健康的な老化とは?

文:尾形聡子


[photo by Annabell Gsödl]

犬の寿命はこの数十年で確実に延びました。医療や栄養、飼育環境が整ったことで、今や多くの犬が高齢期を迎えます。一方で、「長く生きる(寿命)」ことと「元気で生きる(健康寿命)」ことは、必ずしも同じではありません。年齢とともに病気が増え、活動性が落ち、生活の質が下がっていく…そんな流れを老化の自然な帰結として受け止めてきた人も多いのではないでしょうか。

今回紹介する論文は、その前提に疑問を投げかけるものです。フランス、イギリス、アメリカ、ニュージーランド、アメリカの国際チームによるレビュー論文は、老化を単なる「避けることのできない生理的な過程」としてではなく、介入によってその道のりを変え得るものだとしてとらえ直しています。そして研究チームは、伴侶動物である犬や猫において、「そもそも“健康的に老いる”とはどういう状態なのか」という根本的な問いに立ち返り、臨床でも日常生活でも使える新たな定義を提案しています。

ここではこの論文が示す「健康的に老いる」という概念を、犬に焦点をあてながら整理して紹介します。詳細や実践に関わる部分については、これまで犬曰くで取り上げてきた関連記事に適宜リンクをつけますので、ぜひリンク先の記事も参考にしていただければと思います。

「健康的に老いる」とは何か?定義から考え直す

人の高齢医学の分野では、「健康的な老化(healthy aging)」という言葉がよく使われています。しかし、その意味は必ずしも統一されていません。「病気が少ないこと」なのか、「長く生きること」なのか、それとも「自立して暮らせること」なのか?研究領域や医療現場によって、その解釈は少しずつ異なります。

今回紹介するレビュー論文の研究者らは、まずここに問題意識を置きました。すなわち、「健康的に老いる」ことが何を指すのかが曖昧なままでは、老化に対する介入の成果を適切に評価できない、という点です。特に犬や猫の臨床においては、単に「寿命が延びた」だけでは十分とは言えません。

研究者らが強調しているのは、「老化は避けられなくても、老い方の質は変えられる」という視点です。そのうえで、従来の「年齢」や「疾病の有無」だけに基づく評価ではなく、単に人における定義を当てはめるのでもなく、犬や猫自身の機能(身体、認知、行動、他者との関わり、情緒の安定などを総じて、以下「機能」と表記します)、生活の質、さらには飼い主との関係性まで含めた、より包括的な定義が必要だと述べています。

このレビューでは「フレイル」や「レジリエンス(回復力)」といった概念も踏まえながら「犬や猫が自分らしい生活をどれだけ保てているか」を軸に考えるアプローチが提案されています。結論から言えば、彼らがゴールとして掲げるのは、単なる長生きではありません。「機能と関係性を保ちながら生きる」ことこそが、犬や猫における「健康的に老いる」ことだと提案しているのです。

犬曰くでもこれまで犬の老いへの介入やフレイルについて、これまでいくつかの記事で扱ってきましたが、今回のレビューはそれらを一歩進んだ視座で整理し直したものと言えます。


[photo by Евгений Вершинин]

「老い方は変えられる」ー 犬で見えてきた3つの軸 

研究チームが提示する「健康的な老化」の定義には、「老化そのものは止められなくても、その進み方や影響の受け方は変えられる(modifiable)」という大切な視点も含まれています。

この考え方は、犬の加齢研究でも少しずつ裏づけが増えてきています。ここでは、これまで犬曰くで紹介してきた研究と照らし合わせながら、

  1. 身体(特に筋肉と活動性)
  2. 脳と心(認知機能、刺激)
  3. 環境と関係性(human–animal bondの土台)

という3つの軸から見ていきたいと思います。いずれも、ただ「年を取るから仕方がない」と片づけてしまうのではなく、日常生活や環境づくりを通じて変化させられる可能性があるものです。

身体機能と筋肉:フレイルの入口を遠ざける

健康的な老化を考えるうえで、もっとも分かりやすい指標のひとつが「身体機能」です。特に、筋肉量・活動性・体組成(脂肪と筋肉のバランス) は、犬の健康寿命と密接に結びついています。

犬曰くでも紹介してきたように、ラブラドール・レトリーバーを長期間追跡した研究では、10歳時点での体脂肪率や除脂肪量(=筋肉量) が、その後の寿命と関連していました。筋肉量が保たれている犬ほど、長く健康に生きられる傾向が示されたのです。

犬の健康寿命に影響、筋肉量を維持しよう!
文:尾形聡子人も犬も生まれてから時間が経つにつれて歳をとっていきます。加齢に伴い成長し、そして、加齢に伴い体の機能は衰えていきます。加齢はどの生物にも平等…【続きを読む】

この背景には、フレイル研究でも指摘されている「負のスパイラル」があります。

加齢によって筋力が落ちる → 動きたくなくなる → 消費エネルギーが減る → 食欲が落ち、栄養不足になる → さらに筋肉が失われる

このような循環が進むと、転倒しやすくなる、散歩に出られなくなる、社会的刺激が減るなど、身体的なフレイルが入口となり、心や行動、生活全体へと影響が広がっていきます。

