文と写真:田島美和
犬を飼うにあたって
2021年11月14日、私は正式にある犬の里親となった。犬を飼いたいと思い続けて気がつけば20年以上経っていた。実家はペット禁止の団地。母親からは「お庭がないと犬は飼えない」とか「飼っても面倒見なくなる」などと言われて、その願いはなかなか実現しなかった。とりあえずハムスターやシマリスなどの小動物を飼うことで我慢をした。
大学を卒業してからはボランティア、就職、進学で国内外を転々としてきた。この7年間で住んだ家は8か所にのぼる。もちろん、このような状態ではとても犬を飼うことはできない!だが、今となってはやりたいことをやりつくしたと思う。もう海外に行く用事もそうそうない。犬を飼ったら自由でなくなるのか?決してそうとは思いたくないが、生活を変えなければ、幸せな犬と幸せに暮らすことはできない。
犬を飼う前にまず私は上司に犬連れ出勤が可能かどうかを確認しておいた。職場に同伴してもよいとの許可を得て、中型犬を飼える賃貸に引っ越し、すべての準備が整った。
どうやって犬を入手するか?血統を持つ犬種にも興味はあったが、以前から保護犬の里親になると決めていた。もっとも犬を手に入れるのにペットショップに大金を支払うことに躊躇を感じていた。特に日本のペット市場の裏では、ボロボロになるまで雌犬に子を産ませ、産めなくなったら捨てる―そんな話を聞いていた。それに加担したくなかった。
ならば、行き場を失って困っている犬、その犬の行き場を探している人の助けになりたいと思った。そして何より、一緒に犬の世話をしてくれるという彼氏Yと同棲することになったのも心強かった。彼は実家で物心つく前から犬を飼っていた。最近飼っている仔は保護犬であり、超が付くほどのビビり犬。そんな犬との経験がある彼なら、犬のことはもちろん、臆病な犬に対しても理解があるはずだ。
ところが、彼は心強い存在である反面、私の描いた犬ライフ実現の妨げにもなることに…。
犬探し
インターネット上で犬を探した。主にチェックしていたのは、P(仮称)というサイトだ。犬だけでなく、猫や小動物、魚類まで検索することができる。このサイトでは、犬種や犬の体サイズ、年齢なども指定して調べることができる。数々の犬の写真を見ていると、かわいそうになってくる…そんな気持ちをこらえ、ひたすら自分好みの犬を探した。見ているうちにわかったのだが、どうやら自分は野犬出身の子に惹かれるようだ。長めのマズルにまっすぐ立った耳、透き通った瞳。そして何かに怯えている表情は、私の助けたい、この子と仲良くなりたい、という気持ちをかき立てた。
いざ申し出ようと思うと、詳細欄に細かいルールが書いてあり、つい躊躇してしまった。これは安易に犬を手に入れようとする人をふるいにかけるためなのだろう。実際、知り合いから「里親になろうと思ったが、制限が厳しくて結局ペットショップで買った」という話を耳にしていた。大金を払えば誰でも簡単に犬を手に入れることができる…なんとも腹立たしい現実だ。
しかし、迷っていたらいつまでたっても犬ライフは始まらない。思い切って、最も気になった犬の投稿者に連絡を取ってみた。その後、すぐに返事が来て、メールでやり取りを交わした。Instagramのアカウントを紹介してくれたので、毎日のように気になった犬の姿を探した。10月9日に面会することが決まった。
面会
お気に入りの犬、美波は東京都目黒区で保護されていた。こんな都心でどうやって犬を保護しているのだろう?と、疑問に思いながら向かった先は…住宅地のど真ん中にある3階建ての大きな家だった。東京の山奥から来た私は、緊張してしまった。階段を上がっていくと、仔犬の中に混ざって鋭く吠えている美波を見つけた。写真やメールの説明で受けた印象ほど、臆病ではなさそうだ。
警戒心を抱かせないよう、じっくり見たい気持ちを抑えゆっくりとソファーに座った。おやつを渡されたので彼女の方を見ずに差し出した。意外にも手からそれを食べた。とても安心した。あまりにも臆病だったら、里親をキャンセルしようと思っていたのだ。ただスタッフとの関係を見ると、この犬は人よりも犬の方が好きという印象を受けた。スタッフからは、美波の性質の丁寧な説明を受け、私の方からはどんな環境でどんな生活を送っているかを説明した。
去り際に写真を撮ろうとして私が美波に初めて注意を向けたときの写真。疑い深そうに見つめ返された。
トライアル
面会から数日後、私たちは美波を受け入れることを決心し、再び連絡を取った。そして、11月3日にトライアルとして美波が家に来ることが決まった。スタッフは、貸出用のリード、ハーネス、そして数日分の餌をくれた。これまで、他人の犬の世話をした経験はあったが、いざ自分で世話するとなると、どんな道具がいいのか、どんな餌がいいのか、といった知識がほとんどないことに気づいた。なので、こんな風に丁寧に指示してもらえるのはとてもありがたかった。
美波はスタッフに伴われ車でやってきた。そして抱っこされて家の中に運び込まれた。床に降ろされるなり、リードをぐいぐいと引っ張り、玄関からまっすぐのところにある脱衣所の角に縮こまった。それからリビングに運んでいくと、また部屋の角へ縮こまり、そこから動こうとしなかった。
部屋の隅に縮こまったまま震える美波。
