文と写真:アルシャー京子
この数年アメリカ・カナダ系ドッグフードのリコールが続き、飼い主の間でドッグフードへの不信感が募っている。
これが手作り食ブームを引き起こした一因であるのと同時に、フードメーカーの大小に関わらず中国産の原料を使っていたものの他、病原菌や農薬の混入など、いずれも商品パッケージからは見て取れない品質への疑問が大きく浮き彫りにされた。
消費者側は何を基準にフード選びをしたら良いのか分からなくなり「フードジプシー」という現象を生み出した。
それもこれもドッグフードが飼い主にとって実に簡単便利な代物であるのが一番の原因かもしれない。
ドッグフードならば手作り食のように食材の組み合わせなんて考えなくても良いし、いちいち細かく切って調理する必要もなく、保管にも困らない。メシ時には袋から取り出してサーブするだけなので、旅先にでも簡単にもってゆけるし、他所に犬を預けるときにも袋ごと渡せば良い。
いろんな手間が省けてある程度の栄養が摂れるのなら、それを選んでしまうのがヒトというものだろう。気持ちは良く分かる。そりゃあそうだ、ドッグフードはその「簡便性」に商品価値を見出し開発されてきたのだから。
昔の犬は何を食べていた?
ドッグフードが出現する以前の犬達は一体何を食べていたのか?これは犬の食餌を考える際に最も重要なこと。犬が家畜化する前のオオカミでは捕らえた獲物を丸ごと、骨や毛皮、胃腸に残っている内容物までをも平らげていた。しかし犬はヒトと暮らし始めて久しい。犬がオオカミから離れてヒトと共生を始め、独自の発展を歩み始めたのが紀元前3000年から6000年、その後ヒトが原始時代に終わりを告げ、それ以来犬の食餌はヒトの食事と深い関係にある。
だから私は犬の食餌について考えるとき、常に犬の原産国の食文化について考える。
犬がヒトと共生を始めたその時から近代まで、食卓に登るメニューは世界中で異なり、そしてそのグローバルな献立の脇に犬はいた。
大別すれば、犬種が作り出された背景が、ヨーロッパ原産の犬達ではヨーロッパの食文化の影響下にあり、アジア原産の犬達はアジアの食文化の影響下にある。
例えば日本が原産の柴犬などは、歴史的に見て日本食が合っているうえ、魚食文化を肉に切り替えると脳内の DHA が不足し、晩年になって痴呆症状が現れるとも言われている。
17-18世紀イタリアの画家ジョバンニ・バッティスタ・ピアッツエッタによる「女の子の付き添いで犬にエサをやる少年」[Photo from zeno.org]
犬がまだ外で飼われ、自由に動き回れる時代には、犬達は時折自分たちで小動物を狩って食べることもあり、必ずしもすべての食餌をヒトに委ねるほどではなかった。それが中世~近代になってヒトは家の周りに囲いをし、犬達の自由は徐々に奪われて行き、犬達の食餌はすべてヒトから与えられることになった。
中世の肉食文化圏で生まれた優秀な猟犬は肉が中心の食餌であったのに比べ、都市部の貧困な労働層に飼われていた犬は小麦などの穀類を中心とした貧相なものであった。農家の荷車犬ではそれよりも少々マシであったそうだが、それでもメインのパンやジャガイモに小さな肉が添えてある程度。
17世紀のフランス貴族階級の犬ではもちろんもっと気前よく、ローストダックやコンソメ、ケーキにキャンディにナッツ、果物などなど、当時の労働者層にとってみればまさに「お犬様」の扱い。犬の食餌メニューは実に飼い主の職業や収入によって大きく異なっていたのだ。
アジアでは昔の中国宮廷で飼われていたペキニーズのように、フカヒレを与えられていたなんてごく一部の例外があるほか、多くの場合は犬用の特別な素材なんてわざわざ買う事もなく家族と食材を分け合っていた。
さて、綱吉の時代はどうだったのか気になるところだが、愛犬のルーツを知るのは健康づくりの一環としておもしろい。想像力を充分に発揮したいものだ。
(本記事はdog actuallyにて2008年11月11日に初出したものをそのまま公開しています)
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