一方で、ここが重要な点ですが、筋肉・活動量・体重管理は「modify(変化させられる)」典型例です。適切な運動、無理のない体重管理、栄養バランスの見直しといった介入により、フレイルへ向かうスピードを遅らせたり、入口そのものをできるだけ先送りにする可能性があります。

見た目は元気そうに見えても、実は少しずつ疲れやすくなっている、散歩の距離が知らないうちに短くなっているというような「隠れフレイル」が進む場合もあります。

一見健康そうに見えるけれど〜高齢犬のフレイル予防に大切なこととは?
文:尾形聡子高齢になれば増えてくるのが病気というもの。少しでも健康寿命を長くし、生活の質(QOL)を維持できるように病気の発症を未然に防いだり、病気を重篤…【続きを読む】

だからこそ、「歳だから仕方ない」と結論づけてしまう前に、

  • 以前より歩くスピードが遅くなったり、歩く距離が短くなっていないか
  • 段差を越えたり立ち上がるときに苦労していないか
  • 体重は適正でも、筋肉が落ちていないか

といった、愛犬の小さな変化に目を向けることが、結果的に健康寿命を守る第一歩になります。

筋肉を保ち、身体機能を維持することは「長生き」に直接結びつくだけでなく、「日常生活を自分らしく続けられる」という、今回の論文が掲げる健康老化の姿にも直結しているのです。

脳と心:認知機能の老い方を変える

「健康的な老化」というと身体の衰えを思い浮かべがちですが、今回の論文が強調しているのは、認知機能や情動も含めての「機能」だという点です。

犬も年齢を重ねるにつれて、物忘れが増える、夜に落ち着きがなくなる、刺激への反応が鈍くなるなど、いわゆる認知機能の変化が起こることがあります。しかし、多くの研究が示しているのは、認知機能の衰え方は一様ではなく、変えられる余地があるということです。たとえば、以下の記事で紹介した研究では、身体的エクササイズと認知トレーニングの両方が、健康な老化にいい影響を及ぼす可能性が示唆されています。

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さらにこの研究では、介入の効果がもっとも大きくみられたのは老化が進んでからではなく、比較的若い時期から介入を始めていた犬でした。つまり、体も頭も若いうちから適度に使い続けるほうが、老化の影響を和らげやすいということです。年を取って衰えが目立ってから慌てて始めるのではなく、日頃から脳にも刺激を与える暮らしを続けることが、将来の認知機能を守る助けになる可能性があります。

ノーズワークなどの頭を使うドッグスポーツができれば理想的ですが、散歩のコースを変えてみたり、遊びに変化を持たせてみたり、簡単な課題を与えたりするなどして日常生活の中でのコミュニケーションや刺激を少しでも増やせるよう心がけることが大切です。以下の藤田りか子さんの記事も、身近にできる工夫のヒントとしてぜひ参考にしてみてください。

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環境・社会・関係性:human–animal bond を支える土台

今回の論文が提案する「健康的な老化」の定義には、身体だけでなく、社会的・感情的なニーズを満たし続けること、さらに「人と動物の絆(human–animal bond)」を保つことが明確に含まれています。

この視点は、一見すると抽象的に思えるかもしれません。しかし、近年の大規模研究では、生活環境や飼い主との関係性が犬の活動性や健康寿命に具体的な影響を与えることが、数値として示され始めています。たとえば以下の記事で紹介した研究では、家庭の安定性や同居犬の有無、飼い主の生活リズムや交流のあり方といった環境要因が、犬の健康や活動性と関連していることが報告されています。

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単なる「気分」や「雰囲気」の問題ではなく、暮らしの安定感や社会的な刺激がフレイルの予防や回復力の維持に直結しているということです。

さらに、飼い主との愛着やコミュニケーションの質が、高齢犬の活動性や生活の質に影響していることも示されています。飼い主との安定した愛着関係が保たれている犬ほど、生活への意欲が落ちにくい傾向にあります。

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このような研究結果は、今回の論文が強調する「自分の社会・感情のニーズを満たす」「human–animal bondを持続させる」という考え方とまさに重なります。言い換えれば、健康的な老化とは、体の機能だけでなく、つながりや安心感も守られている状態だということです。

日常の中では、一緒に過ごす時間を意識的に取る、適度な刺激のある外出や散歩を続ける、ルーティンに安心感を持たせつつ軽い変化を取り入れる、などの小さな工夫が、犬の「社会・感情の健康」を長く支えてくれるでしょう。

ロバスト性:フレイルに負けにくい身体をつくるという発想

今回のレビュー論文で重要なキーワードのひとつが、「レジリエンス」です。一般的には「回復力」と訳されますが、老化の文脈では少し意味が異なります。

老化を完全に止めることはできません。加齢に伴い、筋力が落ちる、視覚や聴覚が衰える、持病が増えるといった変化は多くの犬で避けられないことですが、同じ不調や病気を抱えていても、「ぐっと体力が落ち、生活の質が大きく下がる犬」と「不調を抱えつつも、日常生活を比較的保てる犬」に分かれることがあります。

