文:尾形聡子

[Illustration by ChatGPT(AI生成)]
犬が生まれてから、そのあとの長い時間
犬は、少なくとも約1万5000年前にオオカミの祖先集団から家畜化されたと考えられています。
しかし、犬が誕生したからといって、現在のような人と犬の関係がすぐにできあがったわけではありません。人のそばで暮らし、さまざまな仕事を担うようになった犬がいる一方で、地域によっては野生のオオカミもすぐ近くに生きていました。
犬がいつ、どこで、どのように誕生したのかについては、今も議論が続けられていますが、それとは別に気になることがあります。犬が生まれてから、現在のような人と犬の世界に至るまでの、途方もなく長い時間についてです。人々はその間、犬やオオカミとどのように関わっていたのでしょうか。
2025年、アメリカの学術誌「PNAS(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)」に、その空白の一部をのぞかせてくれるような研究が発表されました。その研究で調査されたのは、北欧バルト海に浮かぶ小さな島から見つかった、約3000〜5000年前の2頭のイヌ科動物です。
DNAを調べたところ、2頭は犬ではありませんでした。犬とオオカミの交雑個体でもなく、遺伝子的にはオオカミとみられる動物でした。ところが、その骨が見つかった場所や食べていたもの、体の大きさ、遺伝的な特徴を合わせて考えると、このオオカミたちは野生のオオカミ集団の中から偶然に海を渡って島に上陸したのではなく、人によって連れてこられ、何らかの形で人の管理下に置かれていたのではないかと研究者らは考えています。
約3000〜5000年前は、犬はすでに人と暮らしていた時代です。それでも人は、犬ではないオオカミとも暮らしていたのでしょうか。
新石器時代から青銅器時代へ
2頭の骨が発掘されたのは、スウェーデン本土から東へ約80キロ、バルト海に浮かぶストーラ・カールスオ島(Stora Karlsö)にあるストーラ・フォルヴァル洞窟(Stora Förvar cave)です。
島の面積は約2.5平方キロメートル。すぐ隣には、大きなゴットランド島(Gotland)があります。ストーラ・カールスオ島には隣のゴットランド島と同様、固有の陸生哺乳類が存在しておらず、そこで見つかる動物は、人が島へ持ち込んだものと考えられています。

ストーラ・カールスオ島はスウェーデン本土から東へ約80km、ゴットランド島の西に位置する。面積は約2.5平方キロメートルの小さな島。

[photo from wikimedia] ストーラ・カールスオ島の全体像。
発掘された2頭のうち、古い個体は約4800〜4600年前、新しい個体は約3300〜3100年前のものでした。年代を西暦以前で示すと、それぞれおよそ紀元前2860〜2640年、紀元前1360〜1140年にあたります。興味深いのは、この2頭のタイプのオオカミが少なくとも1000年以上の時を隔てて生きていたことです。
2頭が生きていたと考えられる時代は、日本では縄文時代の後半から終わりあたりになります。ヨーロッパでは、地域によって新石器時代から青銅器時代へと移り変わっていくころで、農耕や牧畜が広がり、家畜を飼い、金属器を使う社会が各地で形成されつつありました。もちろん犬も、すでに長いあいだ人とともに暮らしていました。
それだけに、この島から見つかった動物が「犬ではなくオオカミだった」という結果は、研究者たちにとっても意外なものだったのです。
なぜ「人と暮らしたオオカミ」と考えられたのか
では、研究者たちはなぜ、この2頭を「人の管理下にあったオオカミ」と考えたのでしょうか。
理由は一つではありません。まず注目されたのは、発見場所です。2頭の骨が見つかったストーラ・フォルヴァル洞窟は、当時の人々が暮らした痕跡を数多く残す遺跡として知られています。人が食べた魚やアザラシ、海鳥などの骨も見つかっており、人の生活と深く関わった場所だったことがわかっています。
さらに重要なのが、島という環境です。ストーラ・カールスオ島はスウェーデン本土から約80キロ離れた小さな島で、もともと大型の陸生哺乳類が自然に定着する環境ではありません。研究者らは、発見されたオオカミが海を泳いでこの島へ渡ってきたとは考えにくく、人が島へ運んだと考える方が自然だとしています。
それだけではありません。骨に残された炭素や窒素の安定同位体を調べると(骨に含まれる元素の割合から、どのような食べ物を食べていたかを推定する方法)、この2頭は海産物を多く含む食事をしていたことがわかりました。魚やアザラシなど、人々が利用していた海の食料資源を口にしていたと考えられます。もし完全な野生のオオカミであれば、このような食生活になるとは考えにくく、人の暮らしと何らかの形で関わっていたことをうかがわせます。
また、発見されたオオカミは、同時代のヨーロッパ大陸に生息していたオオカミよりも体がやや小さいこともわかりました。島という限られた環境では、大陸から隔離された動物の体の大きさが変化する「島嶼化(とうしょか)」と呼ばれる現象が起きることが知られています。そのため、今回のオオカミの小型化から、島という環境で小さな集団として暮らしていた可能性が考えられます。
遺伝子解析からは、この2頭が互いに約1000年以上隔てた時代に生きていたにもかかわらず、どちらも遺伝的多様性が低いことがわかりました。このことは、小さな集団の中で繁殖が続いていた可能性があることから生ずるという点で一致しています。
2頭のうちの片方には後ろ脚の骨に損傷の跡があったことも確認されました。そのような状態で長く生きられたのは、人の管理下にあったという見方と矛盾しません。
まとめると、
- 人が生活していた遺跡から見つかったこと
- 自力で泳いでは到達しにくい島であること
- 人と同じような海産物を食べていたこと
- ヨーロッパ大陸のオオカミより体が小さいこと
- 小さな集団を思わせる遺伝的特徴が見られること
- 怪我をした個体が長く生きていたこと
といった証拠を一つずつ重ねていくことで、「このオオカミたちは、人の管理下で暮らしていたのではないか」という解釈ができると研究者らは考えたのです。ただし、これだけでは、人がオオカミを飼っていたことの証明である、とは述べていません。
今回の研究の面白さは、DNA解析だけで結論を出したのではなく、考古学や生態学、安定同位体分析など、さまざまな証拠を組み合わせながら、一つの解釈を組み立てていったところにあると感じます。

