文:尾形聡子

[photo by Miho Nagasawa] 永澤先生の現在の愛犬、左からカルル、ニコ、リータ。
暑い暑い夏。愛犬と一緒に何かをしようとしても、もはや、屋外で活動するには身体的な危険を伴う気温が続いています。もちろん、お住まいの地域にもよりますが、日本の夏は犬にとっても人にとっても熱中症と隣り合わせといっても過言ではないでしょう。そんな季節だからこそ!愛犬への理解を深めるためにも、意識的に読書に時間を使ってみてはいかがでしょうか?読書の秋とは言いますが、犬の飼い主さんにとって意外に時間がつくれるのは真夏なのかもしれないと思ったからです。
秋の夜長ならず、真夏のお昼間にぜひとも読んでいただきたい本をこちらに紹介します。麻布大学獣医学部介在動物学研究室の永澤美保教授の新書「なぜイヌとヒトは特別に仲が良いのか」です。
永澤先生は、人と犬はなぜ特別な絆を結ぶことができるのか、生理学的なメカニズムや犬の社会的認知能力の発達など、行動学、遺伝学、進化学などさまざまな視点から「なぜ?」の問いに切り込み、麻布大学の菊水健史教授とともに長年研究を続けられています。
これまで、世界的に影響をもたらした研究をたくさん発表されているのですが、中でも大きな功績のひとつが、2015年に科学誌サイエンスに発表された「Oxytocin-gaze positive loop and the coevolution of human-dog bonds」というタイトルの論文です。永澤先生が筆頭著書であるこちらの論文では、犬曰くの読者の皆さんにはお馴染み、オキシトシンが、人と犬の関係構築にどのように働いているのかを調べた研究になります。

「なぜイヌとヒトは特別に仲が良いのか」は以下の5章から構成されていて、サイエンス誌に掲載された論文についても少し触れられていましたが、ある意味それは永澤先生が続けてこられた研究の通過点にすぎないものであり、いまだ解けない問いに対して少しずつ、一歩ずつ紐解く研究を現在進行形で続けられていることがわかります。
【目次】
はじめに なぜイヌとヒトは特別に仲が良いのか
第一章 イヌとヒトの関係を考える方法
第二章 イヌとヒトを結びつけるものとは?──メカニズム
第三章 イヌとヒトの関係はいつから始まったの?──進化
第四章 イヌはどんな環境で育つのが良い?──発達
第五章 イヌとヒトはどうして一緒に暮らしているの?──機能
全編を通じて感じたのが、永澤先生の優しさと細やかな人柄に、研究に対する実直さです。ほんのわずかな違和感を見過ごさず、問い続ける姿勢こそ、先生の研究の礎となっていたのでしょう。生物学には「ティンバーゲンの四つの問い」と呼ばれる、生き物を理解するための有名な考え方があります。永澤先生はその四つの問いについて、第一章の冒頭で紹介しています。さらに、「いつもそこに犬がいた」という幼少期を経て、犬とともに続けてこられた研究者生活であったからこそ「見え、感じる」ことを、見逃さずに丁寧に拾ってこられたのだと思います。

本に登場する、たくさんの犬たち!
この本の魅力は、「犬と人の特別な絆」について現在わかっていることを紹介するだけではなく、そこへたどり着くまでに、研究者たちがどのような問いを立て、どのように少しずつ答えを積み重ねてきたのか、その流れがとてもわかりやすく書かれていることです。一般的なニュースなどだけでは「その時点でのその研究」についての紹介はあるものの、長年にわたっての研究の流れまでを理解することはできません。しかし、どのような研究が行われてきたのか、という研究の流れを知ることができれば、一つのニュースを見たときに、それに対する理解はより深まると思います。犬曰くで私が書いている研究関連記事をより深く理解していただくためにも、ぜひ永澤先生の著書を手にとっていただけると嬉しいです。そこから、研究結果がわかることと、研究がどのようにして進められてきたのかを知ることとの違いも感じていただけると思います。
本書を読んであらためて感じたのは、犬の認知研究は「犬に何ができるのか」を調べる時代から、「犬はなぜ人とこのような関係を築いてきたのか」を探る時代へと少しずつ視点が広げられてきているということでした。
私自身、最後の章を読みながら、「犬を見る」ということの意味を考えさせられました。永澤先生は、犬という動物を一元的ではなく多元的に理解しようとされていて、犬をじっくり観察し続けることで、犬がそれぞれにもつ個性や関係性の移り変わり、さらには環境の変化に応じた柔軟な対応を丁寧に客観的に把握されていました。そこに、永澤先生の研究者としての姿勢がよく伝わってきました。
引用させていただきたいところは多々あるのですが、それは読んでのお楽しみということで、最後にひとつだけ、少し長めですが、本文から引用させていただきたいと思います。
なぜイヌとヒトは一緒に暮らしているのでしょうか。
イヌがヒトに従うのは、能力が低いからでも、単に従順だからでもありません。それは、異なる種と衝突を避け、関係を維持するために獲得された、高度な社会的戦略の一つと考えることができます。
そして、イヌとヒトの共生とは、あらかじめ完成された固定的な関係ではなく、時代や環境、社会のあり方に応じて、常に揺れ動き、調整され続けてきたダイナミックなプロセスでもあります。この視点を欠いたままでは、イヌ研究は、ヒトに似た能力を持つ「亜流のヒト」を探すことに終始してしまうでしょう。
実は、かれこれ20年ほど前の2008年、永澤先生にインタビューをさせていただいたことがありました。ライター駆け出しの頃の私に対しても、とても丁寧にお話ししてくださったことを今でもよく覚えています。

2008年にインタビューさせていただいたときの永澤先生と、愛犬のフックとチャーリー。
そして、そのインタビューから20年ほど経ち、永澤先生が積み重ねてこられた研究の数々を拝見し、一冊の本として出版なさったことに、私自身も強い喜びのような感情を抱かずにはいられませんでした。
犬に対する自然に湧き出てくる尽きない興味を抱きつづけておられる、永澤先生のこれからの研究もますます楽しみになりました。皆さんもぜひ、暑い暑い夏の間にこの本を手に取り、犬に対する理解をより深めていただけると嬉しいです。
>アマゾンでのご購入はこちらから!
https://amzn.to/3RBOw9Z