この違いを説明する概念として以前紹介したのが、ロバスト性(robustness:身体版レジリエンス) です。ロバスト性とは、加齢や病気といったストレスを受けても、体の機能や予備力を保ち、大きく崩れにくい状態を維持する力を指します。

人だけでなく犬の研究でも、この視点を裏づけるデータが出始めています。以下の記事で紹介したロットワイラーの研究では、13歳を超えても比較的健康を保っていた犬(ロバスト群)と、同じ年齢でも多くの機能低下を抱えていた犬(フレイル群)を詳細に比較しました。

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文:尾形聡子同じように体に負荷を受けても、なぜか回復の早い人がいる、そんなふうに感じたことはありませんか? あるいは、家庭内でインフルエンザが蔓延しても、…【続きを読む】

さらに続報では、性ホルモンの影響を長く受けていた犬ほど、フレイルがあっても死亡リスクが急激に高まらないという結果が示されています。同じ程度のフレイルであっても、体が踏ん張れるかどうかが個体によって違うのです。

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文:尾形聡子前回の記事、「身体版レジリエンス、「ロバスト性」を左右するもの〜ご長寿ロットワイラーが示した意外な要因」で紹介した研究では、「ロバスト性(身体…【続きを読む】

もちろん、犬種や個体差、医療上の判断など、多くの要因を考慮する必要があります。しかし、これらの研究は、フレイルをゼロにすることだけが目標ではなく、フレイルのダメージを小さくする「しなやかな身体」を保つことも、健康老化の重要な柱であることを教えてくれます。

レビュー論文では「その犬の生活ニーズを満たすだけの回復力(resilience sufficient to meet their needs)」という表現があり、それはまさにこれらの犬のロバスト性の研究と重なります。老化による変化そのものを完全に止めることはできません。しかし、変化が起きてもなお、その犬らしい日常を続けられる身体づくりこそが、今回のレビュー論文が提唱する「健康的に老いる」ことの中核のひとつにあるのだと思います。


[photo by Kei907]

フレイルの評価と早期介入の重要性

今回のレビュー論文が示す「老化の進行は止められないが、影響の受け方は変えられる」という考え方は、「フレイル(虚弱)」という概念と非常に相性がよいものです。

フレイルとは、健康と要介護状態のあいだに位置する中間的な状態を指します。疲れやすくなる、活動量が落ちる、体重や筋肉が少しずつ減る、生活のリズムが乱れやすくなるというような変化が重なり、放っておくと大きな機能低下につながるリスクが高くなります。しかし重要なのは、フレイルが「早めに気づけば、予防や改善が期待できる段階」だということです。

最近では、犬のためのフレイル評価ツールも開発されつつあります。以下の記事で紹介した研究では、栄養状態、筋力、疲労感、社会的交流、運動能力といった要素をスコア化し、臨床現場や研究で使える評価指標としてまとめています。このようなツールを使うことで、「なんとなく元気がない」という印象だけでなく、どこが弱くなってきているのかを客観的に把握しやすくなります。

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フレイルは、生活の工夫や医療的サポートで変化しうる状態にあるという点も重要です。繰り返しになりますが、

筋肉量と適正体重の維持、認知への刺激や学習の継続、安定した環境、飼い主との関係性などが、フレイルの進行を遅らせたり、影響を軽減したりする可能性が示されています。

老化は避けられないけれど、「老い方」は選べる

今回紹介したレビュー論文は、犬や猫の老化を「避けられない衰え」としてではなく、介入によって影響を変え得るプロセスとして捉え直すものでした。重要なのは、単に寿命を延ばすことではなく、「機能(身体・認知・感情)と飼い主との関係性を保ちながら生きること」を、「健康的な老化」のゴールに据えている点です。

これまで見てきたように、

  • 筋肉や活動性を保つこと
  • 脳への刺激や学習の継続
  • 安定した環境と、人と犬の絆
  • ロバスト性というしなやかな身体の視点

は、いずれも年齢だけでは測れない老い方を形づくっています。

フレイル研究が教えてくれるのは、多くの場合、老化は一気に進むのではなく、小さな変化が積み重なっていくということ、そして、その変化のいくつかには、気づき・評価・介入によって手を打てる余地が残されているということです。

最後に、飼い主として意識しておきたいポイントを、あらためて整理しておきます。

  • 年齢だけでなく、活動性や生活の質の変化に注目する
  • 筋肉量と適正体重を意識した生活(運動+栄養)
  • 散歩・遊び・学習で、脳にも刺激を
  • 安心できる生活リズムと、適度な社会的刺激
  • 不安を感じたら、フレイル評価や動物病院で早めに相談
  • 「若いうちから」「長い時間軸で考える」という発想を持つ

愛犬の老いには、まだ多くの「関われる余地」があるかもしれません。どのように年齢を重ねていくかは、日々の暮らしや選択の積み重ねで確実に変わっていくでしょう。犬たちが「その犬らしい日常」をより長く楽しめる未来につながるよう、あらためて考えていきたいものです。

【参考文献】

Aging is modifiable: current perspectives on healthy aging in companion dogs and cat. Journal of the American Veterinary Medical Association. 1-8. 2025

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