クリクリ巻き毛のウォータードッグ、オランダから〜ヴェッターフウン

文と写真:藤田りか子

いなか風の不思議な見かけの犬

オランダ中部に位置するプッテンという村は、その可愛らしい名前に相応しく藁葺き屋根の家がそこここに見られ、動物にあふれていて、おとぎの国の村だった。民家の庭はたいてい木の柵でくるりと囲われ、池にはガチョウやカモが泳いでいたり、羊やヤギ、ポニーが2、3頭ブラブラしていたりする。自宅の庭でミニ・ファーム・ライフを満喫、これが現代オランダ人の暮らしぶりなんだろう。馬に乗っている人ともよく道ですれ違う。プッテン村の北部にあるヴィエーべ・ファンデール・フェルデさんの裏庭にもヒツジが5頭草を食んでいた。そして門番をする動物もいた。それがヴェッターフウンというオランダの原産犬種であった。

お役所勤めを引退したヴィエーベさんは「オランダ・ヴェッターフウン協会」でヴェッターフウンの保護とPRに全情熱を注いでいる熱心な愛好家だ。犬だけではなく、村の社会活動にも、またスピード・スケート大会にもアクティブに参加するので、この界隈ではちょっとした有名人であった。そんな彼ゆえに

「日本の犬雑誌のための取材です」

とこちらの意図を聞くやいなや、大喜びで犬達を見せてくれることに同意してくれた。

ヴェッターフウンは、カッコよくもないし愛らしい犬でもない。ただし不思議な見かけをしている。頭部はニューファンドランドに似て、毛はプードルに似て、尾はスピッツに似て、でもそのどれでもない。様々な犬種をよせ集めたようなちょっとやぼったい姿が、この犬のローカル性と歴史を物語っていた。体つきには機能が伺える。農家の軒先で番犬として働けるよう体は頑丈で、巻き毛のコートが水路の害獣を退治する際に冷たい水から体を守ってくれる。

「こんな面白い見かけの犬はどう探しても他に世界にいませんよ」

顎の白い髭の先端をつまみながらヴィエーべさんは満足気に言った。その魅力を是非語り尽くしますよ、まぁ、とソファを勧めてくれた。そのうち妻のアウチェさんがサイドボードを開けてピーナツや、オランダ特産だとかいう何やら怪しげな飲み物まで出してくれたから、これは夜通しで彼の話に付き合うことになりそうだと、覚悟を決めた。

 同じ出身地の犬を

ヴェッターフウンはオランダ北東部海岸沿い、フリースランドという地方の農家の庭先で飼われていた古い犬種だそうだ。番もするし水路のカワウソ退治も行っていた。水と陸の両方で活躍できるとは、沿岸地方ならではの犬である。ところで、フリースランドはオランダとはいえ独自の言語を持ちローカル色が極めて濃い地域で、犬のみならず馬や羊にもこの地方原産の種類が存在する。乳牛で有名なホルスタイン種はフリースランド乳牛の別名だ。

今は中部に住んでいるヴィエーベさんだが、彼も生粋のフリースランド人。玄関の先にはフリースランドのブルーの縞とハート模様の旗も掲げてある。故郷を誇りにする彼にとって、愛犬がヴェッターフウンとなったのは当然の成り行きなのだ。


フリースランドの国旗。ブルーの縞とハートの模様。[Photo by Harry Wedzinga]

ただしフリースランドにはもう一種の地犬種、スタベイフウンという犬がいる。こちらは巻き毛ではなく、やや長毛のスパニエル風の犬だ。オランダでは、ヴェッターフウンよりもはるかによく知られている犬種で、外国のショーでも最近よく目にする。けれども、彼にとってはやはりヴェッターフウンの方がいいそうだ。

