文:尾形聡子
[photo by Ekaterina]
犬の嗅覚は人とは比べものにならないほど鋭く、警察犬や救助犬、医療探知犬、野生動物探索犬など、さまざまなにおいを追う現場で活躍しています。その一例を取り上げた記事を以下にいくつかピックアップします。



さらに犬のすごいところは、人の健康状態だけでなく感情状態のにおいも判別しているところです。ストレスのにおい、あるいは幸せのにおいを嗅ぎ分け、さらにはそれに影響を受けていることもわかっています。


人には到底想像も及ばないにおいをキャッチすることができる犬は、目的とする特定のにおいをかぎ分け、時に人命や科学的発見につながる成果を上げてきました。なぜそのようなことができるのか、それは、犬の嗅覚が優れているからだけではなく、特定のにおいをキャッチしたら人に知らせるようにトレーニングをすることができるというのも非常に重要なポイントです。
そんな柔軟性を持つ犬だからこそ、におい探知の世界の広がりはとどまることを知らないかのよう。犬がどのようなにおいを感じられるのか、むしろ人の想像の方が追いついていないのかもしれません。最近、犬の嗅覚能力のすごさを改めて感じた研究が二つ報告されました。
パーキンソン病のにおいを嗅ぎ分ける
ひとつは、パーキンソン病患者のにおいの識別です。研究を行ったのはイギリスの医療探知犬育成施設(Medical Detection Dogs UK)とブリストル大学、マンチェスター大学からなる研究チーム。トレーニングを受けた2頭の犬が皮膚の皮脂に含まれる独特のにおいからパーキンソン病を高精度で識別できることを明らかにしました。
研究では、背中の皮膚を綿棒で拭き取ったサンプルを使い、10頭の候補犬から選ばれた2頭(ゴールデン・レトリーバーとラブラドールとゴールデンのミックス)を38〜53週間かけてトレーニング。本試験では、初めて嗅ぐ100サンプル(患者40、健常者60)を提示しました。その結果、1頭は感度70%・特異度90%、もう1頭は感度80%・特異度98%という高い精度で識別することができました(感度は特定の病気のにおいを正しく識別する能力、特異度は間違えない能力)。
パーキンソン病は診断法が確立しておらず、多くは症状が出てから診断されます。しかし、患者の皮脂は健常者とは化学組成が変化し、皮脂が過剰に分泌されることで脂漏性皮膚炎(犬にもよく見られる皮膚トラブル)を発症します。脂漏性皮膚炎は病気特有のにおいを発することが知られていますが、このにおいはパーキンソン病による運動症状が出る前からあらわれる可能性があり、犬の嗅覚を活用すれば早期発見の新しい手段になり得ると考えられているのです。
それを証明した今回の研究。もちろん医師に代わることはできませんが、現在決定的な早期診断検査方法がないパーキンソン病のスクリーニング方法を変え、早期発見の可能性を高める画期的な方法になると期待が寄せられています。
将来的には、この犬が識別するのと同じ化学物質を検出できる電子センサー技術の開発も期待されています。いわゆるAI嗅覚(電子鼻と呼ばれる揮発性化合物センサーとAIによるデータ解析の組み合わせ)です。AI嗅覚であれば長い時間をかけて犬とトレーニングする必要もなく、そこにかかる膨大なコストを抑えることができます。しかし、今回の研究では犬が識別しているにおいを具体的に特定することまではできなかったため、実現化するにはまだまだ課題が残されているところです。
新種発見!トリュフ探知犬も活躍
もうひとつは、フロリダ大学の研究チームが、トリュフ探知犬とDNA解析を組み合わせ、北米産を含む3種の新たなトリュフを発見したという出来事。犬の鼻が、科学における新たな知見をもたらした一例です。
この発見は、キノコにおけるモリーユ科(Morchellaceae)の系統分類を大きく更新するものでした。中でも注目は、料理界において高値(1ポンド/約450グラムで800ドル)で取引されるオレゴン黒トリュフ。従来はヨーロッパ種と同一とされていたのですが、遺伝的に異なる別種であることが判明し、生息域にちなみ「Leucangium cascadiense」と命名されました。さらに、米国南東部の針葉樹林に生息する希少な「Imaia kuwohiensis」、米国東部のニューヨーク州で初めて確認された「Leucangium oneidaense」も新種と認定されました。
調査では、トリュフ探知犬が最大25cm地下に埋まったトリュフを探し当て、ダグラスファー(ダグラスモミ、ベイマツ)の根と共生し、養分を交換して成長することを蛍光染色とDNA解析で証明しました。この成果は高級食材の持続的利用や栽培化の可能性を秘めており、さらには未発見のトリュフ種がまだ多く存在することを示唆するものです。
[photo by Heather Dawson] ラゴット・ロマニョーロのロロは、太平洋北西部のある森でトリュフの埋蔵場所を発見して誇らしげ。トリュフ・ドッグ・カンパニーのアルアナ・マクギーは、その発見物を回収しています。
犬の嗅覚とAI嗅覚、それぞれのいいところを活かした未来に
犬にとって「何かを探す」行為は、単なる仕事ではなく、においを手がかりに進める楽しいゲームになりうるものです。しかし、災害現場や有害物質を含む環境下での捜索活動は、犬の命に危険が及ぶ可能性あります。
そこで注目されているのがAI嗅覚です。電子鼻と呼ばれるセンサーで揮発性化合物を検知し、そのパターンをAIが解析する技術で、食品の品質管理や有害ガス検出、呼気による病気の診断などに応用が進められています。
現時点で幅広く柔軟に対応できるのは犬ですが、特定の化合物だけを検出したり、それを数値化したりすることにおいてはAI嗅覚が優れる場合もあります。犬は主観的なので再現したり共有したりすることが難しいためです。また、長時間稼働することができ、命が危険にさらされるような環境でも使用できるという強みもあります。
将来的には、犬の柔軟な嗅覚能力とAIの精密な分析力を組み合わせ、犬の安全と福祉を守りながらそれぞれの強みを活かせる現場づくりが進むことが考えられます。たとえば災害救助の現場では犬が初動探索を行い、その後AI嗅覚が数値検証や分析を行うというような、両方の強みを活かしたハイブリッド型の探知作業が行われるようになる可能性もあるでしょう。
犬とAIの“鼻の共演”が、私たちの生活のあらゆる場面で大きな助けをしてくれる、そんな未来が待っているかもしれません。
【参考文献】