れていない初心者犬と遊んでいるのなら、後退りしながら受け取るべし。間違ってもボールを持っている犬を追いかけてはならない。余計に反対方向に走り出してしまうだろう。犬は追いかけっこ遊びが大好きだ。だから「これは持ってこい遊びじゃなくて、追いかけっこ遊びなんだ!」とすぐ自分のいいように解釈してしまう(あるいは飼い主に取られるのではないかと恐れて逃げる)。

ありとあらゆるところで「後退り」のルールは利用できる。犬との付き合いに慣れている人は、これをもうほとんど無意識、自動的に行なっているものだ。あまりにも自動的なので、トレーナーですら、教えている飼い主にそれを指示するのを忘れていることもある。だから意外に見落とされている方程式なのだ。

ひとつ「後退り」が好ましくないという例外がある。怖い犬に追いかけられた場合。どうにも逃げ場がなく危機一髪!こんな時、逃げるよりも犬から目をそらし背を向けて立ち止まろう。逃げたら余計に犬は闘争心を燃やして追いかけてくる。この場合に限っては、犬に近づいて欲しくないわけだから。

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