高齢犬の歩くスピードと認知症の関係

文:尾形聡子


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犬も人と同様に、年齢を重ねるごとに認知機能が低下していきます。かつての犬は、認知機能が低下し、それが行動の変化としてあらわれてくる前に亡くなるケースが多かったものの、獣医療や生活環境の向上、そして飼い主の犬の健康維持への意識の高まりにより犬の寿命は長くなり、高齢犬においては認知機能障害の症状が出てくることも珍しくなくなってきました。

どんなに気をつけていても、どんなに健康に過ごしていても、老化は避けることができません。いずれ訪れる愛犬の老化をしっかりと受け止めるためにも、犬も認知機能が低下するということは飼い主として知っておくべきことのひとつです。ヤマザキ動物看護大学の2021年の研究によれば、高齢性認知機能不全症候群(cognitive dysfunction syndrome)について言葉も症状も知っている飼い主は高齢犬の飼い主では高いものの、飼い主の誰もが知っていたわけではありませんでした。

近年「高齢犬症候群(Canine geriatric syndrome)」という、加齢に関連した体の機能や代謝の変化などを広く含めた概念が提唱されています。この症候群における顕著な加齢性の変化が、認知機能と運動機能にあらわれてきますが、これらは中枢神経系や近骨格系、感覚器の低下などさまざまな機能低下が起こることで生ずる変化です。加齢による感覚器のひとつである聴覚の機能低下と認知機能との関係については以下の記事で紹介していますので、ぜひご覧ください。

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犬の認知機能の低下にともなう症状には、方向感覚を失う、徘徊する、同じ場所をぐるぐると回る、睡眠パターンが変化する、今までにない鳴き方をするようになる、粗相が増えるなどがあり、人の認知症の症状と似ていることがこれまでにわかっています。

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人において、歩行スピードは認知機能低下や死亡率などと関連していることがわかっており、高齢者を対象とした老年医学においては極めて重要な要素だと考えられています。実際、歩行スピードは血圧や呼吸、脈拍、体温、痛みとともに、高齢者の「第6のバイタルサイン」とされているそうです。そして、歩行スピードが遅いことは認知機能の低下や認知症の前兆であることが示されています。

犬においては、シニア犬(予想寿命の75%を超えた犬)は若い犬と比べて最大で63%歩行スピードが遅くなり、歩行スピードは加齢と弱いながらも相関していることが示されています(2019年)。ただし、この研究では歩行スピードと認知機能の関連は調べられていなかったため、アメリカのノースカロライナ州立大学の研究者らは成犬と高齢犬の歩行スピードを比較し、歩行スピードと認知機能とに関連性があるかどうかを調べました。


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歩行速度と認知機能との関係は?

実験には49頭の高齢犬(予想寿命の75%を超えた犬:平均年齢13歳)と46頭の成犬(平均年齢4.7歳)が参加。いずれのグループも犬種はさまざまで、大型犬のラブラドール・レトリーバーや中型犬のボーダー・コリー、小型犬のジャック・ラッセル・テリアやミックス犬などで、両グループの平均体高には有意差はありませんでした。

犬は5メートルの平らな距離をリードをつけての歩行(リードは常に緩めに)と、リードなしでの歩行(スタート地点にいる犬におやつを見せ、その後ゴール地点に立ち、犬の名前を呼ぶ。運動能力とおやつへのモチベーションの両方を確認)の両方を連続3回行い、ゴール地点に行くまでにかかった時間を測定しました。

さらに高齢犬については飼い主が、犬の認知機能を評価するCADES(CAnine DEmentia Scale)と、痛みが歩行スピードに影響していないかどうかをみるため、犬の痛みを評価するCanine Brief Pain Inventoryの二つのアンケートに回答しました。また、高齢犬に対しては記憶や注意力など6種類の認知機能を測定するテストが行われました。

歩行テストを解析した結果、以下のことが示されました。

  • 高齢犬ではリードをつけているときは体のサイズと歩行スピードは相関していたが、リードを外した状態では体の大きさは歩行スピードとは関係していなかった。成犬は逆で、リードを外した状態のときには体のサイズとスピードは相関していた。
  • リードありの歩行スピードは犬の年齢と関係がなかったが、リードなしの歩行スピードは年齢と負の相関があった(年齢が高くなるほどスピードが遅くなる)

寿命の最後の4分の1になると、それまで安定していた歩行スピードが低下していくというのは人と同じ現象だそうです。

これらの結果と高齢犬へのアンケート回答とを解析すると、次のようなことがわかりました。

  • 高齢犬はオフリードの歩行スピードが遅くなるほどより深刻なレベルの認知機能低下が見られ、認知機能テストの結果も悪かった
  • 認知機能テストの中でも持続的注視と記憶力は強く相関していた
  • 重度の関節症を患う犬はいなかったが、軽度の関節痛は歩行スピードと有意な関連性はなかった

認知機能のテストの種類は異なりますが、以下の研究でも記憶力テストの結果と年齢は有意に関連していたことから、記憶力の低下は犬の加齢による認知能力低下の兆候として一般的にあらわれやすいものとも考えられます。

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結論として、犬も人と同様に歩行速度と認知症には相関関係があることが示され、おやつを使用したオフリードの歩行テストは臨床現場において比較的簡単に測定できる検査方法になる可能性があるとしています。


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認知機能と運動機能は密接な関係にある

犬の寿命が長くなっているのは飼い主としては嬉しいこと。そしてなるべく長く健康でいてほしいと願うものです。けれども、年齢が高くなっていけば体を作る細胞が老化していくことは避けられません。老化は仕方がない、でも認知症の発症を遅らせ健康寿命をのばしたいならば、そのためにできることはあります。

身体的な側面では、適切な体重と筋肉量を維持することが大切です。そして、運動することが認知機能低下を遅らせるために重要であることも示されています。これらについて詳しくは以下の記事をご覧ください。

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聴覚や視覚の機能低下は認知機能低下を引き起こしやすいことが上の研究においても明らかにされているように、肉体的な刺激だけでなく精神面での刺激も重要です。単純な運動も大切ですが、トレーニングが認知機能の低下を遅らせていることもわかっています。

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さらに、人と同じく犬も歯の健康が認知機能と関係しています。

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愛犬の健康寿命をのばすために、今日からでもできそうなことを始めてみるのはいかがでしょうか?

【参考文献】

Winning the race with aging: age-related changes in gait speed and its association with cognitive performance in dogs. Frontiers in Veterinary Science. 15;10:1150590, 2023