[photo from wikimedia] ストーラ・カールスオ島にあるストーラ・フォルヴァル洞窟から、バルト海を望む。
犬がいたのに、なぜオオカミだったのか
この研究を読んで、一つ素朴な疑問が浮かびました。約3000〜5000年前には、人はすでに犬と暮らしていたにもかかわらず、人はなぜ犬ではなく、オオカミを島へ連れてきたのでしょうか。
もちろん、この研究だけでその理由はわかりませんし、研究者らも、「人の管理下にあった可能性」を示す証拠を積み重ねていますが、その目的にまでは踏み込んでいません。
狩りを手伝わせていたのかもしれませんし、見張り役だったのかもしれません。あるいは、宗教的・儀礼的な意味を持っていた可能性も考えられます。しかし、どれも現時点では推測の域を出ることはできません。
「犬の歴史」の空白をのぞいてみる
犬が誕生してから現在までには、約1万年以上もの時間があります。その間、人と犬の関係は地域ごとに少しずつ変わり、やがて牧羊犬や猟犬、番犬など、犬はさまざまな役割を担うようになっていきました。けれども、その長い長い過程において、まだわからないことが数多く残されているように思います。はたして人は犬だけと暮らしていたのでしょうか。
今回、バルト海の小さな島で見つかった2頭は、そんな「犬の歴史の空白」を想像させます。もしかすると当時の人々は、現代の私たちほど「犬」と「オオカミ」を明確に分けて考えていなかったのかもしれません。人とともに暮らし、役割を果たせる個体であれば、犬であるかオオカミであるかは、さほど重要ではなかった可能性もあります。
それを示す直接的な証拠はありませんが、犬がすでに存在していた時代に、人の管理下にあったと考えられるオオカミが見つかったという事実は、人とイヌ科動物の関係が、私たちが思っているよりもずっと多様だったことを想像させます。
人とオオカミの関係は変わり続けてきた
では、犬が誕生してから現在に至るまで、人とオオカミの関係はどのように変化してきたのでしょうか。少しだけ、その長い歴史をたどってみましょう。
先史時代、人々は狩猟や採集を中心に暮らしていました。狩猟採集社会では、人とオオカミは同じ大型動物を狩る捕食者として共存していたと考えられています。獲物をめぐって競争する一方で、人のあとをオオカミが追ったり、逆にオオカミの動きが人の狩猟の手がかりになったりするような関係があったとも考えられています。
やがて農耕や牧畜が広がると、人とオオカミの関係は少しずつ変わり始めます。人々は羊やヤギ、牛などの家畜を育てるようになり、オオカミはそれらを襲う存在として警戒されるようになりました。中世以降、とくに近世から19世紀にかけてのヨーロッパでは、多くの地域でオオカミを害獣として扱い、長いあいだ駆除が続けられました。そのため西ヨーロッパの多くの地域において、野生のオオカミはほぼ姿を消しました。
ところが近年、保護政策や森林環境の回復などを背景に、オオカミは再びヨーロッパ各地へ戻り始めています。その一方で、家畜被害や人との距離をめぐる議論も続いており、人とオオカミの関係は現在もなお変化し続けています。

[Illustration by ChatGPT(AI生成)]
歴史に残らなかった物語
私たちは、犬の歴史を振り返るとき、「オオカミが犬になった」という一本道を思い浮かべるものです。けれども実際には、その長い歴史には細い道がいくつにもわかれていたのかもしれません。犬となり、人とともに現在まで歩み続けた集団。野生のまま、人から距離を置いて生き続けたオオカミ。そして、そのどちらにも当てはまらない、人とともに暮らしながらも犬にはならなかったオオカミたち・・・?
そう考えると、犬の歴史を知ることは、もしかしたら、犬だけを知ればいいのではないのかもしれません。人がどのように動物と関わり、環境に適応し、ともに暮らしてきたのか、という長い歴史を知ることでもあるように思います。今回見つかったオオカミたちは、「犬が生まれたあと、人とイヌ科動物はどのような関係を築いてきたのか」という、新しい問いを残してくれたと感じています。
【参考文献】