「昔、農民にもらって飼っていた犬が、今考えるとどうやらヴェッターフウンであったような気もします」

と回想する。懐かしさの感情もあった。

「ヴェッターフウンは頑固でオランダでもあまり人気がなくてね。それで数があまり増えないのです」

人気がない犬にはそれなりの個性がある。稀少でユニークな犬種を保護していくという過程も、ヴィエーベさんの気に入っているところなのだろう。ヴェッターフウンは犬種愛好会の他に、オランダの「家畜原種保存会」というクラブによっても保護を受けている。そこでは主にオランダ原産の農耕馬や乳牛、羊が保護されているのだが、牛や馬と共に犬まで含められている。この感覚はヨーロッパらしい。保存会は時々品評会やフェアをPRとして開催する。その時に各地方の人々がそれぞれを代表する家畜を連れてその地方のコスチュームを着てパレードをする。ヴィエーベさんがフリースランドの旗をかかげ、木靴と民族衣装を身に付けヴェッターフウンをつれている姿が目に浮かぶ。ローカルな犬種に携わってなければできない経験だ。

レトリーバーの先祖?

驚いたことに、この素朴な見かけのローカル犬種はなんとレトリーバーの役目も果たすそうだ。それは歴史の中での話ですか、と聞いたら

「とんでもない、今の話ですよ、うちのワイフはラブラドールやゴールデン・レトリーバーの飼い主に混ざって狩猟技能競技会にも参加しているのですから」

とヴィエーベさんは顎鬚の先をまたつまみ始めた。ヨーロッパではレトリーバー種の猟芸を試すハンティングテストが盛んに行われている。撃った鳥やうさぎを回収する能力を試すテストだ。競技では必ずしも本当の鳥を使うわけでもなく、ダミーをあらゆる場所に隠したり、あるいは目の前で投げて見せて回収技の能力をみる。ハンターである必要はなく、普通の飼い主も参加できる。ヨーロッパならどこででもよくやっている競技会だ。普通はレトリーバー種しか参加しないものだが、さすがオランダだ。こんな珍しい犬種がレトリーバー競技に出るのだ。

「そりゃそうです。この犬種の巻き毛を見てください。ヨーロッパに昔からいた水鳥猟犬のウォータードッグである証なのですよ。猟に使えて当然です」

プードルもしかりなのだが、ヨーロッパではかつて巻き毛の犬が水鳥猟に使われていた。それらは一括して「ウォータードッグ」と呼ばれていた。例えばカーリーコーテッド・レトリーバー等は今日残された数少ないウォータードッグ種の末裔である。

ただしそこはヴェッターフウンのこと、訓練はレトリーバーほど簡単にはいかないそうだ。今度は妻のアウチェさんが身を乗り出して真剣に語り始めた。ヴィエーベさんファミリーでは、トレーニング担当はアウチェさんらしい。

「どんなに怒っても、やらないと決めたら絶対にやらない。そんな風になったら、翌日かあるいは1ヶ月先、もしくは1年先に訓練を再開するしかないです」

それほど訓練が難しい犬を敢て訓練しようとする犬種愛好家独特のど根性!アウチェさんはそれでも愛犬とともにレトリーバー競技のBクラスまで進んだ。Eクラスが一番難しく、過去に一頭だけこのクラスに入ったヴェッターフウンがいるそうだ。

オランダにはおよそ800 頭のヴェッターフウンがいるとのことだ。そのうちハンティングテストに参加している犬は10頭前後。ヴィエーベさんを含めその飼い主たちは、競技の勝ち負けにはこだわっていない。ちょっと頑固で、でも飼い主に忠実。巻き毛の不思議な姿。そしてフリースランド地方の原産犬。そんなヴェッターフウンを愛して止まない犬種愛好家にとって、競技会に出るのは犬種保護のための一つの過程、そして誇りだ。

その翌日、ヴィエーベさんは私のために急遽仲間を招集してヴェッターフウンのミニ・競技会を披露してくれた。昨晩のオランダ特産の飲み物によって頭は少々ガンガンしていたが、珍しいウォータードッグ、ヴェッターフウンの回収技をみているうちに頭痛は消えてくれた。