“世界一高価な犬”のはなし

文:藤田りか子


ロシアの牧畜番犬、コーカシアン・オフチャルカ。この犬とオオカミの掛け合わせのハイブリッドが希少犬として高額でアメリカで売られた。 [Photo by ]

数ヶ月前のことだが、アメリカやイギリスのメディアで「世界一高額な犬」が報じられちょっとした話題となった。価格は約8.7億円。購入したのは、インド在住のブリーダーであり“珍犬種コレクター”のサティシュ・カダボム氏。どんな犬かって?純血犬種ではない。ミックス犬…いやハイブリッドである。コーカシアン・オフチャルカ(コーカシアン・シェパードとも呼ばれる)というロシア原産の牧畜番犬とオオカミの混血種。その桁外れの値段にも驚かされるが、そもそもこの組み合わせについては非常によろしくないなといや〜な気持ちになった。

コーカシアン・シェパードといえば、牧畜番犬。それゆえに防衛心がものすごーく強く、敷地に入ってきた“よそ者”に対しては、問答無用、猛烈な勢いで攻撃をしかけてくる、というタイプの犬だ。この犬種については、以前に記事を書いているので参考にされたい(↓)。ヨーロッパでは飼うのもブリーディングするのも禁止している国もあるほど。

コーカシアン・オフチャーカに会う
文と写真:藤田りか子コーカサスの巨大番犬北の果て、ノルウェーの森深く。薄暗くシンとした森の雪道を上がり、峠の頂上にさしかかった。そこから森は切り開かれ、小…【続きを読む】

コーカシアン・シェパードというだけで、ペットとして飼うにはかなり大変な犬なのに、その上に恐怖心といえば半端ない野生動物、すなわちオオカミがかけ合わさっている。このハイブリッド、一体どういうメンタリティになるのであろうか…?

攻撃性のほとんどは恐怖心から引き起こされる。オオカミは強い恐怖心があるからこそ、野生で生きていくことができるのだ。私の家の周りはスウェーデンでもオオカミ密度が割合高いといわれているところなのだが、雪に残された足跡を見ることがあっても、本物を見たのは、30年間住んでいてただの一度きり。オオカミはそれだけ、慎重でシャイな動物だ。

超怖がりと超防衛的で攻撃的な犬のゴチャ混ぜ。年頃になって、このハイブリッド犬は二つの拮抗する感情と戦うことになるのではないだろうか。オオカミのハイブリッドが問題犬になるのも、二つの異なるマインドが原因になると、以前こちら(↓)の記事にも記している。

スウェーデンでウルフドッグが違法である理由
文:藤田りか子犬とオオカミのハイブリッド、ウルフドッグ 野生動物へのあこがれから動物好きの皆さんであれば、オオカミやライオン、トラのような大型でカリスマテ…【続きを読む】

でも、そんな心配ごとはどの欧米のどのメディアも報じていない。きっと日本でもそんなことを語っている人はいないだろう。そしてインドではセレブ扱いともなっているそうだ。

「まるで本物のオオカミのような、極めて珍しい犬種です。人々の注目度もすごい。私とこの犬がイベントに登場すれば、映画スター以上の人気です」

とカダボム氏は語る。実際、イベントや展示会では来場者が殺到するそうだ。ちなみに氏は約10年前に犬の繁殖をやめており、今では珍しい犬を人々の前で披露することで収入を得ているとのこと。昨年は、希少なコートカラーを持つチャウチャウも約5億円で購入しており、150種以上もの犬を飼っている。ようは希少犬の投資家?その割には、敷地は2.8ヘクタール。本当に150頭以上の犬がそこに入り切れるのか。犬を管理するお手伝いさんが6人おり、このオフチャルカハイブリッドには6mX6mの部屋があてがわれていると語っているようだが、他の犬たちの部屋はどんなもんだろうか、と心配になってしまった。

そして素朴な疑問。なんでこの犬がそんなに希少で珍しいのだろうか。オオカミのハイブリッドなんてアメリカにはたくさんいるだろうし…。私には単なる危険な動物の掛け合わせにしか思えないのだが。人もメディアも簡単に騙されるのかもしれない。だれかが希少といえば、そう信じてしまうのだろう。

【参考文献】

Owner of world’s most expensive dog vows to buy donkey-sized pooch worth £10million

World’s most expensive dog is the first breed of its kind — and it came with a $5.7M price tag