テレビの犬番組の見かた

文:藤田りか子

【Photo by Rikako Fujita &  Peter Smithon 

プロの「コーチ」の手にかかれば、あっというまに愛犬が賢くなる…?犬のしつけに関するTV番組が、欧米では大人気だが、果たして犬と向き合うための「現実的な」姿勢というのは、大衆に伝わっているのだろうか。

愛犬人気は今や先進諸国の国際的トレンドであり、私の住む国スウェーデンも例外ではない。にわかに犬に関するテレビ番組が、最近増えた。その中でもリアリティ番組が圧倒的。たとえば問題犬を持つ飼い主の元に、カリスマ・ドッグ・トレーナーが訪れ、次々と問題を解決してゆく。あるいは、犬を欲しがっている家族が、さまざまな犬(里親募集中の成犬)を試して最後にぴったりの犬を探す、というものだ。

いずれの番組も大衆には受けた。しかし一方で犬の専門家や訓練者あるいは筋金入り「犬好き」の間では、これら犬モノ・テレビ番組が必ずしもポジティブに受け入れられていないのも実状だ。番組が放映されるやいなや、翌日のFBでは批判の嵐。テレビ局には投書が殺到した。動物愛護団体ならず獣医師会を巻き込んでの抗議、大ディベートとなることもある。

大衆向けの犬番組がどこまで人々に正しき「犬の見方」「犬との接し方」「犬に対する知識」に導いてくれるのか、できるなら少し批判的な目で見ておいた方がよさそうなのは、スウェーデンのみならず、日本でも同様かもしれない。

【Photo by David Porter

数年前の話だが、スウェーデンではカリスマ的ともいえる人気ドッグトレーナーのEさんが、スウェーデンのNHKにあたる国営放送の、とある犬番組にしばらく問題犬行動の「コーチ」として出演していた。週一回の連続シリーズである。しかし、そのうち制作者の意図と折り合わず、彼女は降板したいと言い出した。

「制作者は、私がコーチをしたらあっと言う間に『これで問題行動はすっかり解決!』というようなシナリオで、番組を作りたがる。彼らの意図としては、すべてハッピーエンドにしたいのですね。確かに、ある犬については、短期間で問題行動を直せるでしょう」

それももちろんプロのトレーナーの手にかかればこそである。

「…しかし一番の問題は、犬の問題行動を直す、という時間のかかる大仕事が、テレビではいとも簡単にやってのけられ、それがすなわち大衆に間違った概念を植え付けかねないのです」

と、トレーナーとして真面目なEさんは懸念した。

「犬を飼う、犬の心理と取り組む、という大事な作業を、そんなに気軽に考えて欲しくない」

犬の訓練に、決して「魔法」や「奇跡」はない。もし問題行動をもっている犬がいれば、どうして問題行動を見せるのか、の根本の部分から探ってゆかなければならない。たとえば、攻撃行動が他の犬に対する恐怖によるものであれば、他の犬に対して信頼できるよう、細かに社会化訓練からはじめなければならない。

恐怖心を払拭するのは、訓練者側からすればそれこそ地道で忍耐の必要な作業であり、また犬からすれば、決して一夜にして簡単に克服できるものではない。人間の場合を考えてみるといいだろう。何かの恐怖症を持っているとする。カウンセリングにかかりさえすれば、それは一週間以内に直せるものだろうか?車の部品を取り替えるのではない。犬や人間の感じる気持ちとは、連想、学習、習慣、そしてその個人、個体が持つ性質気質が、複雑にかかわりあった、その結果である。

【Photo by Chuan Chew

テレビのショーを信じて、自分が問題犬にでくわしたとき。あのときの簡易さを期待して行動治療をしたとしたら?成果がでないことに苛立ちを感じて、もしかして簡単に治療をギブアップしてしまうかもしれない。カリスマ・トレーナーが「あっという間」のパフォーマンスを見せるよりも、むしろ普通の人がカウンセリングに通いながら、少しづつ自分も、そして犬をも良くしていくか、それを一年もののプロセスとして見せるリアリティ・ショーの方が、犬を真剣に飼おうとしている我々にとってはよほどためになりそうだ。が、その「のろさ」では、TVショーとしては成り立たない。次の週に見ても、成果がすぐに現れてこない番組に、誰が興味を示すだろう。

欲しいものがあれば、コンビニに走って買える便利さ、わからない言葉があれば即Googleで検索。残念ながら、生き物を扱うときは、この便利さ、簡単さ、迅速さ、というのをあまり適用したり期待しないほうがいい。それはブリーディング(繁殖)においても同様である。生き物というのは、少しづつ改良されてゆく。無理を通そうとすれば、遺伝病でつらい思いをする犬種を作ってしまうのが関の山だ。

テレビにおける犬番組はあくまでも、楽しいショーとして観たい。しかし、実際に犬と接するときはもっと現実的にそして「地道」に物事を考えた方がよさそうだ。

(本記事はdog actuallyにて2011年9月28日に初出したものを一部修正して公開しています)