説明を受けてから、裏山へ少し散歩に行くことになった。家から出る時も抱っこで外に出た。地面に降りると再びぐいぐいと引っ張り、とても散歩とは思えない雰囲気だった。普通の犬ではありえないくらい、必死に抵抗する…まさに野生動物だと思った。自分の身体がどうなろうが、ありったけの力を振り絞ってリードを引っ張る。首輪ではなくハーネスを勧められたのも納得だ。しかし彼氏のYはハーフチョークを使いたがった。その方がトレーニングしやすいし、引っ張り防止にもなると。私はしばらくは美波のことを一番よく知っているスタッフの意向に沿うべきだと判断し、ハーネスを使うことにした。
綱を引けば付いてくるというのは、家畜の特徴だ(ネコはついてこないけど)。私は以前、シカの捕獲業務を担当していた。足くくり罠という、四肢のうちの1本を、立ち木などにくくった太さ5mmほどのワイヤーで縛って、捕らえる方法だ。シカはパニックになって暴れ、周囲が耕された畑のようになる。拘束時間が長いと、蹄や足先を千切って逃げたり、時には地面にたたきつけられてショック死してしまうシカもいる。
動物の恐怖心が引き起こす「パニック」は、その動物自身のみでなく、人を傷つける可能性もある。これがいかに抑えられるかが、人と暮らしていけるかどうかの鍵になるのだと思う。そして野犬出身にはこの抑制が欠けている。幸い、美波はパニックを起こして噛みつくようなことは一切なく、ただひたすらその恐怖から逃げようとし、糞を漏らした。
散歩の帰り、家に入るのを拒否する美波。
就寝
これだけ私たちのことを恐れているのだから、夜は一人でそっとしてあげたほうがいいのかな、と思い、別々の部屋・階で寝た。夜中、戸をドスドスと蹴る音が1階から聞こえてきた。脱走を試みているようだ。野犬出身の犬は、来てしばらくは脱走することしか考えていないらしい。だから美波を受け取った際はとにかく脱走しないように注意するよう言われていた。私たちに慣れて、この家を自分の家だと認識しない限り、脱走したら戻ってはこないだろう。美波は部屋から出られないことがわかると、遠吠えを始めた。可哀想に思って同じベッドで寝させようとした。が、Yは、犬をベッドにのせることは許せないと言った。「寂しがってもしばらく放っておけば静かになる」と。そうかもしれないけれど、それは虐待に値するように思えた。翌日からはYに背いて、私は1階で美波と寝るようになった。
トイレ
美波はあらかじめシートの上でするように躾けられてきた。ただ、初めての家ではシートが置いてあってもどこでしたらよいのかわからず、1回目は畳の上でした。その尿の一部をシートにつけ、部屋の片隅に置いておいたところ、2回目はシートの上でできた。しかし、今まで世話してきた犬はみんな外だったし、五十嵐廣幸さんや藤田りか子さんの記事にもあるように(下リンクを参照)、自分の居場所を清潔に保ちたいという犬の生態を尊重するためにも外派になってほしかった。だから頻繁に庭へ連れ出した。しかし、知らない家も知らない人も怖がる美波は、もちろん知らない外の世界も怖がって、なかなか外で排泄しなかった。初めてうんちとおしっこを外でしたときはとても嬉しかった。それ以降、彼女は外で用を済ますようになった。Yの意見では室内でできないと頻繁に外に出さないといけないから大変だとのことだったが、それは人間の都合なので私は聞く耳を持たなかった。
(こちらの記事↓も参照に!)
犬の飼い方は人それぞれ。でも犬は1種
お察しの通り、私とYは犬の育て方について些細な部分で常に意見が分かれた。私は自然豊かな場所で散歩させたいと希望しても、「山はマダニが付くからダメ」とか「川は生臭くなるからダメ」などと言われた。「猟犬にしたい」と言ったときには、
「危ないからダメ」
と真っ向から反対を受けた。その後2時間も話し合った。しかし、どちらも犬を思っての意見であることに違いなかった。「彼の方が犬のベテランだから、きっと彼の言っていることの方が正しいのだろう」、そう思えれば平和だったのかもしれない。
しかし、どちらの考えが正しいのか、確かめなくては気が済まなかった。こうしている間にも、美波はどんどん変化していく。二人で話し合っていても埒が明かない。ひとまずその道のプロ(獣医やトレーナー)に相談しながら、自分と犬の生活スタイルを決めることにした。
元々は私が主体となって犬を飼い始めたのだ。ならば美波は「二人の犬」ではなく「私の犬」なのではないだろうか。そう宣言した後、Yは私の意見を尊重するようになった。しかし、いろいろ探っていくうちに、彼の意見は日本の都市部に住む飼い主たちからしたら、そんなに変わった意見ではないということもわかった。国外でも犬の世話をした経験があったため、場所が変わるとこんなにも犬の扱い方が変わってしまうのか、とカルチャーショックを受けた。
犬という動物は容姿は様々でも、世界で1種の動物なのに、飼う人の考え方によってこんなにも生活スタイルが変わってしまう…犬の環境適応能力の高さを改めて感じさせられた。今後、犬に関する情報の中で、何が正しいのか自分で判断できるくらいの知識量を身につけていきたいと切実に思っている。
私の犬友達の一部。左上から、紀州犬ミックスのリン、シベリアン・ハスキーのコナ、ベルギー・シェパード(×オオカミ?)のミニガン、柴犬×ラブラドール・レトリバーのプー、ノルウェジアン・ルンデ・フンドのアトレ、ミニチュア・ダックスフントミックスのリリー。
文:田島美和 (たじま みわ)
オオカミのことが頭から離れなくなってかれこれ20年。日本では見られなくなってしまった、オオカミという動物の真の生態、そして人とオオカミの関係を探るべく、アメリカ、ヨーロッパ、インド、そして北欧へと飛び回る。修士では北欧のオオカミの縄張りについてを研究した。