文:尾形聡子
[photo by Sergii Mostovyi]
先日の藤田りか子さんの記事「犬に接するときの声の出し方」を読んで、昔、タロウとハナと一緒にウォーターワークの競技会のための練習を始めたころのことを思い出した。そのときの、「なるほど!」を今日は皆さんと共有したいと思って、久しぶりにゆる〜り下町シリーズで記事を書いてみようと思った次第だ。
今からかれこれ20年ほど前に遡る(時が経つのがあっという間すぎてオソロシイ…)。ドッグスポーツのためのトレーニングをするのは初めての経験だった。日常的なトレーニングを一通り終え、物品を合図でくわえる、合図で口から出す、というような基本中の基本のことをクリアした後、ようやくウォーターワークのための陸上トレーニングへと駒を進めた。ウォーターワークとは水難救助のトレーニングをもとにしたドッグスポーツなのだが、いきなり水場で練習はせず、まずは陸上で練習を積んでから水場のトレーニングを入れていくのが定石だ。
陸トレのかなり初期の段階で、スタートラインで横につけて座らせ、右45度くらいの斜め前と、左45度くらい前にそれぞれおもちゃのダンベルを置いておき、そこに向けて腕を差し伸べながら「みぎ」「ひだり」と言って該当する方向のおもちゃを取りに行かせ、スタートラインに戻ってこさせる、というような練習をしたときのことだ。
初回の練習で、「み〜ぎっ」「ひ〜だりっ」というような感じで、だら〜っと、かつ、妙な抑揚を勝手につけて発声しているのをトレーナーさんに指摘された。抑揚を落として「みぎ」「ひだり」と言ってくださいと。その先生の発声の仕方が、藤田さんの「犬に接するときの声の出し方」に出てくる、イギリスのレトリーバーハンドラー、ジョン・ハルステッド氏のそれときっと似ていたはずだと思ったのだ。いたってクールなのである。
その練習をしていたときの私は真剣でなかったわけでは決してない。初心者だったこともあり、あまり何も考えていなかったのは事実だが、無意識のうちに「楽しい練習の雰囲気」を醸し出そうとしていたことに気づかされた。
すぐに「みぎ、ひだり」の発声の仕方を変えてみた。さらに、右や左に限らずコマンドの発声の仕方をすべて変えるようにし、「楽しい雰囲気コマンド」はドッグスポーツの練習中は使わなくなった。練習を重ねるにつれ、トレーニングのコマンドに楽しい雰囲気を盛り込むような余計な修飾は必要ないということを身に染みて感じた。早々になおしてもらったおかげで、コマンドの声の出し方は、その当時、ある程度ブレずに使えるようになっていたのではないかと思う。
一方で、家の中で遊んだり、トレーニングとは別に楽しいことをするとき、たとえば「散歩行こう」「ごはんだよ」「遊ぶ?」などの日常生活の中で使う言葉を口にするときには存分に「楽しい雰囲気を醸し出す声」を使うことにした。思いっきり抑揚もつけたし、ときに歌にしてみることもあった。それが、自分自身オン/オフの切り替えをするのにも役立ったと思っている。藤田りか子さんの以下の記事にあるように、犬にオンとオフのスイッチを切り替えてもらうことは大切だ。同様に、人がオンとオフの切り替えを犬にわかりやすく示せることも大切なのではないかと思う。
学術的な研究では、犬は人の発する「赤ちゃん言葉」ならぬ「ワンチャン言葉」に犬の脳は反応しやすいことが示されている。
しかしそれは年がら年中では効果が薄れるのではないかなとも思う。人と同じく犬だって、いつも同じだと慣れてしまうものだ。だから、時と場合によってメリハリをつけて使うことも、ある程度犬が成長してからは大切ではないだろうか。そして「ワンチャン言葉」への反応がいいからといって、怖々とまるで腫れ物を触るかのように犬に気を使うことにならないようにする注意も必要だ。そのような接し方では、本当の意味で双方向のコミュニケーションが成立していないと思うからだ(それについては最後の関連記事を参照ください)。
飼い主として、常に気持ちが安定していて毅然としていられるようにできるのが理想ではあるけれど、イライラしたり落ち込んだりすることももれなくあるだろうなと、個人的にはどうしても思ってしまう。むしろ、そこは人も犬もお互い様だよね!というような範疇を見つけないと、逆に息苦しくなりそうでもある。その範疇は、日常生活においてと真剣にドッグスポーツをやるときでは異なってくるだろう。
私自身、自分の性格と向き合えば向き合うほど、次に犬を迎えるときにも「ほどほど」の関係性を、その犬と一緒に作っていきたいと思う。それが自分に見合った現実的な理想なのだろうと感じている。
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